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「思っていた」シリーズ

帰ってこないと思っていた

作者: 寿々喜 節句

 久しぶりに清瀬駅に降り立った。

 別に俺から希望したわけではないけれど、偶然、勤務地が東京都清瀬市になった。

 実家の佐井家はもうない。

 両親は三年前に事故で死んだ。

 俺は大学を卒業後、勤務地が東京都立川市だったため、その時は一人暮らしをしていた。

 二人で旅行に行ってくるね、と母からラインが入っていて、気を付けてと返したのが最後のやり取りだ。

 姉も家を出ていたので、両親のいなくなった実家をどうするか話し合った結果、売って入ったお金を分けようということになった。

 遺産相続でもめるのも嫌だったので、全部折版にした。

 そんなこともあって、俺はもう清瀬には帰ってこないと思っていた。

 未練があるとか、思い出したくない記憶があるとか、そういうのも何もない。

 もう本当にただ縁がなくなったと思っていた。

 しかしどういうことか、勤務先が清瀬市と決まったときに、なぜだかどきりとした。

 運命なんて信じないし、神も仏も困った時くらいしか信じない。

 でもなんとなく、呼び戻されたような気がしなくもなかった。

 立川と清瀬は遠くもなければ近くもない。

 その程度の転勤なので引越しは考えていない。

 それにある程度知った街だ。

 数年の間に変わったところがあってもおかしくはないが、清瀬市はがらりと変わるようなそんな華やかな街ではない。

 ただ知っているからと言って、初出勤でぶっつけ本番というのも気が引けたので、新年度の始まる前に、下見に訪れただけだ。

 マクドナルドがなくなったくらいで、大して変わっていない。

 勤務先までは駅から歩いて行ける。

 懐かしみながら、清瀬駅北口から伸びる“ふれあいど~り”を歩く。

「今は誰が住んでいるんだろう?」

“ふれあいど~り”を歩き抜けたところで、なんとなく思った。

 実家は売りに出されたけれど、誰が買って誰が住んでいるなどは知らない。

 別に誰が買おうが関係ないし、プライベートなことなので、首を突っ込むつもりはなかった。

 でも久しぶりに清瀬市に戻ってきたら、実家のあったあたりも見たくなってきた。

 逆方向に“ふれあいど~り”を歩き、駅まで戻る。

 バス乗り場で、下里団地行きのバスに乗る。

 学生時代は自転車で駅まで来ていた、と思い出す。

 バスの車窓から清瀬市を思い出の清瀬市と重ねながら眺める。

 俺を乗せた西武バスが“三角山”のバス停で止まる。

 駅から一緒だったお年寄りと下車すると、俺は実家に向かって歩いた。



  □◇■◆



 あの頃と変わらなかった。

 多少外壁が舗装されていたり、リノベーションなのかリフォームなのかされていて、若干の違いはあれど、思い出の実家と何ら変わりがなかった。

 今は住人は外出しているようだ。人の気配はない。

 だからといって、他人の家をじろじろと見ていいわけではない。

 とは思いつつ、違いを見つけて楽しんでしまう。

 玄関前に犬小屋がある。

 俺は親に飼いたいと言っても駄目だったけれど、今住んでいる方は飼っているようだ。

 さて、そろそろ帰らないと本当に不審者と思われて、通報されかねない。

 そんな時だった。

 角から高校生と思わしき男女二人がこちらに来た。

「先輩。来年は三年生だから一緒に帰るのは難しくなるかもしれませんね」

「ああ、そうだな」

 会話が耳に入ってきてしまった。

 俺は会釈をする。

 二人も怪訝そうに会釈をした。

 俺はそそくさとその場を離れたが、二人の声が聞こえてきた。

「あの人、先輩の知り合いですか?」

 女の子が俺のこと言う。

 怪しまれてしまっただろうか。

「いや、知らない。そんな事より、小花さん。来年度、一緒に下校ができなくなったとしても散歩だったら一緒にできるかもしれない」

 男の子の方が冷静な口調で答えている。

「たしかに、そうですね。私もくりくりまると会いたいですし」

 そう楽しそうに話をしながら、二人は俺の元実家に入っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 佐井くん大学卒業後… そういう時系列なんですね! 同じ家だったのか笑
[良い点] 佐井くんと、他のシリーズの高校生のコラボなのですね。 佐井くんは相変わらず淡々としてますね。あれだけモテてたのに誰とも付き合ってなさそう……!
[良い点] 純文学かのような丁寧な描写が良いです。 私も父が亡くなり、遺産相続と実家の売却など体験した身なので、よりリアルでした。 主人公は、両親を亡くしたのが社会人になってからなので、良かったように…
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