車庫証明騒動歌
放課後の部活に関しては、3年生が来てくれたので3年生の同乗で運転練習をして貰って、その間に私と七海ちゃんで警察署に行く事にした。
みんなはまだ免許を持っていないから、凄く運転練習したがるんだけど、普段は免許取得者同乗っていう学校側とのルールがあるから、私だけだと、どうしても全員運転練習ができないのが辛いところなんだ。
でも、今日は3年生オールメンバーがいるから、みんなが満遍なく車を運転できるのがメリットで、しかも、いつも使っているスカイラインの教習車以外の部車の運転ができるので、みんなは喜んでいた。
特に人気が高いのはスカイラインのターボ車の部車だろう。普段乗ってる1800ccの教習車とはパワー感が格段に違うからね。
私と七海ちゃんは、最初の指示だけ出すと警察署に向かって部車のシルビアで出発した。
部のシルビアは、私のシルビアと年式もグレードも一緒なので、中に乗った感じは代わり映えしない。
違うところと言えば、私の車の色が青の混ざったシルバーなのに対して、部車は深緑にも見える青という事でガラスから見える色合いが全く違うというのと、部車にはサンルーフがついていない点、そして、私のシルビアにはフロントガラスに速度が投射されるフロントウインドウディスプレイがついているために、フロントガラスからの眺めが違うという点だが、ほとんど変わらないために、自分の車に乗っている様な錯覚を覚えてしまう。
しかし、走らせた感じは似通ってはいるものの、少し違っていて、この車ならではの動きが感じられる。
前に舞華ちゃんにそんな話をしたところ、この車と私の車に組まれている足回りやマフラーといった社外品のチョイスが違うために、味付けがそれぞれの物になっている違いだと言われた。
私はそれを聞いて車の奥深さと面白さが分かった気がした。
同じ車であった部車と私の車が、それまでに施されてきた社外部品等への交換でここまで違うものに成長していく姿を実際に目の当たりにすると、そう思わずにはいられなかった。
「いやぁ、私も早く免許取って、部車を運転したいっス!」
七海ちゃんが嬉々として言った。
彼女は、この車に乗ってからというもの、私の一挙手一投足を食い入るように眺めては、何やら頷いてみたり、あちこちをキョロキョロと見回して落ち着かない様子だったのだ。
「でも、普段の活動でも運転してるでしょ?」
「敷地内を教習車で走るのと、他の車で外を走るのは大違いっス!」
私が言うと、即座に反論してきた。
舞華ちゃんや柚月ちゃんが前に言っていたけど、七海ちゃんは結構飛ばし屋さんらしい。
それが分かっていたので、ご両親も原付免許しか取らせなかったそうなんだけど、その原付もイタリア製のスポーツ原付で、スクータータイプに乗る生徒が大半の中でひときわ目立っているし、実際かなり速いそうだ。
そして、1年生終了の段階でバイク通学禁止処分5回という、舞華ちゃんのお兄さん以来のワースト記録を打ち立てているので、毎月の交通安全講習会では、他の生徒が自由席なのに対し、七海ちゃんを含めた数人だけが講師の前という指定席制になっている。
「七海ちゃん。だからって言って、外に出ても飛ばしちゃダメなんだからね」
私が言うと、七海ちゃんはちょっと表情をしかめて
「分かってるっス!」
と言った。
七海ちゃんは、教師水野に車探しを依頼していて、条件はFR車だというのだ。
正直、この車のようなターボ付きのハイパワーなFR車がやってきたら、七海ちゃんはどういう運転をするのかを考えると少し怖くなってきてしまう自分がいた。
警察署に到着した。
駐車場に車を止めて2人で庁舎の正面入り口から中へと入った。
入り口を入ると正面が交通課で、その中央に『車庫証明はこちらへ』という大きなボードが掲げられていた。
「取り敢えず、あそこで訊いて……」
私は七海ちゃんの方を向いて言ったつもりが、七海ちゃんの姿はそこには無かった。
背後に気配を感じて後ろを見ると、七海ちゃんは私の後ろにすっぽりと隠れていた。
「なにやってるの? 七海ちゃん」
私が言うと、七海ちゃんはいつもより低いトーンの声で
「なんか、とても居づらい雰囲気が蔓延してて……真っ直ぐ見てられないっス」
と言って更に私の影に隠れようとした。
「ちょっと、七海ちゃん! ふざけてないで行くよっ!」
私は言って七海ちゃんと場所を入れ替わろうとしたが、七海ちゃんは私の動きより素早く私の後ろへと姿を隠した。
一連の動きのお陰で、人影まばらな周囲の少ない視線は私達に集まってしまったので、私はそれを振り払うように
「なんで!? 七海ちゃんは何も悪い事してないでしょ?」
と言うと、私の制服にしがみついた七海ちゃんは
「でも、なんか恐ろしいっス!」
と言ってビクビクしていた。
私はよく意味が分からないけど、このままだと車庫証明が取れないので、窓口まで進んでいくと、受付の人に車庫証明について訊いてみた。
すると、用紙と記入例についての説明書も渡してくれ
「初めてですか? でしたら……」
と、ざっくりとした記入の仕方や注意点について説明してくれた。
その間も、七海ちゃんは蒼い顔をして私の後ろに身を隠すようにしていた。
もう、これじゃぁ何のために同行して貰っているのか分からないよ……。
ロビーには長椅子がいくつもあったので、そこで改めて書き方のおさらいをしたかったけど、七海ちゃんがあまりに中に居たくないと言うために車の中に移動してさっき説明された内容を復唱するように記入欄と記入例を突き合わせて確認してみた。
どうやら車名と車体番号、それに寸法と、使用の本拠の住所と保管場所の住所を記入するみたいだ。
そして、2枚目の紙には保管場所に至る地図と、保管場所の見取り図を記入するようになっていた。
うん、これだったら忘れずに書き込めそうだね。
私は、学校へと戻るべくキーを捻ってエンジンをかけながら七海ちゃんに訊いた。
「七海ちゃん、もしかしてバイクで警察に捕まってあそこに連れていかれた事があるんじゃないの?」
「そんな事、絶対ないっス! 免許証に傷つけるような事は誓ってしてないっス!」
と、必死に否定した。
私には七海ちゃんの言っている事が全く理解できないが、かと言って七海ちゃんがふざけてやっている訳ではない事は一目瞭然なので、その事には敢えて触れずに学校までの道のりを車を走らせた。
往路ではやたら車の事などに対して質問攻めだった七海ちゃんは、警察署での事がよほどこたえたのか、対照的に無言だった。
用紙を持ってガレージに戻ると、沙綾ちゃんと舞華ちゃんがちょうど教習車から降りてくるところだったので、車庫証明用紙の記入について訊いてみた。
「提出の時に収入証紙を買うから、それは事前に水野から貰っておいて、領収書を水野に渡してね。……ところで燈梨、ななみんの様子がおかしくない?」
舞華ちゃんが七海ちゃんについて気付いた様子なので、さっきの出来事を話すと
「なんか柚月の奴もシルビアの車庫証明の時、同じようなリアクションだったなぁ……」
と言って考え込んでしまった。
沙綾ちゃんは
「あの、バカナミめ! 燈梨さんにまで迷惑かけて……」
と怒り心頭な表情になって七海ちゃんの所に飛んでいこうとしたため、私と舞華ちゃんで必死に止めに入った。
しかし、一体七海ちゃんはどうしちゃったんだろう?
本当に嫌だったら最初から断ると思うんだよね……。
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