前夜の騒動
エッセのバンパーを取り付けて、まずは大きなところが終了した。
「あとは、来週に持ち越しですけど、時間的余裕もありますし、最悪ダメでも、このまま出場できますから、焦らなくて大丈夫っス!」
七海ちゃんがちょっとドヤ顔で言った。
ちなみに、あと残された作業はハンドルの交換と、シートベルトの取り付け、それからシートの取り換えだ。
確かに七海ちゃんの言う通り、シートベルトさえつけば、ハンドルやシートが無くても出場はできるけど、やはり舞華ちゃん達には、ベストな状態でレースに臨んで欲しい。だから、絶対来週中にすべてを終わらせるんだ。
私の表情を見た陽菜ちゃんが言った。
「あのシート……肛門科行った帰りにも座ってたんだもんね」
それを聞いて、私は前の事を思い出して恥ずかしくなり、思わず下を向いてしまった。
それを見た沙綾ちゃんが
「ナミのバカっ! 余計な事言うから!」
と言って直後に“バシッ”という音がした。
「いったぁー、私のせいかよ?」
「ナミが余計な事言うから、燈梨さんが嫌な気分になっちゃってるじゃん!」
七海ちゃんの反応に沙綾ちゃんが更にまくし立てたので
「沙綾ちゃん大丈夫だよ。私、そんな事気にしてないから」
と私が言うと、沙綾ちゃんは訝しげな表情で七海ちゃんを睨んでから
「本当ですか? ナミは空気読まないから、気を遣わなくても大丈夫ですよ」
と言うので
「ホントだよ」
と私は言った。
すると、七海ちゃんが言った。
「そう言えば、明日燈梨さんの引っ越しですよね?」
「うん!」
「私たち、場所は知ってるんですけど、何時に行けば良いですか?」
と突然言うので、私は慌てて言った。
「大丈夫だよ。大して荷物も無いし、みんなも来るから」
「みんなって、誰っスか?」
「今、別荘に一緒にいる人とか、綾香と、舞華ちゃんと柚月ちゃんも来るし、荷物も家具もないからさ……」
七海ちゃんは『みんな』に反応して追求してきたので、私はかわしていると、七海ちゃんと沙綾ちゃんは顔を見合わせて
「マイ先輩とズッキー先輩が行くのに、私らが行かないわけにはいかないっス!」
「そうだよ! 私たちも、何か役に立てることがあるよ!」
と言った。
「いや、本当にいいよ。何もする事なかったら悪いし……」
と私が言うと
「燈梨さん、マイ先輩たちは頼れても、私らは頼りにならないって事っスか?」
「そうだよ燈梨さん。マイ先輩たちも、ウチらの学年から誰も来ないかったら、凄く心を痛めると思いますよ。燈梨さんは、まだクラスにも部にも溶け込めてないんだって」
と、七海ちゃんと沙綾ちゃんが暗い表情で言った。
その表情を見て、私は初めて2人に申し訳ないことをしている事に気付いて
「ゴメン! そういうつもりじゃなくって……」
と言うと
「じゃぁ、行っても問題ないですよね?」
沙綾ちゃんが、語尾に力を入れて言った。
「うん……」
私が返事をすると
「よし決まりっス! それじゃぁ、明日朝9時に燈梨さんのアパートの前に集合してます!」
と言うと、七海ちゃんと沙綾ちゃんは、有無を言わさずに自分達のバイクに乗って帰って行った。
沙綾ちゃんのバイクは普通の原付スクーターなんだけど、七海ちゃんのは赤と黒のスポーツタイプのバイクで、他の生徒のそれとは違っている。前に七海ちゃんが言ってたけど、そのバイクも原付で、しかもイタリア製なんだって、七海ちゃんって凄いバイクに乗ってるんだね。きっと、3年生になったら凄い車とか買いそうだね。
2人を見送ると、校門まで歩いていき、迎えに来てくれた沙織さんのパオの助手席に乗った。
「どうしたの燈梨? 顔色悪いわよ」
沙織さんに言われたので、さっきの出来事を話すと、沙織さんははぁ~っとため息をついて言った。
「そりゃぁ、七海って娘達が気分悪くするのも当然よ。先輩は呼んでるのに、自分達は呼ばないって頑なに言われたら、立場がないじゃない!」
「うん……」
「燈梨、前にも言ったけど、変な気を遣うのはやめなさい。燈梨の気遣いは、ズレてるから、下手に気を遣うと人を傷つける結果になるわよ!」
沙織さんに言われて、私は改めて自分の取ってしまった行動が、如何にみんなに不快な思いをさせていたのかについて考えていた。
私には今まで綾香しか友達がいた経験がない。しかも、それだって学校にいる間のごく僅かな時間しか一緒にいられず、放課後はすぐに帰らなければならないために、学校の外で人と会う経験が全く無かったのだ。
なので、距離の取り方が今一つよく分からないのだ。
でも、七海ちゃん達は、私の距離感が不自然で、それが原因で不快にさせてしまったのだ。
どうしていいものかと考え込んでいると、沙織さんの手が伸びてきて、私の頭を撫でて
「あんまり深く考えるのはやめなさい。明日、その娘達来るんでしょ、自然体で接して、きちんと謝りなさい。そして言うの、自分はこういう人間で、こう思ってるから、これからもそういう事があるかもしれないって」
と、諭すような口調で言った。
「うん……」
私はその後の事を考えると、凄く不安になったが、沙織さんはその様子も見て
「安心なさい! そういう娘達ならきっと大丈夫だし、もし何か言ってきたら、あたしが何とでもしてやるから!」
と、肩を叩いて力強く言ってくれた。
私は、その沙織さんの言葉に、心が強くなっていくのを感じていた。
別荘に戻ると、ガレージに見覚えのあるシルエットの車が止まっていた。
私の車だ!
私の過去に決着をつけるために私の家族と闘った最後の作戦の時にコンさんの家へと置いてきた私の大事なシルビアだ。
沙織さんは、窓にかじりつくように見ている私を見てフッと微笑むと
「燈梨、そんなにガッつかなくても、後で好きなだけ乗れるから」
と言ってから
「まずは、中に入りましょう。どうせ舞韻の奴も来てるだろうから」
とニコッとして言った。
私もニコッとすると
「うんっ!」
と言って、パオから降りると別荘の中へと入って行った。
中に入ると、いつものように長袖シャツとスキニーデニムのパンツ姿の舞韻さんが、台所に立っていた。
「あら燈梨、お帰り」
「ただいま、舞韻さん」
私はニコッとして答えた。
この人は花嶋舞韻さん。
私よりも背が低く小柄で、肩までの長さのちょっと明るめの茶髪の下半分をウェーブさせていて、大人っぽい髪型にしているが、顔が可愛らしいために敢えてそうしていると聞いたことがある。
この人は、私が一緒に暮らしていたコンさんの自宅の1階でカフェレストランを開いているが、裏の世界ではコンさんの一番弟子で、小柄で可愛らしい外観に似合わず、海外で兵士として生きてきた人だ。
その世界ではブラッディ・マリーの通り名と、戦場の魔女、拷問女王の二つ名があるほど有名な人らしく、その世界の人ならば、名前を聞くだけで震え上がってしまうそうだ。
初めて会った日こそ、酷い目に遭わされたけど、その後は、私を陰に日向に応援してくれて、凄く頼りになる人だった。
そして、私はずっと舞韻さんのお店で、生まれて初めてのバイトをしていたのだ。コンさんや沙織さんと共に、私の恩人と言っても過言ではない人だ。
「燈梨、夕飯は私がやる系だから、あなたは明日の準備とかしてなさい」
「うんっ、ありがと」
舞韻さんは語尾に『~系』をつけるのが口癖になっている。
私は、取り敢えず今寝泊まりしている2階の部屋に行って、自分の荷物を確認した。
コンさんの所に泊まるようになってから増えたとはいえ、鞄一つに収まるだけの衣類と、本が数冊程度なので、あっという間に準備も終わってしまった。
遂に明日が引っ越しの日なんだ。私は新たな旅立ちに不安と期待で胸がいっぱいになっていた。




