身についたスキル
昨日は綺麗にガレージを片付けたので、今日は朝から学校に来る足取りが心なしか軽く感じちゃったんだよ。
だって、入部以来、どうも心のどこかに引っかかっていた何かが、昨日の作業で一気に流れていっちゃったと言っても過言ではないかも。
2限の化学の授業が終わった後で、私たちのところに教師水野がやって来て
「朝、職員室に諸君が頼んでいたA31のブレーキの部品が到着したので、私が後でガレージまで運び入れておく」
とボソッと言うとぬぼーっとした様子で教室を出ていった。
今日はいつもほど唐突さを感じなかったけど、何故か私の近くにいた七海ちゃんと陽菜ちゃんは、いつもの如く驚いていた。
「それは、燈梨が水野が近づいてくる感覚を会得したんだよ」
お昼休みに部室で舞華ちゃんが言った。
私にはそう言った感覚が全く無かったのでちょっと訝し気に訊いた。
「そうなの?」
「そうだよ。あれって、ある日突然身についてるもんなんだよ。現にななみん達は気付かなかったんでしょ?」
「ハイ……」
「突然現れたのでビビったっス!」
舞華ちゃんの話に陽菜ちゃんと七海ちゃんが答えた。
それを聞いた舞華ちゃんはニヤッとして言った。
「それじゃぁ、燈梨は今後、水野が現れるタイミングをある程度事前に分かるようになってくるよ」
どうやら、今後は慣れるに従って現れる時間の随分前からピンとくるようになるらしい。
正直、あの現れ方を見ていると、あって邪魔にはならないが、決して積極的に欲しいスキルとも思えない。
「でも、あれはあれであると役に立つよ」
私が考え込んでいると優子ちゃんがボソッと言った。
どうも、3年生の間では徐々にこのスキルが身についていったらしく、今では皆が持っているそうだ。
教師水野は、ちょうど話題になっている時に現れる事が多いので、これがあると、話を始めるタイミングを図れるし、話している最中にやめる事も出来るそうだ。
「でも、水野は授業には遅刻してこないから、部活限定でのお役立ちスキルだけどね」
優子ちゃんがニコッとして言った。
すると、舞華ちゃんが
「話変わるけど燈梨、部室が凄く広くなったじゃん! 良いよ」
と言ったので
「ありがと。昨日みんなでガレージと一緒に片付けたんだ」
と言うと、結衣ちゃんが
「ここって、2階があったんだね。知らなかったよ」
と言った。
確かに、この2階へと上がる階段は以前のレイアウトだとロッカーで塞がれていて見えなかったのだ。
私もその存在に気付かずにいたが、ある時教師水野から
「部室の2階は、定期的に掃除しないとネズミや虫の温床になる」
と言われて初めてその存在を知ったほどなのだ。
今まで部室の4割くらいの面積を占めていたロッカーと更衣スペースが2階に行った事で、今まで圧迫されていた部室のスペースが広がったので、今まで畳まれていたテーブルと椅子を復活させたんだ。
「私らの時は、部員が少ないのにテーブルと椅子が無意味にあっただけなのに、それに見合う数になったらロッカーでテーブルが使えなくなっちゃったから、痛し痒しだと思ってたけど、これで解決だね」
「うんっ!」
舞華ちゃんがニカっとして言って、私は思わず嬉しくなって答えた。
◇◆◇◆◇
放課後にガレージに集合すると、テーブルの上に段ボールが置かれていた。
お昼休みの終わりに一応、中身の確認はしておいたから、一通り欠品なく揃っている事は知っていたので
「それじゃぁ、早速始めるよ」
「ハイッ!!」
と、いつもの感じで始めた。
ブレーキに関しては大掛かりな作業になるので、予め班割りを決めておいたんだ。
車をジャッキアップして、ブレーキキャリパーやブレーキローターをつけ外しする班と、外したキャリパーとエンジンルーム内にあるマスターシリンダーを外してオーバーホールする班に分けたんだ。
これって、1人とか2人でやると物凄く動きが激しくて時間のかかる作業なんだろうけど、こういう時にウチの部は人数が多くて助かるよね。
まずは、ホイールナットを緩めてからジャッキアップして、4輪ともリジッドラックで固定してジャッキを抜く。
このリジッドラックは通称ウマって呼ばれていて、こういう状態の事を『ウマをかける』って言うそうだ。
そう言えば、沙織さんや唯花さん達がそんな事を言っていたような気がするね。
ちなみに、リジッドラックをかける位置は、平らで強度のある所が鉄則だ。
なので、今回はサスペンションを支えるロアアームの付け根にかけた。普段、パンタグラフ式のジャッキをかけているポイントでは、長期間に渡って置く場合に自重で曲がったり、ズレたりする懸念を考えて今回は避けた。
前に舞華ちゃんや唯花さんから「昔の日産車のジャッキポイントは弱い」と聞いていたのも、今回の場所に決めた要因の1つだ。
ジャッキをかけ終えたところで、エンジンルーム班の娘達が、運転席側にあるマスターシリンダーからブレーキオイルをオイルガンで抜き取った。
同時に、タイヤをホイールごと外したキャリパー班の娘達は、そのタイヤを車の下に横向きに寝かせて敷いた。
これは、ジャッキアップ作業の鉄則なんだけど、タイヤを横向きにして敷いておくことで、万一ジャッキが倒れた際にも、最後の生存空間を確保する事ができる……という知恵なんだ。
ウマは、そう簡単に倒れるものではないけど、自身のような想定外の出来事も考えてやっておくに越したことはない。
次に、ブレーキホースとキャリパーを固定しているボルトを外していく。
外れたらブレーキオイルがちょっと垂れてくるけど、最初から想定済みなので、オイル受けをそれぞれの娘が持っているんだ。
ホースを外したら、キャリパーを2ヶ所のボルトを外して外すんだ。
ブレーキの仕組みは、タイヤと一緒に回転しているローターという円盤を、キャリパーが跨いでいて、ブレーキを踏むとキャリパーの中に入っているピストンが押し出される事によってブレーキパッドをローターに押し付けて回転を止めていくんだ。
この際に、スカイラインのタイプMや、私の乗るS14以降のシルビアのターボ車のような一部車種の前側は、ピストンがキャリパーの両側から出てきて、両方から挟み込んで止める対向キャリパーというタイプになるんだけど、今回のセフィーロは、ピストンが片側にだけあって押し付ける通常タイプのキャリパーになるんだ。
キャリパーが外れると、キャリパー担当の娘達は、オーバーホール作業に入るから、その間に各輪に残った娘達はローターの交換作業に入るんだ。
キャリパーが外れた後のブレーキ周りにはローターと、キャリパーを固定させるブラケットだけが残されているので、このブラケットをキャリパー同様2ヶ所のボルトを外して外すんだ。
ブラケットが外れた事によって、ローターを跨いでいたものが無くなって、ローターがフリーになるんだよ。
「それじゃぁ、早速外すっス!」
いつものように七海ちゃんが張り切ってローターを掴もうとするので私は言った。
「待って、恐らく引っ張っても外れないと思うよ」
「なんでっスか?」
「この車に長年ついていて、ずっとブレーキパッドに押さえられ続けてきたんだよ。その上で、回転部とかに馴染みがついた状態でサビたりしていれば、固着しちゃうよね」
みんなは納得したように頷いた。
「それじゃぁ、どうすればいいっスか?」
不安そうな表情で訊いてくる七海ちゃんを見て、私は答えた。
「そのために、2つの秘策があるんだよ!」
みんなが私に一斉に注目した。
私は、ちょっと恥ずかしさを感じる反面、何故かとても誇らしく感じてしまう自分がいる事にも同時に気がついた。




