キャッスルナット
タイトルにあるキャッスルナットとは、外れ防止のために割りピンを入れる前提で、ナットの六角形の角以外の部分が開いているタイプのナットの事です。
上から見ると、古代の西洋のお城のように見える事からキャッスルナットと呼ばれています。
また、クラウンナットと呼ばれている場合もあります。
買い出しから帰ると、すっかり夕方になっていたが、みんながガレージで作業中だった。
「みんな、無理しないで早く帰ってね」
私が言うと、背後から舞華ちゃんに抱きすくめられて
「燈梨ぃ。別にみんな無理してるんじゃなくて、文化祭により良い物を出したいから頑張らせてくださいって、志願してきてるんだよ。水を差すような事を言うのは野暮だよ」
と言われた。
私は、何が何だか分からずにいると陽菜ちゃんがやって来て。
「そうですよ燈梨さん! 私たちは、早く完成させたいって思ってるんですから、やらせてくださいよ」
と言われた。
他の娘達も口々にやらせてくださいと言うので、私は軽いパニックになってしまった。
それを見た柚月ちゃんと沙綾ちゃんが
「マイ~、燈梨ちゃんと荷物降ろししようか~?」
「燈梨さん、私も荷物降ろし手伝いますねっ」
と言うと、3人で私を連れて駐車場まで移動した。
駐車場に到着すると柚月ちゃんが言った。
「燈梨ちゃんって、前の学校で文化祭とか~ほとんど参加した事ないでしょ~?」
私は頷いた。
私は、母親から厳しく管理されていたので、文化祭の準備なども極力参加せずに済ませるようにしていたため、みんながどのような気持ちで取り組んでいるのかが分からなかったのだ。
「まぁ、柚月もサボってて、全っ然参加してないけどな」
「うるさいやい~!」
「いーや、全然うるさくなんてないね。大体柚月が参加してないくせに、燈梨の事をとやかく言うなんておこがましいんだよ!」
柚月ちゃんの言葉に反応した舞華ちゃんが割って入ってしまったため、2人がもみ合いになってしまった。
それを見た沙綾ちゃんが、私のところへとやって来て
「文化祭とかって、妙な連帯感が生まれて、準備とか凄く楽しくなるんですよ。だから、今の部には嫌々やったり、時間を気にしたりする娘はいないから、燈梨さんも変な気を遣わなくて良いんですよ」
と言った。
私は、やはり文化祭に向けるみんなのモチベーションを測りかねていたんだと思うと、少し自信が無くなってきてしまった。
すると、舞華ちゃんが
「燈梨ぃ、そんなに気に病む必要はないよ。担当分けをしっかりしてるじゃん。だから、それに沿ってみんなに任せておいて、大きな指針をしっかり持っていればいいんだよ」
と肩を叩きながら言った。
更に、沙綾ちゃんが
「燈梨さんの采配はしっかりしてますよ。だから、現場の細かいところは私やナミに任せて、全体の統括をすれば良いんです」
と、私の手を握っていってくれた。
「うんっ、分かったよ」
私は頷いて言うと、舞華ちゃんが割り込んできて
「さぁ、これから私と燈梨でキャッキャウフフ……じゃなかった、部室で厳粛な打ち合わせがあるから、柚月と沙綾ちゃんでお願いね」
と言って私を連れていこうとしたところに地面に倒れていた柚月ちゃんが起き上がり
「マイ~! 荷物降ろしだよ~!」
と言って舞華ちゃんの手を掴んで逆方向へと連れて行ってしまった。
「なにするんだ柚月! 私はこれから燈梨とキャッキャウフフ……じゃなくて厳粛な打ち合わせがあるんだって!」
「荷物降ろしが先なの~!」
と2人のいつもの掛け合いが始まっていた。
私は、それを見ながら微笑んでいた。
「燈梨ぃ~、カムバァック!!」
「マイ~! 手を休めない~!」
◇◆◇◆◇
翌日の放課後、私たち2年生は、ガレージとは違う場所でチェイサーに向き合っていた。
あとの2台は3年生を中心とした制作陣になっているので、チェイサーは2年生の制作という形になっていた。
七海ちゃんを中心として、急遽手に入った車高調サスに交換した上で、七海ちゃん考案のナスカーってやつにお化粧直しすることになった。
七海ちゃん達がサス交換に入っている間に、私は沙綾ちゃんの作るボードや垂れ幕の手伝いにも入った。
七海ちゃんと1年の若菜ちゃんが進めていたけど、やっぱり少し人手が足らない上、他の作業の監督をしながら手伝えるので私に最適な仕事だった。
各展示車の今までにやった作業内容の説明とビフォーアフターの画像などを織り交ぜたボードの制作を手伝っていると、私の携わっていない部車の歴史や作業内容を知る事ができて、とても勉強になり、また、部車に改めて愛着が湧いてくるのを感じた。
すると、七海ちゃん達の方の作業の雲行きが怪しくなっていたので、私は抜けてそちらへと向かった。
チェイサーの元へと行くと、七海ちゃんが足回りを前に苦闘していた。
私の姿を見た七海ちゃんが言った。
「燈梨さん。この車、サスペンションのアッパーとロアのボルトを外しても、サスペンションが外れないっス! 困ったっス!」
私は、その様子を見て七海ちゃんの悩みの原因が分かってしまった。
きっと七海ちゃんは、部にある蔵書の『DIY整備の基本'95』を読んで作業に取り掛かったのだろう。
あれって、確かパルサーのサスペンションを外していたので、一般的なストラット式のサスペンションだったハズだ。
だけど、今回のチェイサーのサスペンションは、アームの数の多いダブルウィッシュボーン式のサスペンションなので、その作業だけだと外れないんだよ。
「七海ちゃん。これはダブルウィッシュボーン式のサスペンションだから、手前のアッパーアームを切り離してフリーにしないとダメなんだよ」
私は、検索してチェイサーのサスペンションを交換している人のページを見せた。
それによるとアッパーアームと、その下側を切り離すことによって、ロアアームが下がってきて、ショックアブソーバーを抜くスペースができるんだって。
確かにこうやって画像付きで説明されると、その原理やなんでその作業が必要なのかの理由も分かってくるから、凄くすんなりお腹に落ちてくるね。
七海ちゃんはじっくり見て理解ができたらしく
「ありがとうございます! 燈梨さん。それじゃぁ、いくよー!」
と言うと、ハンマー片手に車に取り掛かっていった。
しかし、さっきのページをよく見ると
『アッパーアームの切り離しは、ハンマーで叩くと、ボールジョイントを破損させる場合があるため、プーラーが望ましい』
って書いてあるじゃん! ウチの部、プーラーってあるよね。確かこの間、舞華ちゃんが使ってたよね。
「七海ちゃん! 待ったー!!」
「どうしました? ちょっと下がってないと危ないっスよ!」
私が七海ちゃんの元に向かうと、かなりの勢いでハンマーを振りかぶる七海ちゃんの姿があった。
「どうせだったら、ナットごと叩いちゃえば、ナットも緩んで一石二鳥っスよ!」
「ダメーー!!」
さっきのページには更に
『ナットはキャッスルナットのため、叩くと変形して再利用不可となります。間違っても叩いたりしないようにしましょう』
って書いてあったんだよ!
「放すっスー!」
「ダメー! 壊れる!!」
周辺にいた1年生2人と共に3人がかりで七海ちゃんを取り押さえた。
……結局、足回りの交換作業にも半分くらい私が関わってしまった。
「このっ、バカナミ!! 画像ばっかりじゃなくて、少しは文章の方も読みなさいよ! アンタ、作業の半分以下しか理解できてないじゃん!!」
沙綾ちゃんが、垂れ幕の制作を中断して七海ちゃんを怒鳴りつけてお説教していた。
「だってー、文章読むと頭痛くなるんだもん。しかも、そのページ字が小さすぎて見辛いんだもん……」
「勉強しない子供の言い訳みたいな事、言ってるんじゃないわよ!! しかも、このくらいの字、ウチの婆ちゃんですらメガネなしで読めるから。それともナミは、その年でもうハズキルーペが必要なの? なんなら誕生日にプレゼントする?」
私は、その姿を見ていて、舞華ちゃんと柚月ちゃんを思い出し、その姿を当てはめて見ていた。
そして思った。この2人の役割りは、あの2人のまんま生き写しになっていて、部の世代交代は確実に成功しつつあるんだと。




