多面性
あれから杏優は、舞華ちゃんに随分と色々な事を訊いていたんだ。
主にサニトラの快適化や、どの仕様がベストバランスなのかについてについてがメインだったんだ。
どうやら杏優の中にはバネット用のエンジンを使った1500cc化や、サニーの1400ccをボアアップしての1500cc化なんかのプランもあったみたいなんだけど、それは舞華ちゃんがお兄さんに聞いてみた結果、杏優の中で却下となっていたみたいだ。
舞華ちゃんが聞いた話によると、1200ccをボアアップで排気量を上げた場合と、1400ccや1500ccのエンジンに換装して排気量アップさせた場合では、高回転までの回りやすさに差が出てきてしまうのだそうだ。
より高回転まで回る痛快さを得たいのであれば、1200ccエンジンを使う方が良いという話らしい。
「あのクソバカ兄貴は2台目のサニトラをエンジン換装で排気量アップさせてたらしいからね」
舞華ちゃんの話によると、お兄さんからのアドバイスは、その頃の経験から来ているものではないかという事だったんだ。
どうやら、試行錯誤で作り上げた3台目のサニトラも岩場に激突させて廃車にしてしまい、お兄さんはそのエンジンを捨てるのが惜しくてサニーセダン、サニーバンと乗り継いでいずれもあの世送りにしてしまい、最後は『タイヤ運び用』と言い訳をしながらバネットバンにそのエンジンを搭載して乗っていたらしいんだ。
だけど、そのバネットは積載性に目をつけた舞華ちゃんのお母さんに取り上げられてしまい、お兄さんはそれを最後にA型エンジンチューンから足を洗ったそうなんだ。
その間も杏優は、舞華ちゃんの話を真剣な表情で聞いていて、メモを取ったり、質問したりしていたんだ。
でも、あんなに必死になっている杏優を見るのって初めてだったから、その姿に正直驚きながらも、新鮮さも感じていたんだ。
いつもの杏優って慇懃無礼な感じで、そのつもりはなくても人の事を見下しているような態度に見えるから、舞華ちゃんに教えを乞う姿は今までの杏優からは想像もできない姿だったんだよ。
「杏優のやつも、ああいう感じで謙虚にしてれば、もう少し友達出来るんだけどねぇ……」
沙織さんがその姿を見ながらため息交じりに言ったんだ。
沙織さんも何のかんの言っても、妹弟子である杏優の事は心配みたいなんだよね……向こうの方が年上なんだけどね。
すると、それを聞いた杏優が
「お姉様! 私には表層の付き合いの友人など不要ですからっ!」
と離れた位置から沙織さんに言ったけど
「今のアンタならそうだけど、お店はじめたらそうはいかないのよっ! 社交性を身につけなさいよ。あたしみたいに」
と沙織さんに一喝されていた。
杏優は市役所に勤めている元スナイパーだけど、夢はパティシエになって自分のお店をオープンさせる事らしいんだ。
慇懃無礼で冷酷非情な元スナイパーの杏優が、自分の洋菓子店でパティシエになってお菓子に囲まれている姿はなかなか想像しづらいんだけど、これは事実なんだ。
恐らく沙織さんの言っているのは、そのお店の事なんだろうと思う。
私は、杏優のパティシエ姿を想像してしまい、思わず表情がほころんでしまったんだ。
すると、それを見た杏優が
「ラビット! なにがおかしいの?」
と、矛先を他に向けようと私に当たり散らしてきたけど
「杏優っ! アンタこそ、人が話してる最中でしょうが!」
と、更に沙織さんに一喝されてしまい、俯いて黙り込んでしまったんだ……。
それにしても、今日はひょんな事から、色々な人のサニトラへのアプローチを目の当たりにすることが出来て、凄く有意義な時間だったんだ。
これを基に部のサニトラも仕上げていくって感じかな?
「そうそう燈梨ぃ、これが兄貴の乗ってたサニトラだよ」
舞華ちゃんが見せてくれたスマホの画像には、白いサニトラが写ってたんだけど、オーバーフェンダーがついていて、更には時代を感じるような平たい板のフロントスポイラーもついていたんだ。
「これがその前ね」
舞華ちゃんが続けて見せてくれた画像には、今度は黒いサニトラが写っていた。
こっちもオーバーフェンダーはついているんだけど、さっきの白のような後付け感のあるものではなく、自然な感じでボディに繋がっているような感じだった。
確か、こういうのってブリスターフェンダーって言ってたよね。
なんか不思議な感じなんだけど、サニトラって部品によって昭和感を醸し出したり、現代風の洗練された感じに仕上げたりする事ができちゃうんだよね。
まぁ、これに関しては好き好きがあるだろうから、導入後に部内で意見を募っていこうと思うんだ。
ただ、それに関して敢えて私の意見を言うとするなら、エンジン同様いじりすぎはあまりよろしくないかなって、私も思うんだ。
それを踏まえた上で、私は考えたんだよ。
どうやって仕上げていこうかな……って。
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