チーフの葛藤
莉緒ちゃんの車の予想で部内はすっかり盛り上がりを見せていた水曜日、私はバイトがあるので部を早々に切り上げて制服のまま、イアンモールを目指していた。
最近、1人家庭の事情でちょくちょくシフトに穴を開けちゃう娘がいるんだ。私は、まだ始めたばかりのつもりなんだけど、オープニングスタッフの1人で、更に唯花さんのお墨付きもあるから、JKのバイトリーダー的な立場に勝手に抜擢されちゃった事もあって、こういう時には頼られちゃうんだよね。
ウチの店長って唯花さんが高校生だった頃に新入社員として入ってきて、ベテランバイトの唯花さんにビシバシしごかれて育ったみたいだから、唯花さんのお墨付きの私を頼りにしてきちゃうんだよね……。
まぁ、頼りにされるのは嫌じゃないし、時給もプラスされて、更に言えばバイト先のユニフォームって可愛いから、私はこれ着て働けるんだったら大歓迎なんだよね。
……ただ、ウチの高校の男子とか、近隣の大学の一部の男の人が来ては嫌らしい目で私の事を見ているのが嫌なんだけどね……。
また新人の娘がキッチンの男子バイトと喋ってるよ。
なーんか、こういう注意すると私が年寄りみたいに思われちゃうから嫌なんだけどね。
こういう事言いたくはないけど、お金貰ってる以上、バイトも社員もないんだよ!
まぁ、本人たちも反省してるみたいだから良いけど、私もここだと古参扱いだから、あまりこういう事で表に出たくないかなぁ……正直、後輩の子たちにやって欲しいんだよねぇ……。
そんな事を思っていると、私のすぐそばをお客さんが通った。
「いらっしゃいませー」
笑顔と共にそう言った私の視線は、そこで固まってしまった。
あれ、莉緒ちゃんじゃない?
向こうは背中を向けていたので私に気付いてないみたいだけど、私からはバッチリと見えていたよ。
莉緒ちゃんと、中年のおじさんだね。
話の内容は分からないけど、時たま聞こえてくる『伯父さん』という声から、どうやらあの人が話題になっている莉緒ちゃんに車をくれると言っている伯父さんらしいんだ。
これは千載一遇のチャンスだと思って、2人のいるテーブル席に近づこうと思ってさり気なく移動を開始したんだけど、こういう時に限ってお客さんが纏まって来て、フロアが殺人的に忙しくなっちゃったから、それどころじゃなくなっちゃったよ。
ようやくひと段落ついて、身体が空き、私はさっきの席にいる莉緒ちゃん達を認めて、今度こそ……と席に近づいて行ったんだ。
“ガシャーーン!!”
「す、すいませーん!」
「なんなの? その謝り方はっ!!」
あ、新人の娘がトラブルだ。
お客さんを怒らせちゃったよ……でも、私は莉緒ちゃんの話の方が重要だから、サクッと見なかったフリをしちゃおう。
ゴメンね。許せ新人!
『燈梨チーフ、燈梨チーフ! 17番テーブルでトラブル。対処お願いしますっ!』
インカムに私を呼び出す声がするよ!
なんでこんな時に私なのよっ! もうっ! 莉緒ちゃんの謎の車を知る手掛かりが掴めそうなのにっ!
『燈梨チーフ! 緊急です。至急至急! 17番テーブルに向かってください!』
もうっ!!
◇◆◇◆◇
まったく、あの新人はしっかりと鍛え直さないとダメだね。
私がお客さんの対処をしている間も、何をするでもなくただ見てるだけなんだもん。
大体、私が行って謝ったらすぐに収まったじゃん!
騒ぎが収まった後で、莉緒ちゃん達のいたテーブルに行ったんだけど、既に帰っちゃった後で誰もいなくなってたんだ……。
バイトが終わるとやるせない気持ちを抱えたままで、私は駐車場の自分の車へと向かった。
従業員区画は、お客様駐車場と同じ建物にあるけど、ほとんどお客さんの出入りの無い端に存在してるんだ。
自分の車の前に立ってリモコンを探していた時の事だった。
ふと駐車場の隅の方を横切った影を目で追ってみると、そこにはまぎれもなく莉緒ちゃんがいたんだ。
私が店内の騒動に巻き込まれて見失ってからもう30分くらい経っているので、そこからまっすぐ帰ろうとしているというのには少し無理があったんだ。
それに、ここって駐車場の一番端の区画で、お客さんは出入りせず、従業員くらいしか止めていない場所だから、伯父さんの車が止めてあるっていうのも無理があるんだよね。
一体こんな所で何をしているんだろう? 私は、その様子から声をかけるべきでないと判断して、近くに止まっていたキャラバンの陰に身を潜めて様子を窺う事にしたんだ。
莉緒ちゃんは、誰かを待っているような、そんな様子でキョロキョロとしながら辺りを窺っていたんだけど、どうやら見ている場所が通路なので明らかに車を待っている様子だった。
でも、伯父さんの車が迎えに来るとするならば、明らかにこの一番奥のどん詰まりこの区画に来るのはおかしいので、もしかしたら、莉緒ちゃんの秘密のマシンがやって来るのではないかという考えが私の頭の中に思い浮かんできたんだ。
そして、野太い排気音と共に現れた車のシルエットを見た時、私の予感は確信に変わると共に、あまりの突拍子も無さに私は腰を抜かしそうになってしまったんだ。
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