ジョーカーのかくれんぼ
※本作品にはいじめの描写が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
「さぁ、今日はぼくたちの晴れ舞台だよ! みんな、しっかりおどるんだよ」
クラブのジャックがはきはきした声でいいました。ハートのクイーンが、他の数字たちに号令をかけます。
「さぁ、お前たち、点呼を取りなさい。全員そろっているでしょうね?」
数字たちが、「2、3、4……」と声をそろえていきます。それを聞きながら、ダイヤのキングがふむふむとうなずいて、にこやかに笑いました。
「どうやらみんなそろっているようだね。レナちゃんのお誕生日に、みんなでトランプしようという、わしらの一世一代の大イベントだ。もしカードが足りていなかったら、レナちゃんがどれだけ悲しむか……。エースたちも、おそろいですかな?」
スペードのエースが、しっかりとした声で答えました。
「もちろん、四人ここにそろっておるよ。おぬしらもきちんとそろっているのだな?」
ジャック、クイーン、キング、三種類の絵柄たちが、声をあわせて答えました。
「もちろんです!」
「ならばよろしい。我らの主のレナちゃんは、引っ越してからずっと友達を呼ぶこともなかったが、今日は初めてお友達が来られるのだ。前の学校でも、あんなことがあってからずっと、家に引きこもってトランプ占いばかりしていたレナちゃんに、恩返しする絶好の機会だ! おのおの、抜かりの無いようにするのだ」
スペードのエースの演説が終わったそのときでした。
「スペードのエース様! あの道化が、どこにも見当たりません」
クラブの2が、あわてた様子で報告します。スペードのエースはわずかに顔をしかめました。
「道化師め。トランプ占いでいつも仲間外れにされていることを、まだ根に持っておるのか。まぁいい、どうせかくれんぼでもしているのだろう。ま、すぐに戻ってくるだろうさ。やつも我らトランプの一員なのだからな」
言葉とはうらはらに、スペードのエースの口調は、嫌悪感を全く隠していませんでした。四種類の絵柄がそろった数字たちとは違って、彼らのいう道化師、つまりジョーカーは、一枚だけしかいませんでした。四種類で一つの数字たちにとって、ジョーカーはなにを考えているかわからない、不気味な存在だったのです。
「あの道化を使わない遊びをしてくれたら……むっ、レナちゃんが帰ってきたようだぞ! 皆の者、静まるのだ!」
スペードのエースの言葉とともに、ドタドタと騒がしい足音がひびきわたりました。そして部屋のドアが開き、レナが、何人かの女の子を引き連れて入ってきたのです。いつもおどおどしているその顔は、今日はなんだか晴れ晴れとして見えます。
「わぁっ、レナちゃんのお部屋、かわいい!」
黒くて長いストレートヘアーのレナとは対照的に、茶色く染めた髪にカールを巻いた、ちょっぴりませた女の子がわざとらしく笑います。他の女の子たちも、それに続いて笑いました。
「マイちゃん、ありがとう!」
レナの顔に、パァッと花が咲きました。感激している様子のレナとは違って、マイは他の子たちと目配せして、なんだかちょっぴり意地悪な笑いかたです。しかしそんなことには気づかずに、レナはいそいそとトランプたちを持ってマイたちに差し出しました。
「今日はみんなでトランプしたいなぁって思ってたの! レナ、トランプ大好きなんだ」
レナの言葉を聞いて、マイが思わず吹き出してしまいました。ぽかんとしているレナに、マイはすぐにとりつくろうように手をふります。
「あ、ごめんね、レナちゃんかわいいって思っちゃったの。そうなんだ、トランプ好きなんだ。じゃあみんなで遊ぼうか」
マイがいうことには、みんなすぐに従うのでしょう。コクコクとうなずき、床に座ります。レナはもうわくわくが止まらないのでしょう、目をきらきらさせて一人一人に視線を向けていきます。
「なにする? レナ、トランプ占いはよくするけど、みんなで遊んだりしたことないから、どんなゲームがあるかわからないの」
「そうよね、レナちゃんお友達いないもんね」
にやにやしながらマイがいって、他のみんながぷくくと笑います。レナは目をぱちくりさせてマイを見ます。思わず持っていたトランプを落として、バラバラと床にこぼしてしまいました。
「あら、レナちゃんったら、そんなに緊張しないでよ。せっかくわたしたちが遊んであげるっていってるんだから、もっと楽しまないと」
マイがうふふとわざとらしく笑います。先ほどまでのキラキラしていたレナから、だんだんといつものおどおどしているレナに戻っていきましたが、それでもレナはトランプを拾いなおして、マイに渡します。
「レ……レナ、あんまりやりかた知らないから、マイちゃん、教えて?」
「そうなの? ま、いいわ。それじゃあとりあえずババ抜きでもする?」
マイの提案に、他のみんなはすぐにうなずきました。ぽかんとしているレナにはなにもいわずに、マイはどんどんカードを配っていきます。
「あ、あの、ババ抜きって?」
「はぁ? あんたババ抜き知らないの? どんだけ頭悪いのよ。それともあれ? ぶりっ子してるつもり?」
マイの冷たい口調に、レナはすぐにぶんぶんと首をふります。
「違うよ、そんな、そんなつもりじゃ」
「まぁいいわよ。ルールは簡単よ。とりあえず一人ずつとなりの人のカードを引いていって、同じ数字があったら場に捨てるのよ。それで、ババ、つまりジョーカーを最後まで持っていた人が負け。わかった?」
「うん……」
マイに冷めたような目で見られて、レナは肩を落としてうなずきました。マイはふんっと鼻を鳴らして舌打ちします。
「あんたが遊んでほしいっていうから、せっかく来てやったのに、なによその態度は? 楽しくないわけ?」
「あ、違うよ、そうじゃないの。ごめんなさい……」
あわてて首をふるレナでしたが、マイは他の女の子たちと目配せしてから、うってかわって明るい声で場を盛り上げます。
「さ、それじゃあ罰ゲームババ抜き、始めちゃおう!」
「はーい!」
罰ゲームババ抜きと聞いて、ぽかんとしているレナに、マイはにやにやしてから続けます。
「このババ抜きで負けた人は、明日男子の前でスカートまくってパンツ見せること! 罰ゲームよ、罰ゲーム」
「えっ……そんな」
レナのほおが、みるみるうちに赤く染まっていきます。おどおどしながら、救いを求めるようにマイを見るレナでしたが、マイは急にキツイ目でレナをにらんだのです。
「なによあんた、せっかく盛り上げようと思ってわたしが楽しいゲーム考えたのに、気に入らないっていうの?」
「そ、そうじゃないけど、でも……」
にやっと意地の悪い笑みを浮かべて、マイは続けました。
「大丈夫よ、レナちゃんが負けるって決まったわけじゃないじゃん。わたしが負けちゃうかもしれないし、ちょっとしたスリルを味わおうってだけよ。ほら、じゃあわたしから行くわよ」
マイがとなりの子のカードを引いたので、もうレナには止めることなどできませんでした。
「なんだかおかしいぞ、この子たちは、レナちゃんのお友達ではないのか?」
レナの手に持たれているスペードのキングが、腹立たしそうにいいました。
「このままもしレナちゃんが負けたりしたら、恥ずかしがり屋のレナちゃんのことだ、そんなこと絶対にできないだろう。そうなってしまっては、また学校に行かなくなってしまうかもしれない」
去年の三学期、レナは半分ぐらいしか学校に登校できなかったのです。クラスのいじめっ子がいやで、今の学校に転校してきたというのは、トランプたちもよく知っていました。
「こうなってしまっては、どんな手段を使ってでも、レナちゃんに勝ってもらわなくてはなりませんわ」
ダイヤのクイーンが、静かに、しかし威厳のある声でいいました。
「しかし、いったい我々になにができるのでしょうか?」
クラブのジャックがクイーンにたずねます。クイーンは落ち着いた口調で答えました。
「わたくしたちの声は、人間には聞こえませんわ。だからわたくしたちで声をかけあって、少しでも早くレナちゃんにあがってもらえるように、誰がどこにいるか確認するのです」
「でも、誰がどこにいるかわかっても、ぼくたちは動けないし、どうしようもないですよ」
クラブのジャックの言葉に、ダイヤのクイーンは少しイライラしたようにいい返したのです。
「動けなくても、必死に声をかけて身をよじるくらいはできるでしょう! 少しでもレナちゃんを助けるようにしなくては、レナちゃんがひどい目にあってもいいのですか?」
クイーンの言葉に、みんないっせいに「イヤだ!」と声をそろえます。
「それならやるのです! わたくしたちで、レナちゃんを助けるのよ!」
「ねぇねぇ、マイちゃんは6持ってたりするの?」
「えー、どうかなぁ、でも、これが6だったりするんじゃないのかしら?」
ババ抜きを続けていくうちに、レナはだんだんとおかしなことに気づき始めていました。レナがカードを引くとき以外は、みんなおしゃべりしているのです。しかも、今のように、露骨にカードを教え合ったりしています。おどおどしているレナを、マイがちらりと見てから鼻で笑いました。
「さ、それじゃあそろそろみんな枚数少なくなってきたし、告白タイムに入ろうかしら」
唐突にマイがいいだしたので、なにごとかとレナが目を丸くします。マイは笑いをこらえながら、バッと手をあげて続けたのです。
「それじゃあ、告白ターイム! ババ持ってる人、手をあげて!」
「はーい!」
マイに続いて、レナ以外のみんなが勢いよく手をあげたのです。レナはもうなにがなんだかわからないといった様子で、「えっ? えっ?」とはてなだらけの顔でみんなを見まわします。
「もう、みんなうそつきばっかりじゃんか。みんながババ持ってたら、どうしようもないでしょ。正直者はレナちゃんだけみたいね……ふふっ」
にたぁっと意地悪く笑うマイを見て、レナはぞくっと背筋が寒くなるのを感じました。
結局トランプたちが、いくら声を出そうとも、身をよじろうとも、レナには全く伝わりませんでした。というよりも、伝わったところで、マイたちは仲間内で「ズル」をしているのですから、まったく無意味だったでしょう。こうして他の子たちは、一人、また一人とあがっていき、とうとう最後にはレナとマイだけが取り残されてしまったのです。
「へぇ、なかなかねばるじゃんか。ま、でももうあと少しね。あんたも2枚、わたしも2枚なんだし、そろそろどっちがパンツ見せるか決まりそうね」
マイの笑顔は、去年見たいじめっ子たちの笑顔とそっくりで、レナはもう気が気じゃありませんでした。楽しいはずの誕生日が、初めてのお友達と過ごす記念日が、どうしてこんなことになってしまったのでしょう? 目にいっぱい涙をためて、レナはふるえる手でトランプをマイに差し出しました。
「あんたがババを持ってることはわかってるんだし、どっちかがババでどっちかがあがりのカードってわけでしょ? ふふん、どっちかしらねぇ」
「レナちゃん、カード隠して!」
突然男の子の声が聞こえて、レナはハッとしてカードをふせました。いつの間にかうしろに回っていた女の子が、チッと舌打ちします。レナは青い顔で女の子をふりかえりました。
「えっ、も、もしかして、レナのカード、見ようと……」
「なによあんた、わたしたちを疑うわけ? せっかくあんたみたいなもっさりしたやつと遊んでやってんのに、わたしたちがズルしてるっていうの?」
イラついた口調でマイに問いつめられ、レナはブンブンと勢いよく首をふりました。
「そんな、違うよ、違う……でも……」
「チッ、生意気ね!」
マイがチラッとうしろの女の子に目配せします。しかし、女の子は申し訳なさそうに首を横にふったのです。マイの顔が青ざめます。
「この、どんくさいボッチのくせに……! もうっ、これよ、これ! これだわ!」
マイがバンッと激しくトランプをたたいて手に取ったのです。その勢いに、レナは思わずヒッと身をちぢめます。
「それじゃ、あっ、やったぁっ! ほら、クイーン二枚そろったわ!」
マイがアハハハッと高笑いして、トランプを場に捨てていきます。残ったのは、マイが持っている一枚と、レナの一枚だけになってしまいました。
「じゃあこれでわたしの勝ちね。あんたがこのカード引いて、それでわたしはあがりだもん。絶対明日スカートめくって男子にパンツ見せなさいよ! 逃げたらどうなるかわかってるんでしょうね?」
いじめっ子の顔でせまってくるマイに、レナはもう今にも逃げ出したいといった表情で、おびえてくちびるをブルブルさせています。そんなレナに、マイがトランプをつきだしました。
「ほら、さっさと引きなさいよ! それでわたしがあがって、あんたはババともう一枚を……あれ?」
首をかしげるマイでしたが、レナはふるえる手で残った一枚を引いたのです。ジャックのカードでした。そしてそれを、手元のジャックとともに場に捨てます。
「どういうこと? なんであんた、ババがないのよ? あっ、まさか……!」
マイは目をギラギラさせてから、ずいっとレナにせまりました。
「あんた、どういうつもりよ! ババ抜きだっていってんのに、このトランプ、ババ入ってないじゃないの! はぁ? まじありえないんだけど! ……はぁ、しらけちゃったわね。みんな、もう帰るわよ。ババ抜きもできない陰キャとなんて遊んでられないわ」
マイの言葉に、みんなも口々に文句をいいながら立ち上がりました。ぼうぜんとしているマイを残して、みんな次々と部屋を出ていきます。そしてマイが最後に出る直前、ギロッとレナをにらんでいい放ったのです。
「あんた、約束覚えてんでしょうね? もし明日来なかったら、スカートだけじゃなくて全部脱がすからね!」
バンッとドアを乱暴に閉めるマイに、レナは「ヒッ」と悲鳴を上げて、とうとうすすり泣きを始めるのでした。
「こんなのがあるから……ババがないトランプなんて……」
その日の夜、レナは毛布をひっかぶったまま、はさみを手にぶつぶつつぶやいているのでした。
「お前たちのせいだ……、お前たちのせいだ……、お前たちの、お前たちの……」
ぐるぐるとうずまくひとみで、レナはトランプたちを一枚、また一枚と、はさみでバラバラに切り刻んでいくのでした。しかし、レナは気づいていませんでした。その様子を、押し入れのすき間から、ほくそ笑んで見ている老婆のすがたがあることに……。
「仲間外れにした、あんたたちが悪いんだよ。レナ、あんたも同罪さ。ククク……みんなきらいだ」
それだけいうと、押し入れのすみに忘れ去られたジョーカーも、バラバラに刻まれて紙くずとなっていくのでした。
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