創部秘話
私は、紅茶の追加と共に、さっき試しに作っていたサンドイッチを持ってテーブルへと戻り、ティーポットと共に置いた。
それを見た陽菜ちゃんは
「このサンドイッチ、燈梨さんが作ったんですか?」
と聞いたので
「うん。この間のパーティの投票でも次点に残ってたし、当日、このくらいなら私にも用意できるから、どうかなと思って試しに作ってたんだ」
と言うと、沙綾ちゃんにも勧めた。
2人はそれを半分くらいまで食べてみて
「美味しいです! レシピが知りたいですっ」
陽菜ちゃんが言い、沙綾ちゃんも
「本当、美味しいです。当日、是非作りましょう。手伝いますから」
と言ってくれた。
私は、この部が格闘技連盟からの移籍組ばかりなのと、七海ちゃんが料理はからきしだと言っていたのを思い出したので
「2人共、お料理って好きなの?」
と訊くと、2人は顔を見合わせた後、笑い出した。
「燈梨さん、それってナミの事イメージして言ってません? ナミとズッキー先輩は例外中の例外で、他の格闘系の娘達はお料理とかも好きで、得意な娘多いですよ」
沙綾ちゃんが言うと、陽菜ちゃんも言った。
「そうそう、特に若菜っちとか、美桜ちゃんとかも得意で、毎日お弁当作ってきますよ」
そうなんだ。
格闘技に明け暮れて、次に自動車部だとお料理なんて二の次っていう娘ばかりかと思っちゃったけど、その心配は無いんだね。
「七海っちとズッキー先輩のは、殺人的にヤバいですけどね……」
「そうなんだ……」
私は陽菜ちゃんの話を聞いて反応した。すると、沙綾ちゃんが言った。
「そうだ。燈梨さんはナミとズッキー先輩にお料理教室やるんですよね?」
「うん……だけど、柚月ちゃんが忙しいって言って、まだできてないんだ……」
「そうなんだ……でも、ナミだけでも徹底的にしごいてやってくださいね。アイツ、なに作らせても凄く不味いものになるから……」
「えっ!?」
私はその言葉に思わず反応してしまった。
確か、柚月ちゃんも同じことになるって舞華ちゃんから聞いたんだよね。
すると、陽菜ちゃんが
「確かに、七海って何故か変なもの作っちゃうんだよね~。前に、フレンチトースト作らせたら、何故か辛くなってたし……」
と言ったので、思わず
「ええっ!?」
と返してしまった。
あれが辛くなるなんて、普通は考えられないんだけど、もしかして七海ちゃんは色が似てるからって、からしでも入れちゃったんじゃないのかな……と思って少し考え込んでしまった。
「でも、七海ちゃんにも今度の準備の時に一緒に作って貰って、そこで特訓してみるよ」
と私が言うと、沙綾ちゃんが
「だったら、会場設営とかは私たちに任せてください。燈梨さんとナミはお料理専属にしましょう」
と言って、ケータイにメモしていた。
そして、話題はセフィーロの事へと戻っていった。
陽菜ちゃんが持ってきた最後の本は、セフィーロとローレルのチューニングについて書かれているものだった。
セフィーロは新車時に少し人気があっただけで、以後は不人気だったんだけど、それが故に中古車の価格が安かったそうだ。
あと最初こそスポーツセダンの呼び声が高かったんだけど、後から登場したR32スカイラインの評価がもっと高かった事もあって、スポーツ走行する人もほとんどいなかったから、ターボ車も多くて程度もいい車が多かったんだって。
だから異常人気で高値になったシルビアやスカイラインをパスした人たちの一部が目をつけて、ドリフトに使われるようになってから脚光を浴びるようになったんだって書いてあるね。
「人気になった理由の1つが、シルビアと足回りが共通だってところなんです」
陽菜ちゃんが言ったので読んでみると、確かにそのような事が書かれていた。でも、今回くるアテーサクルージングって、スカイラインのメカニズムだよね。そうなると、シルビアには4WDが無いからどうなるんだろ? と思っていると
「燈梨さん、その表情は疑問に思ってますね。その通り、4WDはスカイラインと共通の足回りです」
と、陽菜ちゃんが言った。
なんかこの本と言い、陽菜ちゃんって凄くセフィーロに詳しいんだねという話をすると
「これは父さんのなんです。父さんは昔、セフィーロでドリフトしてたんです」
と恥ずかしそうに言った。
どうも話を聞いてみると、陽菜ちゃんのお父さんは若いころドリフトに興味があって、ハチロクやS13シルビアに乗ってたらしいよ。
ただ、事故で潰した時にシルビアは人気があってメチャクチャに高かった事から、シルビアの部品が使いまわせるセフィーロに目をつけて、近所の牧場のオーナーが使わなくなって牧場の中で使おうとしていたセフィーロを10万円で売って貰って乗ってたんだって。
「セフィーロはセダンドリのはしりなんですっ!」
陽菜ちゃんは凄く力が入ってるよ。
お父さんが乗っていた車だから凄く思い入れがあるんだね。
でも、羨ましいなぁ。私は父さんの顔を知らないから……いや、正確には知ってはいる。ついこの間まで兄さんが経営していた会社の先代社長に当たるのが父さんだから、写真なんかではいくらも見た事はあるけど、顔を合わせた事は無いし、言葉を交わした事も無い。
だから、今の陽菜ちゃんみたいにお父さんについて熱く語っていたりするのって、凄く羨ましく見えちゃうんだよ。
ふと顔を上げると、そんな私の心の中を見通すような沙綾ちゃんの視線が突き刺さっていた。
私は慌てて目線を逸らしたが、次の瞬間、沙綾ちゃんが一瞬悲しそうな表情になったのを目尻に捉えた。
「それじゃぁ、アテーサになると32スカイラインと同じ足回りになるんだね」
突然、沙綾ちゃんが話を本筋に戻してきた。
恐らく、私の表情を見て話題を変える必要があると感じたのだろう。
「そうそう。だけど、GTS-4やGT-Rと同じ物で、タイプM以下のグレードのはダメみたいだよ。確か、取り付けが違うとかで……」
「スカイラインとの共通項が多いセフィーロねぇ……水野が好きそうだわ……」
陽菜ちゃんが言うと、沙綾ちゃんが吐き捨てるように感想を漏らした。
そう言われてみれば、今の沙綾ちゃんの言葉には違和感があるので私は訊いた。
「先生がスカイラインが好きって、どういう事?」
すると、沙綾ちゃんは
「水野は、ほとんど学校には乗ってきませんがR32の4ドアに乗っているらしいです。そして、死にかかっていたこの部を復活させたのも、マイ先輩がR32に乗ってきたのを見たのがきっかけらしいですから」
と答えた。
どうやら、この部は去年の秋頃に教師水野が部員3人で自動車愛好会というのを立ち上げたらしい。
「進級がヤバい生徒を半ば脅しに近い感じで在席させて作った部だったから、春になったら1人は退学、あとの2人は進級できたから退部で、部員ゼロになりました」
私は絶句してしまった。
以前に舞華ちゃんから、去年は活動実態の殆どない状態だったという事は聞いていたが、まさか、創部に当たっての初期メンバー集めがそんな行き当たりばったりで行われていた事に驚きを隠せなかった。
正直、教師水野の運営能力では、その初期のメンバーがいなくなったら、新たな部員を集めるのはほぼ不可能ではないだろうか?
彼女が一体何の狙いで創部したのかは分からないが、舞華ちゃんと柚月ちゃんがいなかったら、恐らく創部から廃部までの最短記録を更新するのではないのかというほど一瞬で無くなっていて、私の目に触れる事も無かった可能性はある。
私は、彼女という人間の意図が分からず、思わず恐ろしくなってしまった。




