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オーバーホール

 杏優のサニトラに乗って走り出すと、今までの2台とは違った不思議な感じがしたんだ。


 最初の若菜ちゃんの家のはノーマルなので気兼ねなく乗っていける代わり、軽快だけど無味乾燥な古い車……という走り味だったのに対し、紘一郎さんのは躍動感とエンジンの存在感の強い走りで速かったんだけど、ちょっと気難しい感じがしたのも事実だったんだ。


 「どうなの? 私のサニーの走りは。なにか参考になるかしら?」


 杏優は私の表情を窺うように上半身を屈めて下から見上げるようにしながら訊いたので


 「うん……まだ分からないかな? ちなみに、どんなことをやっているの?」


 と質問に答えつつも、質問で返してしまった。


 「吸排気系だけで様子を見ているの。この手の車は、1つバランスを崩していくと乗り辛くなって、取り返そうとあちこちやっていくうちに足として使えなくなるから」


 杏優の話とは裏腹に、このサニトラは凄く乗りやすく、車に興味がない人にとってみれば、ノーマルと乗り比べても同じだと感じるほどなんだ。


 しかし、それがノーマルでない事はちょっとアクセルを踏み込んでいくとよく分かるんだ。

 原付バイクのエンジンの様に軽快に回っていく代わり、軽くてフィーリングも心許なかったノーマルに対して、ちょっとだけ野太さと言うかエンジンの存在感を加味したのが杏優のサニトラなのだ。


 その効果は抜群で、ノーマルの高回転域は“ビィィィィーン”という感じで軽く回っていく反面で、軽さゆえなのか振動感が伝わってくるのがちょっと残念なポイントだったんだけど、このサニトラのエンジンは若菜ちゃんの家のと同じエンジンなのか? と疑問が湧くくらいスムーズに高回転まで吹き上がっていき、そのエンジンの脈動は適度にどっしりしていて、ノーマルの様にブルブルと震えるようなものではなく、そして、その振動も静かにながら確実にハンドルに伝わってくるような、そんな感じのフィーリングになっていたんだ。


 私は、ちょっとこの車をいろいろと試してみたくなり、思い切り高回転まで回してみたかと思えば、今度は3速に入れて低速から坂を上がってみたり……と、あれこれやってみたんだけど、杏優のサニトラはどのシチュエーションからでも、しっかりとパワーとトルクがついてきてくれたんだ。

 その懐の深さに、私が思わず感動していると


 「どう? このエンジンは色々な人間に酷使されてきたから、オーバーホール後もその従順ながらもタフな性格だけはしっかりと継承されたのよ」


 と杏優が微笑みながら言った。

 話によると、杏優が配属された段階でこの車は相当酷使されていたようで、外装だけは公用車らしく綺麗さを保っていたんだけど、メカに関しては相当ボロボロになりかけていたらしいんだ。


 杏優は、マニュアルでエアコンもない事から皆から敬遠されてほぼ自分の専用車となったこのサニトラを自分の手で蘇らせようと画策したそうだ。

 土木課の仕事で公園の駐車場に放置された車の撤去作業の立ち合いに行った際、その中の1台にサニトラがあるのを発見して引き取り、そのエンジンをオーバーホールして載せ替えたのだそうだ。

 そして、更に元々このサニトラに積まれていたエンジンもオーバーホールしてから、ちょっとだけ手を入れて再び載せ替えたのだそうだ。


 「エンジンを降ろしてオーバーホールなんて初めてだったけど、A12はシンプルだから、すんなりとできたのよ」


 杏優は懐かしむように言ったんだけど、よく考えたら、杏優って戦車をも修理するスキルがあるって聞いたんだけど……。

 思わずその事を口にすると


 「あれは車載状態で直したの。だから降ろしてのオーバーホールはサニトラが初めてなの」


 と杏優は説明するように言ったんだけど、それってそんなに重要な事なのかな? と思っちゃうんだよね。


 「ところで、エンジンを取ったサニトラはどうなったの?」


 ふと疑問に思った事を訊くと


 「部品を取れるだけ取ってスクラップにしたわよ」


 杏優は事も無げに言ってのけた。

 元々公園に捨てられていて、どこの誰の物とも分からない上に、中はゴミだらけ、至る所に蹴られて出来た凹みなんかがあったんだけど、杏優は取れるだけの部品を取って、へこんだ外装部品はすべて修理した上でスペア部品としてストックし、残った車体は腐りが回っていたのでスクラップにしたそうだ。


 「ちなみにこのエンジン、ほんの少しだけ排気量が上がってるわよ」


 杏優がボソッと言った言葉に私は驚きを隠せなかったんだ。

 杏優の話だと、オーバーホールをした際に、折角だから……とボアアップによる排気量アップに挑戦したのだそうだ。


 それまでの杏優は、手先の器用さを活かした修理作業メインでずっとやってきたため、初めてのチューニングでこのエンジンに向き合った際に、その内容が今までの自分のスタンスとの全く違っていたので、戸惑いながら本を参考に組み上げるまで予定より1週間以上も遅れたのだそうだ。


 私は、普段は孤高の存在を演じきってこういう場面では強がる杏優を見て、やはり車は人と人を繋ぐツールになるんだね……と改めて感心しちゃったんだ。



 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『杏優のサニトラは何ccなの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。

  

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