第一段階
「まったく、困ったもんだねぇ……」
舞華ちゃんが言った。
そうなのだ。七海ちゃんは副部長なので、こういった渉外的な行事もそれなりにお願いしていって、七海ちゃんが免許を取るまでの間はなるべく私が部にいて同乗練習できるようにしたいのだ。
車庫証明は書類なので、わざわざ車で行かなくても原付でもなんとかなるから、七海ちゃんにお願いしようかな……と提出と引取りをお願いしようと思っていた私の思惑は大きく狂ってしまった。
そんなことを話すと、沙綾ちゃんが
「だったら、私が行きますよ。出すだけだったらナミでなくてもいいじゃないですか?」
と言ってくれたので
「ありがと、だったら提出は一緒に行って貰って、引取りはお願いするね」
とお願いした。
そこに、練習に行っていた柚月ちゃんと若菜ちゃんが戻ってきたので、舞華ちゃんが警察署での経緯を話した。
すると、柚月ちゃんが
「あそこって、なんか雰囲気がダメなんだよね~。空気が重いって言うか~」
と言ったので考えてみたが、別にそんな事は感じられなかった。
敢えて言えば、古いビルにありがちなちょっと重ったるい空気感があったのは事実だけど、そんな事を言ったら市役所だって同じだし、この街にある市役所の出張所などはビルが古いせいか、もっとどんよりと重ったるい空気感だったのだ。
すると、舞華ちゃんが言った。
「どうせ、柚月とななみんで、観光客をカツアゲしたかなんかで警察署でたっぷりお灸を据えられたから、あそこが嫌いに決まってるよ」
「そんな事してないし、警察署にも行った事もないやい!」
柚月ちゃんが反論して掴み合いになっていたが、ふと舞華ちゃんが言った。
「そう言えば、柚月とななみんの共通項は……」
「なに!?」
私は、思わず身を乗り出して聞き入った。
「マゾヒスト部だね」
私は真剣に聞いていたのでガクッとしてしまった。
「マゾヒスト部なんて、ないやい~!」
「ウソつけ! 柚月が部長でななみんが副部長だろーが!」
柚月ちゃんと舞華ちゃんが言い合いになって、また掴み合いになってしまった。
すると、沙綾ちゃんが
「確か、ズッキー先輩とナミって……」
と、考え込むように呟いた後、ハッとした表情で
「そうだ! 確か私たちが小2の時に、警察署に呼ばれた事がありましたよね?」
と言った。
沙綾ちゃんの話によると、柔道か空手の大会の優秀者が呼ばれて、警察署で表彰と実技をするという催しが行われ、柚月ちゃんと七海ちゃんが招待されて行ったそうだ。
その年は骨折していた事から沙綾ちゃんは行っていないのだそうだけど、その出来事は覚えていたようだ。
すると、その話を聞いた柚月ちゃんの表情が変わったため、舞華ちゃんはそれを見逃さずにガッチリとホールドして
「やい柚月っ! なにか隠してるな? 言え! 言わないとこうだぞぉ~!」
と言うと全身を揉んだり、つねったりし始めた。
「参りました~、ゴメンなさい~!」
柚月ちゃんはあっさりと降参して、思い出したことを話した。
それによると、警察署の道場に呼ばれた柚月ちゃんと七海ちゃんは、着替えの隙にこっそりと抜け出して、関係者以外立ち入り禁止エリアに入り込んで、あちこちの部屋に勝手に入ってしまったそうだ。
そのうちの1部屋で、オートロックでドアが開かず、パニックになって近くにあるボタンを押したら、館内に非常ベルが鳴り響いて大騒ぎになってしまい、2人は警察署と家で大目玉を喰らったそうだ。
「その日は、ご馳走だって言ってたのに~、夕飯抜きにされたんだぞ~!」
柚月ちゃんが不服そうに言ったが、直後舞華ちゃんに頭をゲンコツで叩かれていた。
「当たり前だバカ! 柚月なんか、そのまま警察署で臭い飯でも食って来ればよかったんだよ!」
「バカって言うなよ~!」
「うるさい! 警察に迷惑かけるような奴はバカ以外の何者でもないやい!」
また掴み合いをはじめた2人を尻目に私と沙綾ちゃんは妙に納得してしまった。なんか、後で七海ちゃんと沙綾ちゃんが2人きりにならないことを祈っておこうかな。きっと、舞華ちゃんと柚月ちゃん以上の事になりそうだから……。
とにかく、この件についての原因も分かったところで、本題の車庫証明に入ろう。車庫証明の用紙は前にも言われた通り、複写式になっているんだよ。だから、強い筆圧で書かないといけないんだね。
今日、記入できるのは登録識別情報等通知書と呼ばれる、一時抹消登録した際に、車検証の代わりに発行される書類に書かれている情報の部分を記入していこうか。
「そうっスね、早速車名は『セフィーロ』っと」
「待ったーー!!」
突然現れて用紙に何か書き込もうとする七海ちゃんを、舞華ちゃんが止めて、柚月ちゃんが羽交い絞めにして連れて行った。
それにしても、寸前まで掴み合いをしていた2人のあまりにも息の合った動きに私はビックリしてしまった。
「ところで、車名ってなんなんですか?」
沙綾ちゃんが訊ねた。
「セフィーロとかシルビアってのは通称名なんだよ。だから車名は『ニッサン』だよ」
私は通知書の欄を指し示しながら言って、沙綾ちゃんがその通りに記入した。
「型式が『E-NA31』だよ。ちなみにEは昭和53年度排ガス規制適合車って意味で、Nは日産の場合は4輪駆動車を識別する番号なんだ」
「なるほど、スカイラインGT-RはBNR32って言いますもんね。あのNは4駆の事なんだ」
私が説明をして沙綾ちゃんと、その後ろで七菜葉ちゃんと若菜ちゃんも目を爛々とさせて聞いていた。
車体番号と車体の寸法を書き込んだ後で、動きが止まってしまったのは、『使用の本拠の位置』と『自動車の保管場所の位置』だった。
すると、背後から覗き込んで、私たちの動きが止まったのを見た舞華ちゃんが
「止まっちゃったんだったら、部でナンバーがついてる車って、他にあったでしょ? その車の車検証入れの中とかにあるんじゃないかい?」
と言ってきた。
そうだ、部車のシルビアはこのセフィーロと同じく解体屋さんから回ってきた車で、3年生がゼロから登録した車だったし、さっきも舞華ちゃんがシルビアの車庫証明で柚月ちゃんと一緒に警察署に行ったって言っていたのだ。
私たちはガレージ内に仕舞ったシルビアのグローブボックスから、車検証入れを取り出した。
中には色々な書類に混じって車庫証明の控えもあり、そこを見ると、学校の住所になっており、申請者の名前も学校になっていた。
沙綾ちゃんはシルビアの書類を見ながらしっかりと書き写した。
それを見た舞華ちゃんは
「よし、これで完了だね。学校の印と見取り図に関しては水野に頼んで取ってきて貰う事になるから、みんなが書けるのはここまでだよ」
と言ってから続けて
「恐らくだけど、保管場所はあそこっていう風に書くんじゃないかな?」
と、指でその場所を指し示しながら言った。
そこは、練習場の後ろにある木陰で、グラウンド整備車のプレミオとムーヴが止められている場所だった。
「あそこにロープ張ってスペースを仕切ったはずなんだよ。プレミオの隣の位置をシルビアで申請してるから、その隣が無難かな?」
でも、実際の保管場所はガレージの中だ。
だから、あそこで申請するのはどうなんだろう? と思っていると
「ガレージは整備場で、その時の作業状況によっては追い出されるかも……でしょ、しかも、授業中に保管場所の確認が来たら、ガレージなら開けに行かなくちゃいけなくなるよ」
と言われてなるほどと思った。
確かに床下作業と、ジャッキアップが必要な整備が同時に入ってしまったら、作業場所確保のためにガレージ内の車を練習場の前まで移動させなければならなくなってしまうので、定置場所とは言い難くなってしまう。
「学校なんて広いんだから、部の場所にだったらどこに置いたって良いんだよ。あんまり細かい事で悩まないでさ」
舞華ちゃんはへらっとして言うと、私の肩をポンポンと叩いた。
私は彼女に救われたような気持ちになるのと同時に思った。
これで、第一段階は終了したと。
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