新たな刺客
隣のサニトラから降りてきたのは、予想通り杏優……だと思ったら、それは外れてしまい、紘一郎さんだったんだ。
「お久しぶりです。今度サニトラを入手されたという事で、これから、こういう楽しみ方もあるという1台を堪能頂きたいと思います」
と言うと同時に私を運転席に案内して、沙織さんにナビを託した。
とは言え、訳の分からないままでいきなり運転するのも不本意なので、私は車の周りを一周してどんな仕様なのかを確かめる事にした。
紘一郎さんのサニトラは、見た目はちょと私のとは違ってグリルやバンパーがもっとメッキっぽくなっていて、内装が茶色になっていた。
「これは中期改前期仕様ってところかしらね」
沙織さんが言った。
どうやら、もっと古い仕様にしようとして、オーバーライダーのついていない前期バンパーや、彫りの浅い前期グリルにしたものらしい。
確かに、こっちの方が古くてノスタルジーを感じさせる外観になっているのは間違いないんだけど、私にとっては表情に可愛らしさが無いのが少し気になるかな……それと
「このミラー、見辛そうだね」
とフェンダーについたミラーに触れながら言った。
さっきのサニトラもフェンダーミラーだったんだけど、あれって外が膨らんでいて外側が見易かったんだけど、これはまん丸だからちょっと感覚が掴み辛いかな……。
すると、沙織さんが
「あぁ、これはデザイン重視のベレGミラーだからね……」
と言って苦笑していた。
エンジンは、ヘッドカバーに派手なメタリック塗装がされており、そして、明らかに改造キャブと思われるラッパのような物がついていたので、相当エンジンに手が入っていると思われるんだ。
エキゾーストマニフォールドもタコ足になっているし、これがサニトラのもう1つの楽しみ方ってところなんだろうね。
まずはエンジンをかけて、しばらくアイドルをしながら回転が落ち着くのを待つ。
こういうところはやはり昔の車だと思わされるところだ。いや、昔の車というよりもハードチューンされた車というべきなのかな?
そして車に乗り込もうとふと車を見た時に気付いた事があった。
「あれ? このサニトラってさっきのより小さくない?」
私は思わず言った。
目の錯覚なのかもしれないけど、確かにさっきまで乗っていたサニトラよりもこのサニトラは小さく見えるんだ。
これって、どういう事なんだろう?
「燈梨、これが標準ボディなの。今まで乗ってたのはロングボディ車よ」
沙織さんがニコッとして言って私は思い出した事があった。
確かに前に学校で若菜ちゃんが、自分の家のサニトラはロングボディだって言ってたんだ。それがこういう事なんだね。
となると、もしかして挙動も違ってくるのかな?
私はそう考えると矢も楯もたまらなくなって、アイドルが落ち着くのを待ちきれずに車に乗り込んだんだ。
このもどかしい待ち時間さえも楽しさに変えてくれる独特のビートが心地よく伝わってくるキャビンの中で、私はこの車の息吹を感じていたんだ。
確かに、この車には現代の車についている物の大半がついていない。ついている贅沢装備ってラジオであり、ヒーターであり、間欠ワイパーなんだよね。
でも、それだけあれば充分だって思えるほど、この車の中だけは時間の流れが止まっているような気がしてきたんだ。
アイドルが安定したのでようやくスタートさせようとギアを入れようとしたところ、助手席の沙織さんが
「燈梨よく見て、それだと2速よ」
というのでよく見てみると、センターコンソールに貼られているシフトパターンはさっきまでのサニトラには無い5速のミッションが載っていたんだよ。しかも、ただの5速じゃなくて、左下が1速になるというちょっと変わったパターンのミッションなんだ。
沙織さん曰く、この型のサニーのスポーツグレードの5速ミッションが載っているらしく、その頃のサニーは、この特殊なシフトパターンでラリーなどの際に一番使う頻度の高い2速と3速の変速を楽にするために5速を特殊なパターンにしていたのだそうだ。
なるほど、そういう違いがあるのか……と思って水温計を見ようと目をやったメーターパネルには驚くものがあったんだ。
それはスピードメーターの左隣にあるメーターの事なんだ。確か若菜ちゃんの家のサニトラのそこは、蓋がついていて何もなかったんだけど、紘一郎さんのには、そこに明らかにアナログ式の時計が鎮座していたんだ。
私は初めて見る光景だらけのこのサニトラに乗る機会が手にできた事を凄く嬉しく、また光栄な事だと心から思ったんだ。
ひょんな事から始まった部のトラック導入の話がいつの間にかレトロな車の乗り比べ会みたいになっている事に、ちょっと不安を覚えていたんだ。
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