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選択

作者: 頭武野 藤四郎

 人生は選択の連続だ。

 人は日々あらゆることを選択して生きている。小さなことから大きなことまで……。


 例えば食事で何を食べるかとか外食にするか家で食べるかとか、外食するにもお店をどこにするかとか和食にするか洋食か中華にするかとか。

 子供のうちからこういったことを繰り返しているのだ。そう、子供だって宿題するか遊びに行くか、勉強の代わりにスポーツを頑張るとか、部活動をするかしないか、時には将来を見据えてスポーツ留学なんてものを選択する人もいる。


 進学するか就職するか、どの学校や会社にするか悩むこともあろう。プロポーズを受けるか断るか、結婚なども人生に関わる大きな選択である。こうして選択し続けて人の人生は形作られていく。


 そして多くの場合、大きな選択ほど一度きりで二度とないものだったりするのだ。


 今この瞬間にも……。



 俺の目の前に二つの選択肢が提示されていた。YESかNOか。


 俺は憮然とした表情を浮かべているはずだ。選択肢を示した目の前の人物(?)が、薄ら笑いを浮かべた胡散うさん臭い野郎だからだ。

 好意的に表現すれば、アルカイックスマイルと言えなくもないかも知れないが、私は神だ、などとのたまうやからは胡散臭いに決まってる。


 しかもその選択肢が「異世界に転生するかしないか」なんてものだからなおさらだ。


「いやいや、先ほども言ったように主様の代理人でしかないよ。敢えて言うなら、ん-、管理者かな」


 どっちでも大して変わらん。創造主様とやらと同じ力が振るえるならな。有無を言わさず変な場所に連れ込みやがって、まったく気に入らん。


「厳密に言えば、同様の力が使えるわけではないけどね。私が振るえる力など、主様の足下にも及ばないものでしかないからね」


 何でも奴がいうには、ここは生と死の狭間であるらしい。そんなところに俺を連れ込めるのだ、神と呼んでも差し支えなかろう。


 さらには奴の語りと容姿も、胡散臭さに輪をかけている。なにせ俺とさほど変わらない、行っても三十代前半に見える容貌と礼服というかブラックスーツというおよそ神らしからぬ姿だしな。いや、神らしい格好と言われてもどんなのかわからんのだが。


 突然不思議空間に連れてこられて、よく解らない選択を迫られるのはいったいどんな因果なのか。


「つまり君は今死にかけているんだ」


 物騒なことを言いやがる。たしか俺は、徹夜仕事を終えて疲れたからだにムチ打って、始発で帰ってきたところだ。今日明日休みだし、弁当を食べながら朝からビールと洒落込もうと、コンビニで買い物をして交差点を渡り始めたところだったはずだ。


「そこで君は暴走車と衝突寸前だ。転生するならこのまま衝突するし、しないなら奇跡的な回避力を発揮して君の一命は保たれる。傷ひとつないことを約束するよ」


 なんてこった、赤いスポーツカーが迫ってくるところを思い出した。恐怖で足がすくんでいたな。なるほど助かる道はあるわけか。


「ああ、運転者のことなら心配には及ばないよ、彼は飲酒の上薬物まで接種している。これまで三度も官憲に厄介になっているというのに改める様子がない。もし君の命を奪ったとしても、彼の行く末に君が呵責かしゃくを覚える必要はない」


 事故を起こす運転手ではあるが、死亡事故ともなれば向後こうごの人生にさわりがあろう、と考えたらこう返してきた。まさか考えが読まれているのか?


「彼は彼自身の手で、自らの人生を台無しにしてるんだ。彼がどうなろうと自業自得というわけさ。ほら、仏の顔も三度っていうだろう? 何度もチャンスを与えられているのにね」


 神が仏とかいってていいのか? いいのか、この日本じゃ神仏習合なんて思想もあるくらいだし。まあ、人間の都合なんだけども。


「で? 異世界へ行ったとして俺は何をすればいい?」

「別に何も?」


 は? んじゃ、なんのために俺をよその世界に転生などさせるのか。


「うーん、言うなればラッキーチャンスということかな?」


 これから死ぬぞってときにラッキーも何もあったもんじゃない。


「たしかに語弊があるね。ただ、日々命を落とす人は数知れない。でも君は偶然、本当にただ偶然神の目に留まった。誰にでも起こり得るけど、誰にでも起こる訳じゃないことが起きた」


 大仰に両手を広げて、まるで演説をするような調子でいう。


「これは奇跡だよ。時々誰かに起こる奇跡が今君に起きたんだ。なにかをしてほしいから選んだんじゃないんだ。ほらやっぱりラッキーじゃないか」


 釈然としないがまあそうとも言えるか。いやいや騙されるな。死ぬような目に遭わないのがラッキーってもんじゃないか。


「もちろん、なにか大きなことをなしたいと君が望むなら、見合う能力を授けるのはやぶさかではないよ」

「ただ単に力が欲しいだけでも、まあ構わないかな」


 なんだかやけに好条件に聞こえるが、是非とも俺を異世界に送りたいのだろうか。


「まあ若くして死んでしまうんだし? 次は楽しい人生を送って欲しいと思うぐらいの多少の慈悲はあるし? 今の人生は楽しくないんだろう?」


 そう思うこともあるが、いつも思ってる訳じゃない。物事がうまくいかないことなんてザラだし、常に幸福感に包まれているわけでもない。確かに楽しくないことだってあるけど、楽しかったことだって大分あるのだ。まあ、どちらかと言えば楽しくないことの方が多いけれども。


「だったら心機一転、新たな人生にチャレンジするのもいいんじゃないかな?」


 なるほど、日々仕事に追われ、様々なしがらみに雁字搦めになっておよそ自由などないように思える今の生活。

 それを思えば、見知らぬ大地でのめくるめく冒険の日々、と言えば心踊るものが確かにある。能力さえあれば楽しく暮らせるような気もするな。


 すべてに決別をし、新たな一歩を踏み出すかどうか。そういう選択を迫られているというわけだ。



 人間を大別する方法はたくさんあるが、チャレンジするものと安定と望むもの、というのもその一つだろう。

 裸一貫で夢に向かって突き進む、チャレンジできるものは現代でも大きな成果をあげている。しかしその足下には、力尽き夢破れたものが数多くいることも忘れてはならない。だがチャレンジしなければチャンスを掴めないのもまた事実だ。


 だからといって、リスクを避けほどほどに安定した生き方も否定できるものではない。波風なく、平穏無事に暮らせるのならそれに越したことはないはずである。いろいろなものを飲み込んで生きていくのも大人ってもんだ。



 とりとめなくあれこれ考えて悩んでいたら、ふと、身近な人々の顔が浮かんだ。


 敷いたレールから外れることを許さなかった父、それに追従する母。横暴な兄に理不尽な妹、わがままな彼女。無責任な悪友たちや自己中心的な同僚、尊大な上司。


 迷惑に思うことが多々あった面々だが、もう二度と会えなくなると考えたとき、妙に寂しさを感じた。

 憎まれ口を叩いたこともあったが、彼らと過ごした日々は簡単に捨てきれるものではないと感じたのだ。代わり映えのしない単調な毎日と思っていたものが、俺にとってかけがえのないものだったのではないか。


 そして、そう考えたとき彼らがとても愛おしく思えた。自分でも驚いたがどうやら俺は、彼らや今の生活を自分で思っていたよりも愛していたらしい。一部当てはめたくない人物もいたが。


 だから……。





 俺は「NO」を選んだ。

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