方向性
杏優のサニトラで走った後、いつものタレントショップ跡の駐車場に車を止めてエンジンを見せて貰った。
驚いたのは、あれだけのパフォーマンスを見せた事から相当手が入っているのかと思いきや、見た目にはほとんど変わっているところは見つけられなかったんだ。敢えて言えばエキゾーストマニホールドがタコ足に替えられていたりとか、プラグコードが純正とは明らかに違う太くて効率の良さそうなものに替えられているくらいで、いじったこの車のエンジンルームにありがちなラッパみたいな形の社外キャブレターもついていなかったんだ。
それを見て驚いているのを見た杏優から
「純正の電子制御キャブでも充分なパフォーマンスが引き出せるし、なにより安心よ」
と言われたんだ。
杏優曰く、最初は社外品のキャブをつけて更なるパフォーマンスを引き出してみようと思っていたそうなんだけど、予算の問題があって後回しになってしまい、そのまま乗っているうちに純正でも思いの外、速いという事が分かって以降は、このままで充分だと思うようになっていたそうだ。
「ただ、これに関してはそのうち換装するかもしれないわね……」
と言って指さしたのはシフトレバーだった。
サニトラのミッションはマニュアルのみなんだけど、高速走行に入るとどうしてももう1速欲しくなってしまうというのは、私も運転していて分かるような気がするんだ。
すると
「なによー、この車に関しては3速じゃなくて4速MTの方なのよ。なのに、足りないとか言うのは贅沢なのよっ!」
と背後からした声の方を振り返ると、沙織さんが不満そうに唇を尖らせて言っていた。
確かに、この車の初期型には3速MTの設定があったので、4速は上級という言い方もできなくはないんだけど……。
「でもお姉様、現代では4速は足りないんです」
と言って、杏優にしては珍しく沙織さんに噛みついていた。
それはそうだろうね。
この小排気量からパフォーマンスを引き出そうとすると、細かく割っていった方が良いと思うから、どうしてもオーバートップのギアがあった方が良いと私も思うんだ。
そんな事をきっかけに、どれが正解なんだろうと思っていたんだ。
この車って、色々なアプローチをしている人が多いので、正直、どう仕上げていくのかの指標みたいなものが多すぎるんだよね。
そうなると、どの方向に向けていけば良いのかが分からなくて私はちょっと考え込んでいた。
その時、国道の方からこちらに向かって入って来る赤いスカイラインが見えたんだ。
私たちの近くまでゆっくりとやって来たスカイラインから降りてきたのは、予想通り舞華ちゃんだった。
「あっ! 燈梨だぁ~。今日も頬をスリスリしちゃお~っと!」
と言っていつものように頬ずりをした後で
「あっ! サニトラだ。どうしたの燈梨、これ買うの?」
と訊いてきたので、私は事情を説明したんだ。
すると、舞華ちゃんはニコッとして
「ウチのバカ兄貴もサニトラ3回乗ってたよ。まぁ、最後はどれも酷いもんだったけど……」
と言っていた。
舞華ちゃん曰く、この辺は農家がそれなりに多く、そして昔は日産が強い地域だったという事もあってサニトラは結構簡単に手に入ったそうだ。
「ちなみに兄貴の最初のは裏の爺ちゃんから、2台目は電器屋さんから、3台目は牛乳屋さんから貰ってたからね」
舞華ちゃんは杏優のサニトラを一回りグルッと見た後で
「これ、綺麗にまとまってるよね~。出来ればGX-5用の5速が入ってれば更に良くなるらしいよ」
と言ったんだ。
舞華ちゃん曰く、お兄さんからの受け売りではあるけど、サニーGX-5用のミッションはクロスしているので峠などでもちょうどいい塩梅にエンジンのパワーバンドに入るそうだ。
反面、後の5速MTみたいに5速をオーバートップに使ってひたすら低回転で高速道路を走るような用途には若干劣るらしいんだけど……。
そして、エンジンルームを覗いていた舞華ちゃんは顔を私に向けると
「でも、部のトランスポーターとしての性格も持たせるんだったら、改造はそこそこにしておいて、ある程度快適性に振るっていうのもアリだよぉ~」
と言って手招きしたんだ。
私は一緒にエンジンルームの前に立つと、舞華ちゃんは
「ノーマルでも結構軽快に走るけど、兄貴曰く、ある程度の高回転まで回す事が本領発揮に繋がって、エンジンも長持ちするんだって」
と言って、いくつかのポイントを教えてくれたんだ。
1つはやはり排気系を整えてあげて、流れを良くしてあげるってこと、そして2つ目は点火系が昔の車という事もあって弱いので、そこを強化してあげること、そして3つ目は
「現代の技術を使えば快適化もできるって言ってた。エアコンやパワステなんてのもできなくは無いらしいよ」
と言ったんだ。
私と杏優はにわかには信じられない言葉の出現に驚かずにはいられなかった。
「貴女、そこのところを詳しく教えてくださらない?」
それまで黙っていた杏優が突然舞華ちゃんに喰らいついていったので、舞華ちゃんは驚き、沙織さんが杏優を止めに入っていたんだ。
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