肉食獣
そこに現れたのは鈍い光を放っているクーペだった。
ちょうど照明光の下に止まっているから目がチカチカするほどに刺さっている鈍い光り方で、パール塗装だって事がよく分かるんだ。
この逆光の中でも、幅広くて低い車だっていうのは嫌というほどよく分かるシルエットだった。
私のシルビアなんて比じゃないくらいの低く広く構えるようなフォルムは、今までに私が実際に見た車の中には無い佇まいだった。
敢えて言えば杏優のRX-7がそれに近いものを持っているけど、RX-7のフォルムが女性的な丸みを帯びたものなのに対して、こちらは曲面構成でありながら、要所要所が筋肉質で、男性らしさを感じさせてくれるそれであった。
そして、このエンジン音の野太さが、この車が6気筒エンジンであることを物語っているんだ。
この音を聞くだけでも、ちょっとした興奮を感じざるを得ないんだ。
確かに、決してうるさくはないけど、しっかりと存在感を誇示して、周囲の空気を揺らしているかのようなそれは、やはり、今までに私が聞いた事の無いエンジン音だった。
そのクーペに莉緒ちゃんが乗り込むと、シートを合わせながら、ベストなポジションを探していたんだ。
そのシートもまた独特の形状だった。
基本的にスポーツカーらしく、平板のように無駄なぜい肉を削ぎ落した背もたれには、まるで包まれるかのようなサイドサポートがあって、更にはヘッドレストは、その背もたれの上端部あたりに、まるでシートに埋まっているかのような錯覚を感じさせるような絶妙なバランスで配置されていたんだ。
これによって、見た目には豪華さを、そしてスポーツカーらしいスパルタンさを同居させていたんだ。
莉緒ちゃんがギアを入れてゆっくり発進させたんだけど、これでようやく逆光から解放されて、その姿をしっかりと目にすることができたんだ。
フロントには両端に吊り上がったかのような印象を与えるヘッドランプが配されていて、その間を繋ぐフロントグリルは無く、代わりにバンパーの中央部分にまるで髭の様に佇む黒いエアインテークがその役割を担っているようだった。
曲面構成のボディは、そのルーフまでもしなやかに曲線で構成されており、なだらかに下がっていくルーフからファーストバックスタイルのハッチゲートへと降りていくラインが、よりスタイルコンシャスさを際立たせているように見えたんだ。
そして高い位置からストンと切り落とされたかのように落ちていくリアセクションが、フロント周りの低さとシンメトリーになって、低く構えるような……獲物を狙う肉食獣のような強さと速さを予感させてくれる効果となっていた。
うーん……凄くカッコ良い車だよ。
なんて言うか、シルビアとかスカイラインなんかが実用性とかいろいろな面で妥協を強いられているような部分をスッパリと切り落として、性能とデザインに特化したような感じの車だよね。
もしかすると外車とかかな?
ドイツやアメリカの車なのかもしれないね。
なるほど、だから莉緒ちゃんは隠してたんだね。
車が動き出してもう1つ分かった事があるのは、この車の色はパールの入った黄色だという事だ。
黄色にパールを入れるのって、ちょっと珍しい試みだよね。
パールを入れる事によって、黄色本来の鮮やかさがスポイルされちゃうことになるのと、塗料が高くなっちゃうだろうから、あまり黄色なんかが売れない日本では、設定しないだろうね。
そう考えるとやっぱりこの車は外車なのかな? となるとポルシェとかなのかな?
そして、後ろを見ていた私がもう1つ驚いたのは、マフラーが左右それぞれについている事だった。
一部小さな車でも最近はやっているケースがあるみたいだけど、やはり、ボディのサイズから見て、大型のスポーツカーなんだろうな……と思うんだよね。
莉緒ちゃんの乗った車は、駐車場の隅の誰も止めていない区画を何周かした後、今度は逆回りで何周か走っていたんだ。
……恐らくここで試乗する算段だったんだろうね。でも、こんな狭い駐車場じゃなくて、教師水野がよく使っているタレントショップ跡の方がもっとのびのびと車の性能を試すことが出来るのになぁ……。
などと思っている私の近くで黄色いスポーツカーは止まって、莉緒ちゃんが運転席から降りてきた。
さっきは慌てていたので見落としていたけど、この車のドアって変わった開き方するんだね。
ドア自体が開くのは当然の事として、サイドウインドー後ろのBピラー部分までもがドアと一緒に開いていたんだ。
裏から見ると、その部分についているシートベルトの部分までドアと一緒に開くんだね。珍しいよ。
トイレなのか、車から降りた莉緒ちゃんは店内入口に駆けていったので、その間に私は、この車がなんという車なのかを知りたくなって、息を潜めながらも車の周囲をあちこち見て、この車の車種を知るヒントを探したんだ。
そして、2つのライトの中間にあるパネルにある丸いエンブレムに私の目は釘付けになってしまったんだ。
そこにはただ一文字『Z』が踊っていたのだ。
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