カプチーノ
校門前のブースに秘密兵器のモニターを設置して調整したところ、やっぱり物凄い反響だった。
さすが大きなモニターだけあって注目が集まるんだけど、やっぱりそれよりも沙綾ちゃんの編集したPVの凄さが際立つよね。
だって、見た人達が思わず見入っちゃうし、それを見て展示車両の画像撮っていく人が結構いたんだよ。
そういう人達は、ボードに書いてある第二、第三の展示ブースの場所を見ていくから、そっちにもお客さんが流れていくよね。
お昼の段階で舞華ちゃんに聞いたところ、午前中の人の入りで舞華ちゃんが軽音楽部時代にやっていたクレープの出店くらいの反響があったみたいだから、来年の出し物についても色々可能性が出て来たって事だよね。
その話を、隣にいた七菜葉ちゃんにしたところ
「確かに来年は出店とか考えても良いと思いますよ。格闘系の部はそれで活動資金に充ててますし、当たり外れを楽しんでますから」
と言っていた。
なるほど、文化祭には出展物の当たり外れで楽しむっていう考えもあるのかと思うと、凄く楽しみになって、来年に対する妙なモチベーションが芽生えてきた。
すると、七菜葉ちゃんが
「そう言えば、飴ちゃんってどうします?」
と訊いてきて、私はさっきの事をふと思い出した。
沙織さんのアイデアで、パンフを捨てられずに目を留める方法として飴をつけてはどうか? というアイデアがあり、私がさっきの課題解決の打ち合わせの時にアナウンスしたのだ。
するとみんなからも凄く好評で、できたら試しにやってみたいという声があったのだ。
確かに、飴をパンフレットにつける手間を考えたら、今日から作業を開始していないと間に合わないだろう。
でも、具体的な事を何も考えていなかった。
そこで少し考えてから、私は七菜葉ちゃんを連れて教師水野の所へと行った。
教師水野は、文化祭の日だというのに、職員室のいつものデスクに詰めていた。この人には浮かれるとか、文化祭を楽しむというマインドはないのだろうか?
「了解した」
即答だったので私は不安になって訊いた。
「こういうのって、学校側の了承取らないとダメなんじゃないんですか? それに、予算も必要ですし……」
「なに、パンフレットに菓子をつけるのは、過去に囲碁同好会とかるた部で前例があるんだ。それに、文化祭の予算に関してはまだ若干余裕がある。任せたまえ!」
と、教師水野にしては珍しく笑顔を見せながら答えた。
更に
「買い出しに出るのであれば、私の車で行ってくれたまえ。充分に気をつけて」
と言って、車のキーを貸してくれた。
確かに、文化祭の開催中は校門を通らないと出入りできない生徒の駐車場は利用できず、部車もブースに展示しているので出すわけにはいかないのでこの提案はありがたかった。
部室に戻って七海ちゃん達に言うと、沙綾ちゃんが
「じゃぁ、燈梨さん達が買いに行ってる間にチラシの増刷して準備してます」
と言ったので、数量を打ち合わせて出発した。
教職員駐車場に向かうと、教師水野の駐車位置には屋根の異様に低い銀色の軽自動車が止まっていた。
てっきり、この間のサニーかと思ったのだが、そうではなかったようだ。よく見ると、渡されたキーにもスズキのマークが入っていた。
「水野はカプチーノに乗ってるって話は本当だったんですね」
七菜葉ちゃんが言った。
カプチーノってコーヒーの事じゃなくて、この車の名前なんだね。
確かにトランクのところに筆記体で書かれたエンブレムがついてるよ。
鍵を開けて中に乗り込んだけど、低いねこれは……一瞬、床が抜けたのかと思うくらいの低さで心臓がドキッとしちゃったよ。
しかし、私はこの感覚に覚えがある。つい1ヶ月ほど前、沙織さんの妹弟子の元女スナイパーの杏優のRX-7の助手席に乗った時にも似た感覚を覚えたのだ。
そして、カプチーノの運転席に収まった感想としては、凄くタイトというか、狭いというか、なんか車というよりボブスレーのコックピットにいるような感じすら受けてしまう。
「なんか、凄いよね……」
七菜葉ちゃんが思わず感想を漏らした。
普段、シルビアに乗っている私でもさっきの感想になるのだから、七菜葉ちゃんの家の車は知らないけど、普通の車に乗っていると思われるのでその感覚は強いのだろうと思う。
エンジンをかけて出発したのだけど、センタートンネルが高いために、シフトレバーの位置が手のすぐ脇に来ているかのような感覚も新鮮で、この手首の返しだけでコクッコクッと決まるシフトチェンジも凄く新鮮で、何故、クイックシフターなどというものが存在するのかがよく分かるシフトフィーリングだった。
あのサニーのシフトフィールとは正反対すぎて、本当に同じ人物の持ち物かと思うほどだった。
私の運転を見ていた七菜葉ちゃんが
「なんか、さすがスポーツカーなんだって思っちゃいました」
と感心しながら言ったので
「七菜葉ちゃんの家では、普段どんな車に乗ってるの?」
と訊いてみると
「ウチの車はヴォクシーです」
と言ったので、なるほどこの車のタイトぶりは余計に気になってくるな……と納得した。
本当に低くてタイトなカプチーノに乗って七菜葉ちゃんに薦められたスーパーに行ってお徳用の飴をいくつかと、みんなで今日と明日つまめそうなお菓子を買いこむと、カプチーノの小さなトランクの中に入れた。シルビアならともかく、あの狭い室内に持って入っても置く場所が無いからだ。
室内に入ってみて、私はこの車を改めて見た時にある事に気がついた。
「この車って、屋根が外れるんだ」
私が言うと、七菜葉ちゃんが説明してくれた。
この車は屋根が分割して外せるため、オープン、タルガトップ、Tバールーフ、クーペ……と4種類のトップが楽しめるらしい。
そして、外した屋根はさっきのトランクに仕舞うようになっているそうだ。
「さすがバブルですよね……」
七菜葉ちゃんがしみじみと言ったけど、そもそもバブル時代を知らない私たちがしみじみ言っている事がおかしくなって、思わず吹き出してしまった。
帰り道は急勾配の上り坂になるために、この車のもう1つの性格が顔を覗かせてきた。
やはり排気量が小さいので、高回転まで回すか、ターボに頼る運転にならざるを得なくなる。
室内もであるが、タイトでスポーツなのがこの車の持ち味なのだと思う。
これで、ダッシュボードが常識的な車の形状になっていなければ、ゴーカートで走っているのに等しい走り味だと思う。
帰り道では、七菜葉ちゃんはどんな車に乗りたいのかを訊いてみた。
「周囲の人達は、危ないから4WDにしろって言うんですけど、私はロードスターとかフェアレディZとか、FRに乗ってみたいんですよ。マイ先輩とか、燈梨さんだって普通に乗ってるじゃないですか」
私は聞いていて、やっぱりこの辺の人達の意識としてはそれが普通なんだろうなと改めて思わされた。
私も最初からここで暮らすと分かっていてシルビアを選択したわけではないから、冬場についてはまだ未知数で不安もあるけど、コンさんも沙織さんも、別に雪道でFRに乗る事に関しては何も不安がっていなかった。
山向こうに住んでいた経験のある沙織さんでもそうなのだ。
前に沙織さんに聞いた話では、沙織さんは免許を取った最初の冬に、自分のジムニーの4WD切り替えレバーを切り替えたつもりでいたのに、実際には切り替わっていないFR状態で乗っていた事があるそうで、別にFRだから危ないなんていう事はないと言い切っていたのだ。
なので
「折角なんだから、好きな車に乗ってた方が良いと思うよ。だって、七菜葉ちゃんのお祖父ちゃんだって、FRのランサーに乗ってたんでしょ?」
と言うと
「その爺ちゃんが『FRなんて滑るからやめろ』って言うんですよ~」
と嘆いていた。
私は、七菜葉ちゃんの話を聞いていて、友達とこういう会話の出来る今の環境に充実感を実感していた。
1年前までの私には、夢見る事すらできなかった当たり前の日々が手にできている事に感謝をしていた。
ただ、カプチーノに乗って文化祭の買い出しに行きながらこんな経験しているJKは世界でただ1人しかいない特殊なケースだと気付いて、思わずニヤニヤしてしまったが……。