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初めてのキャリパーオーバーホール

 ローターの交換は4輪とも完了した。

 七海ちゃんがそのままつけちゃったところも、もう1回外して脱脂したので次の段階へと進む事にした。


 「キャリパーのオーバーホールに入るよ」

 「ハイッ!」


 私の掛け声に元気よく返事するみんなだけど、その表情に不安が滲み出ているが私にも分かった。

 確かに、いきなりブレーキの作業だとハードルが高くて緊張と不安が襲ってくるのは理解できるんだよね。


 私も初めてで、不安なのは同じなんだけど、それを表に出すと余計みんなを不安にさせてしまうのでそれを抑えていた。

 すると、突然背後から


 「みんなさ~、最初から不安な表情してると、できる作業もできなくなっちゃうよ~」


 という声と共に舞華ちゃんが現れた。

 私が驚いていると、舞華ちゃんは続けて


 「私らだって、最初の作業はタイプMのキャリパーオーバーホールだったんだ。未経験の私らだってできたんだから、みんなもできるよ~」


 と言った。

 そして舞華ちゃんはみんなの前まで行くと言った。


 「右と左で班が分かれてるみたいだから、右には私、左にはエロ本柚月が監督につくから、安心して進めていってね」

 「私は~エロ本なんか持ってないやい~!」

 「みんな聞いてよ~。柚月ったら、ここにあったエロ本を段ボールに移して自分の車のトランクに入れて持って帰ろうとしてるんだよ~」


 どこまでが真実かは分からないが、2人のやり取りがみんなの緊張をほぐしてくれているのは事実で、みんなから妙な気負った感じはすっかり消えていた。


 私は舞華ちゃんについて右側のキャリパーオーバーホールをはじめた。


 「じゃぁ、右半は基本燈梨の指示に従っていってね。私はあくまでサポートにいるだけだからさ」


 舞華ちゃんが言って、作業が始まった。

 キャリパーのオーバーホールは、基本的にはバラバラにしていった先の摺動部にあるゴムのシールを交換しつつ、各部を洗浄して組み直すという作業になる。

 だけど最も大きな難関は、キャリパー内のピストンを取り出す作業だ。これは手で引っ張ったら出てくるというものではなくて、エアコンプレッサーという高圧の空気を送り出す機械の空圧で押し出す必要があるのだ。


 幸い、このガレージには元々コンプレッサーがあるため、この作業ができる環境にあるのだが、更にこの間のガレージ清掃でもう1台発見されたのだ。

 半地下の中に投棄されていた機械類の中の1つがコンプレッサーで、動作を調べてみたら見事に稼働したので、今日は2台のコンプレッサーを使って左右のオーバーホールが一気にできるようになった。


 まずは、私が見本を見せてみる……と言っても、私もあくまで本屋ネットの写真で見ただけなので、どうなるのかは分からない。

 キャリパーの裏側にあるブレーキオイルの配管口にエアコンプレッサーのガンを挿しこみ、反対側のピストンの先に古いウエスを敷き詰めて準備完了だ。

 私はガンのトリガーを思い切って引いた。


 “ドドドドドドドドドドド……プシュオーーー……スポッ!”


 コンプレッサーのエンジン音が長く響いた割りに、その後が一瞬だった事に拍子抜けしたが、私の視線の先には抜けた銀色のピストンが飛び込んできた。どうやら成功したようだ。


 その瞬間、私の周りから拍手が起こった。


 私は思わず嬉しくなって、飛び上がって喜びたかった。だけど、これはまだ入り口に過ぎないので、すぐに立ち上がると言った。


 「まずは、キャリパーをパーツクリーナーで磨いて、それから、ピストンの様子を見るよ」 

 「ハイ!」


 更に2班に分けて作業に取り掛かる事にした。

 その様子を舞華ちゃんがニヤニヤしながら眺めていて


 「いやぁ~燈梨が頼もしくなっちゃって。すっかり部長の器だよね~と思って、見惚れてたんだ」


 と言うので


 「そんな事ないよ」

 「いーや、そんな事あるよ。燈梨のこの頼もしい姿を見て、みんなだってついて来てるんだからさ。ねぇ、みんな?」


 私が打ち消すと、すぐに舞華ちゃんはそれを否定してみんなに投げかけてきた。


 「そうですよ!」

 「燈梨先輩の指導はためになります!」

 「マイ先輩と同じくらいカリスマです!」


 と後輩たちが次々に私に賛辞をおくってきた。

 もう、舞華ちゃん。作業の前に変な雰囲気にしないでよ……調子狂っちゃうから。


 ピストンの様子を見ると、30年前の車のものとは思えないほど綺麗だったので、特に問題なさそうだった。

 大抵はサビが浮いていたりするので、次の作業では紙やすりでサビを削り取る作業が必要となってくるのだけど、それは必要ないようだった。

 なので、パーツクリーナーで綺麗に拭いた後で、裏側の汚れやちょっとしたサビなどを落としておいた。


 キャリパー磨き班に合流すると、キャリパー自体は綺麗になっていたけど、ピストンが嵌まっていたところのゴムパッキンが外れずに苦戦しているようだった。


 「取れません!」

 「なんで工具使わないの?」


 困っている希愛ちゃんに私が言うと


 「でも、傷になるから工具は使わないんじゃないですか?」


 と言ってきた。

 私は、そうだったのかを頭の中で反芻していると、その様子を見た舞華ちゃんが


 「希愛ちゃんね。調べてきたのは良い事なんだけど、情報はきちんと読まないとね」


 と言った。

 みんなが注目している中で舞華ちゃんは続けた。


 「確かにキャリパーオーバーホールにはデリケートに扱わなくちゃいけないところはあるんだけど、それはピストンの事を言ってるんだよ。あれだけは、傷つけちゃダメなんだ」


 舞華ちゃんの話によると、ピストンを傷つけたまま組んでしまうと、動きが渋くなってブレーキの効きを悪くしてしまうのだそうだ。

 なので、この作業の注意点はピストンとゴムパッキンに集約され、その他のところは洗浄がメインなので、変に気負う事は無いのだそうだ。


 舞華ちゃんは希愛ちゃんに先の細い掻き出し棒のような工具を渡すと、希愛ちゃんはそれを使って輪っかのような形のパッキンを取り出した。

 次にパッキンが取れたところでもう1回キャリパーを洗浄して、残ったヨゴレやグリスが洗い流せたかを確認した後、ゴムパッキンの取り付けに入った。

 パッキンには付属のグリスをしっかり塗らないと、ピストンにくっついたりして、想定外の力が加わる事によって切れてしまう可能性があるそうだ。

 

 ほぼのゴムパッキンを同じ要領で取り付けたら、さっき希愛ちゃんが手こずっていたパッキンに関しては、ピストンにパッキンを取り付けて、最後に押し込んでいく過程で入れた方が良いとの事で、そのようにやってみて、ピストンが入る場所にもたっぷりグリスを塗った上で、ピストンを押し入れた。

 真っ直ぐに入れる事と、ゆっくりと押し込んで、曲がって傷をつけない事に細心の注意を払って入れていくと、ゆっくりと少しずつ入っていった。

 これで、1つ完了したので、次にキャリパーを動かすスライドピンのオーバーホールに入った。

 これはキャリパーの上下についている伸縮する部品で、キャリパーの動きに合わせて伸縮しているんだけど、それもやはり劣化していくのでオーバーホールが必要なのだそうだ。

 試しに指で押してみると、これって本当に伸縮してるの? ってほど特に伸びの動きが渋く見えたのでオーバーホールは必要に見えた。


 こちらは上下2本のピンを抜いて周りを覆っているゴムブーツを新品に換えて、ピン本体をパーツクリーナーでよく洗浄し、乾燥したところでピンに金属用のグリスを塗ってから取り付ける……という本体に比べると簡単で、これって本当にオーバーホールって呼んでいいの? というくらいの作業だった。


 これで、右前のオーバーホールが終了した。


 

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