ハンドル
七海ちゃんと沙綾ちゃんの掛け合いが続いていて、なかなか終わる気配がないので、私は、その他の娘達を連れて次の作業へと入る事にした。
次は遂にハンドルの交換と、助手席エアバッグのキャンセル作業に入るよ。
「どうしてエアバッグやハンドルを外す必要があるんですか?」
美桜ちゃんが質問してきた。
確かにみんなが不思議に思う作業だね。
「公道で使う車になら、必要な物だろうけど、こういうサーキットなんかに搬入して使う車の場合は、誤作動によるデメリットを嫌うのと、操作性や軽量化のためって側面もあるんだよ」
私が答えると
「ちなみに、誤作動する可能性ってあるんですか?」
と言ったので
「サーキットに行く際にトラックへの積み込みがあるんだけど、その時とか、サーキットに行った際にも、高速でうねりを越えたりした際に作動しちゃったケースがあるんだって」
と答えると納得してくれたようで
「分かりました」
と言ったので、早速作業に取り掛かった。
バッテリーのマイナス端子を外してから、それなりに時間が経っているので、もう作業に取り掛かってOKだね。
私は最初に2班に分けて、運転席側と助手席側のそれぞれを取り外す事にした。
まずは、ハンドルの裏から特殊な形のネジでパッドが留まっているから、それを専用のレンチで外す。
先もって説明しておいたから、陽菜ちゃんと真由ちゃんがそれぞれ外してくれたんだけど、真由ちゃんが
「凄く硬いです……レンチが回らないです!」
って言ったので、陽菜ちゃんが真由ちゃんの方の緩めもやってくれたんだ。
後で、陽菜ちゃんにどのくらい硬いのかを訊いてみたところ
「私にとっては大した事は無いですが、普通に真由っぺや燈梨さんでは緩まないと思いますよ」
と、へらっとしながら答えてくれた。
そうだ、陽菜ちゃんって、小柄で可愛らしく見えるけど、元々レスリング部にいた娘だから、力は人一倍あるんだったね。
パッドを取り外して、ハンドルの中央部を見ると、そこが大きめのナットで留まっているから、大きめのレンチで外していくんだ。
ここでの注意点は、ナットを緩めてもまだこの段階ではナットは外さずに、1~2山残しておく事なんだ。
ハンドルがついてるシャフトって、ギザギザになっていて、そのギザギザにハンドル本体が噛みこんでるから、引っ張ったくらいじゃ取れず、ハンドルを縦横に振動を与え続けて外していくんだけど、大抵唐突に外れたりするものなんだよ。
その時に、ナットを残しておかないと、スポーンとハンドルが急に抜けた時に、自分の顔面を剥き出しのハンドルに打ち付けちゃうことになるんだよ。
しかも、ハンドルって重いから、直撃を受けたら鼻の骨とかが折れてもおかしくないんだよね。
整備工場とかで日常的にこの作業をやる人なんかの場合は、ステアリングプーラーって専用工具があるらしいんだけど、そこまで用意しなくても充分にできる作業なので、部費の節約のためにも、人力に頼る事にした。
「それじゃぁ、七海ちゃん。お願い」
私が言うと、沙綾ちゃんに取り押さえられていた七海ちゃんが、それを振り切って
「任せるっス~!」
と言って、ハンドルに組み付いた。
あ、ここでもう1つハンドルの交換前にやっておく事として、ハンドルロックをかけておくのを忘れないようにね。
そうしないと、前後左右に揺すりながらハンドルを引っ張る際に、ハンドルが動いちゃって力が抜けちゃうからね。
“ガコッ……ガコガコッ……ッゴッゴンッ”
七海ちゃんがちょっと揺すりながらハンドルを引っ張ったら、一瞬のうちにハンドルが抜けてきちゃったよ。
でも、やっぱり最後は勢い良く抜けて、ナットに勢い良くハンドルがぶつかった。
「私にかかれば、こんなもんだぞ~!」
七海ちゃんが言って、1年生が一斉に拍手で盛り上げている後ろで、沙綾ちゃんが凄く微妙な表情でその様子を見ていたよ。
後で聞いたんだけど、元々沙綾ちゃんって、格闘技とかやるつもりは無かったんだけど、小児喘息で身体が弱かったのをご両親が克服させたいっていう意向と、幼馴染の七海ちゃんに半ば無理矢理みたいな形で引っ張られてキックボクシングを始めたって経緯があるから、あんまりこの格闘技系のノリが好きじゃないみたいなんだよ。
それじゃぁ、ハンドルが外れたところで、新しいハンドルを付けなきゃね。
まずは、ボスを取り付けるんだよ。
社外品のハンドルは取り付け方が一定なのに対して、車側のステアリングシャフトの形状は千差万別だから、シャフトの形状に合わせたボスを取り付けて、ハンドル側と橋渡しをするんだよ。
「適当でいいっスよね~」
「ダメ! 七海ちゃん。よく見て『TOP』って打刻されている面がハンドルの頂点になるようにつけるんだよっ!」
七海ちゃんがボソッと言って始めようとしたので、私は思わず止めに入ってしまった。
「ナミは、目を離すととんでもない事しますからね。要注意ですよ」
沙綾ちゃんに言われて思わず頷いてしまった。
「頂点って、さっき、ハンドルってどうついてたっけ?」
七海ちゃんの一言に、その場は脱力してしまったが、次の瞬間、私たちは気付いた事があった。
元々、ハンドルってどういう角度で付いてたっけ? と。
すると、希愛ちゃんが
「さっき、シートベルト付け終わった時の画像ならありますっ!」
「さすがっ! 希愛ちゃんグッジョブ!」
私は思わず言ってしまったが、みんなも同じ思いのようで、私にサムズアップしていた。
まずは、車側のシャフトの所についている黄色っぽい丸いものの先から出ているハーネスに、ボスの中に入っている四角い箱のついたハーネスを繋ぐ。
これは、エアバッグの疑似抵抗なんだって。これが無い状態だと、車側がエアバッグに異常があると判断して、メーター内のエアバッグ警告灯が点きっ放しになっちゃうから、これを取り付けておく必要があるんだって。
そして、さっきのハンドルが向いていた方向にボスのトップマークを合わせていくと、1ヶ所だけバッチリとギザギザ(スプラインって言うらしい)に嵌まる箇所があったので、そこに挿しこんでからナットを手締めしてみて、無理がないことを確認したら、レンチで本締めしていった。
そこに、教師水野が用意していた社外品のハンドルを取り付けていく。
社外品のハンドルには、ネジ穴が6ヶ所空いていて、そこに専用のネジをつけるのと、中央にホーンボタンを取り付けて、クラクションが鳴るようにするんだね。
次に金属のお皿みたいなものの上に、ホーンボタンを取り付けて、ボタンにあるアース端子から、そのお皿の端子受けみたいな所にアースをしてから、ボスから生えている配線端子にホーンボタンの裏の端子を挿しこんであげる。
次に、そのお皿をボスとハンドルの間に挟んだ状態にして、ボスの穴とお皿の穴、更にはハンドルの穴の位置をピタリと合わせてからネジで留めていくんだ。
「ナミ、締める時は対角線上にだからね!」
「分かってらい!」
「ウソつくんじゃないのっ!」
沙綾ちゃんの指摘は当たっていて、七海ちゃんは適当に隣のネジを嵌めて締めようとしていた。
さすが幼馴染だね、私は見ていて、この2人がとても羨ましく思えた。
すると、いきなり七菜葉ちゃんが背後から私に抱き着いてきて
「燈梨さんっ! 幼馴染なんて、普通はそうそういるものじゃないから、そんな卑屈になる必要ないですよ! 私だって中学の時に転校してきたんですからっ」
と言って元気づけてくれた。
すると、陽菜ちゃんや1年生からも
「私もいないですよ」
「ウチも、いないです~」
「私もですよ~」
と、次々と声が上がり、陽菜ちゃんが
「コイツらがおかしいんです! とうっ!!」
と、作業中の七海ちゃんの頭に空手チョップをした。
それだけだと微笑ましいんだけど、ここのメンバーがやると、ほぼ格闘技の経験者だから、力加減が尋常じゃなくて、物凄い音が響いた。
でも、次の瞬間七海ちゃんから
「やめろよヒナっち~! 頭がへこんでハート形になったら、どうするんだよぉ~!」
と言ういつもの返しが飛んできて、私は思わずホッとしてしまった。
「そのまま宇宙人って言って、NASAに売り飛ばしてやるよっ!」
「NASAがそんなもの、買う訳ないでしょ!」
「なんだよ沙綾っち『そんなもの』って~!」
陽菜ちゃんと七海ちゃんのやり取りに沙綾ちゃんも参戦して、2年生のメンバーがいつもの掛け合いになっていく中、室内を見て私は凄く感動してしまった。
シートとシートベルトが変わり、更にはバックスキンの黒いハンドルが装備された室内は、メーターを含めて今までのお買い物グルマから、すっかりレースカーのコックピットに変わっていたのだ。




