職員室の攻防
翌日、朝早めに学校に行って職員室を訪ねた私は、教師水野に昨日記入した車庫証明を渡して、学校の印と見取り図の依頼をした。
「了解した。放課後提出しに行けるよう、午前中にはなんとかできるよう善処する」
いつも通り妙に丁寧な言葉の返答を聞いた私は、そのままの勢いでセフィーロの構造変更についての話を突っ込んでみた。
私は、舞華ちゃんから貰った申請書類を突き出すと、教師水野に迫った。
「こういう書類がないと、あの車の車検が無理だって聞いています。どういう風にするつもりなんですか?」
教師水野は、私が持ってきた書類に目を通して、目をパチクリとさせると
「良くできてるね。これでも良いと思う」
と、あくまで他人事のように言うので
「これは沢渡さんが手を尽くして探してくれたものなんです。これが無かったら、どうするつもりだったんですか?」
と、さっきより語気を強めて言った。
すると、教師水野は初めて私が怒っている事に気がついたようで、目をしぱしぱと何度か瞬きさせると
「申し訳ない。私の説明が足らなかった。実は、申請書類はこちらで既に作成していたのだ。完成が一昨日の夜だったので今日になってしまった」
と言いながら、書類の束を差し出した。
そこには、舞華ちゃんから貰った3枚に似た用紙の他に、整備要領書などのコピーと思われるミッションの絵や表が数ページに渡って記載されており、びっしりと数式のようなものまで載っていた。
「恐らく、提出は求められないと思われるが、当日はどんなところを突っ込んでくるか分からないので、予め用意していくという戦法で攻めようと思っていたのだ」
教師水野曰く、こういうイレギュラーな物を持って行く場合は、こういう車に慣れた検査登録事務所か否か、また、検査官の裁量によって大きく変わってきてしまうため、最初から完璧な武装で隙なく攻めた方が良いそうだ。
「学生がセフィーロのミッション換装車を持って来る。あまり良い印象を持たれないケースなので、当日弾かれるような事は防止したいのだ」
教師水野はボソッと、ようやく本当の狙いを口にしたので
「だったら、最初から狙いを私だけにでも言ってください! 部員が活動に対して不安に感じているんです」
と私は思わず言ってしまった。
あまりに先が見えない中でやるにしては、ヘビーな作業なのだ。
私が不安な姿を見せていると、今後の部の活動全体の士気に関わってくるのだ。
「申し訳ない。今後は、活動内容に関して事前に役員と打ち合わせると約束する」
教師水野は小さくなって言った。
黙っていられたのは正直良い気分はしなかったが、彼女なりに考えてはいたようなので今後は気を付けて貰って事前打ち合わせを徹底すれば、良い方向に動いていくと思う。
教師水野の扱いに慣れている3年生は別としても、1、2年生は部長である私や副部長である七海ちゃんに訊ねても答えられなかったり、曖昧な返事が返ってくるのでは今やっている作業が果たして正しいのかというところにも疑念を持ってしまうし、部に対する信頼感も失墜してして、やがて部員が離れていってしまう。
教師水野は頭は良いのかもしれないけど、こういった人の扱い方というのが決定的に下手だ。ハッキリ言えば集団行動に向かないタイプの人間であることが分かる。
私は教室に戻ると、やって来た七海ちゃんと沙綾ちゃんに、さっきの顛末を報告した。
すると、2人はビックリしたような表情になって
「そんな事言ったんですか?」
「凄いっス! 水野にそんなズバズバ物を言うなんて、燈梨さんは神っス!」
と言った。
「とにかく、今後は作業の予定なんかについて、しつこいまでに先生に確認しに行く事にしよう。取り敢えず、役員って言ってるから私と七海ちゃんと沙綾ちゃんは確定ね」
私は、確認するように言って、2人は頷いた。
「それから、車庫証明は恐らく午前中出揃うみたいだから、放課後に私と沙綾ちゃんで出しに行ってくるね」
「任せてくださいっス! 今日はノートの基本整備をやるっス!」
私が言うと七海ちゃんが即座に返してきたので、すっかり安心した。
2限が終わると、化学の教科担当の男子が来て、教師水野が放課後呼んでいたと知らせてくれたので、車庫証明は出来たようだ。
放課後、私と沙綾ちゃんで職員室に行き、教師水野から車庫証明の用紙を受け取ってきた。
「2枚目の見取り図は、時間が無いので私の方で記入しておいた。届け出る保管場所は、練習場後方の木の下の区切られたスペースになっているので、期間中は、その位置に車や物を置かないようにしてくれたまえ」
教師水野は言った。
話によると、ほとんど実地確認には来ないのだが、稀に来ることもあり、その際に届け出られた場所に他の車が止まっていたり、使用実態がないと判断されると却下される事があるらしい。
教師水野が
「そろそろ出た方が良いぞ。お役所は終了時間が非常に早く、タッチの差を認めてくれない場所だ」
と言ったこともあり、私たちは急いで学校を出発した。
警察署に到着すると、教師水野の言った通りそろそろ窓口業務の終了時間が迫っており、周囲の人達は片付けのモードに入っていたので、私たちは慌てて飛び込んだ。
「お願いしますっ!!」
沙綾ちゃんが結構慌てた様子で提出した車庫証明の用紙を、窓口のおじさんはボールペンのお尻の部分でなぞりながら、抜け落ちが無いかチェックをしていた。
「学校の車の登録ね。分かりました」
おじさんはニコッとして言った。
確か、舞華ちゃんがシルビアの車庫証明に行った際、窓口で驚かれたって話をしていたので、その時の担当のおじさんだったのだろう。
おじさんに収入証紙を隣の窓口で買うように指示され、すぐ隣の窓口に行くと、今のやり取りを聞いていた担当の女性がすぐに用意してくれた。
受け取りの際にも500円分の証紙を買うように指示を受けて、私たちは証紙を張った車庫証明を提出した。
「分かりました。交付予定日は来週の月曜日です。何かあった場合は、電話がありますが、なければ予定通りの日に交付されます」
と言われた。
そして、帰り際に
「前に来た娘はどうしたの?」
と、舞華ちゃん達の事について訊かれたので
「彼女は3年生なので、もう引退なんですよ」
と私が言うと、おじさん納得したように頷いていた。
私たちは、駐車場に行くとサファリに乗って給油をして学校へと戻って行った。
他の部車に関しては、学校に契約して貰って届けられるガソリンを給油しているんだけど、サファリだけディーゼルなので、街まで補給に行かなければならなかった。
しかも、タンク容量は80リットルもあるために軽油で、支払いは学校のカードとは言え、金額の跳ね上がり方に凄くドキドキしてしまうものだった。
「シルビアに乗れるって期待したんですけどねぇ……」
助手席で沙綾ちゃんがぼやいていた。
彼女たちは普段から教習車や、スカイラインGTEのような実用車ばかりで練習しているため、助手席とは言え、スポーティな車に乗りたいっていう願望は強いのだ。
しかし、今日は職員室で、教師水野からサファリの給油も一緒に行くよう指示されてしまったため、沙綾ちゃんの願いは叶わなかったのだ。
「でも、これも滅多に乗れない車だと思うよ。視点も高いし、面白いって!」
私はフォローするように言った。
すると、沙綾ちゃんは
「ウチの車はムラーノなんですよ。普段から、背の高い車には慣れてるし、それに4駆だし……」
と不貞腐れるように言うので、私は言った。
「でも、今はFRで走っているよ」
「ええっ!?」
次の瞬間、沙綾ちゃんはビックリして私の方へと身を乗り出してきた。
沙綾ちゃんは、本格的なクロスカントリーは基本はFRで走っている事を知らなかったようで、その後も矢継ぎ早に質問攻撃してきたのだった。
「やっぱりFRと4駆では走りが違うんですか?」
「これって、ショートホイールベースだから、ハンドリングが良いんですか?」
「これって、4200ccって聞いたんですけど、6気筒なんですか?」
「やっぱり直6だと、エンジンはスムーズに回るんですか?」
あはははは……沙綾ちゃんも結構スペック重視なんだね。
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