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日曜日。これから自分が出掛けようとしているという事が何となく他人事のように思われる瞬間がありつつも、間違いなくそこにはマリアさんという人が待っているんだよなと確かめるように想像していた。遠出に入るか入らないかくらいの距離だからやや心の準備がいるような気もするが、玄関を出てカラっと晴れた空の下に出てみると『そんなに気を張る必要はないよ』と言われているみたいで、何の気なしにその空のスナップを一枚撮ってみたり。




相棒にエンジンを掛け、少しばかり曲目を増やしておいたプレイリストを再生してみる。これも一つの占いのようなもので、最初に掛かったピロウズの『スケアクロウ』という曲の何かに包まれるような雰囲気のままに動き出せる。自分のロックに対しての好みが玄人側に寄ってゆくに連れて、自分という存在は何となく少数派なのだろうかという感覚は強まるような気もするが、一方でそんな自分はありふれているようにも感じる。マリアさんはそんな自分を『ユニーク』と評してくれたけれど、彼女に見えている自分はどんな存在なのだろうか。




12、3分というところで待ち合わせの駅に到着する。約束をした時に、



『イケメンの前で待ってます』



というメッセージを送ってくれた通り、お城山のと同じような格好をした一体の少年隊像の前にやや背の高い女性が待っている。おそらく周囲の人は外国人観光客の一人だと思うだろうけれど、事情を知ったら結構驚く人もいるのじゃないだろうか。



「乗ってください」



車をそちら側に寄せてウインドウを少し開けてマリアさんに呼び掛ける。



「ハロー!タクマ君」



そう言うと助手席に乗り込み、シートベルトをしながらこちらに顔を向けて嬉しそうに微笑む。



「今日はよろしくお願いします」



「了解です」



車を出発させて、先ずは岳温泉の色々都合のいい駐車場を目指す。久しぶりというほどでもないけれどマリアさんと話したい事は幾つかあったので、自分の方から訊ねていた。



「どうですか。慣れましたか?」



「仕事が思ったより大変でね…若い子はパワフルね」



『若い子』とはおそらく学生の事を指すのだろう。小中高の生徒が通う地元でもかなり有名な塾だけあって…というか自分も昔通っていたので知っているけれど、『英語』に関しては創業者が意識がなかなか高い人なので、外国人だし期待される事は一杯あるんじゃないかと推測された。



「若いっていいですよね…」



何気なく同意したこの言葉にマリアさんはハッとした様子で、



「NO!!わたし達もフレッシュです!」



と主張した。



「そうですよね」



ここは頷いていた方がよさそうだなという感覚。するとマリアさんの方から、



「そういえばタクマ君は英語どのくらいできるの?」



という質問。少し悩んで、



「英検3級はありますけど、相手の言ってることが聞き取れる事もあるというレベルですね」



「ふぅーん…」



マリアさんのこの反応も尤もだと感じるくらい我ながら微妙なレベルに留まっているなと思う。学生時代は勉強しなきゃなと思いつつも、勉強するモチベーションを維持できないのでなおざりになる。まさかこういう出会いがあるとは夢にも思ってないかったとは言え、こういう時代になっても必要性をあまり感じていなかったというのも何か『ダメさ』のようなものを感じる。



「勉強した方がいいですかね…やっぱ」



「大事なのは『ハート』です」



「ハートですか」



マリアさんの正式な『ハート』の発音には何か実感がこもっているようで、考えてみれば自分のイメージする「ハート」なんてピンクのハートマークだし、『心』と言えば『心』なのだけれど、じゃあそれはどういうものなのだ、と言われると良くわからなくなる。少なくとも、相手を理解しようとする事、伝えようとする事、それは『ハート』に含まれるんだろうなと感じる。




丁度そこで一瞬の音楽が切り替わる沈黙の後、やや大きい音のかなり多幸感のあるイントロが流れてきた。



「ワオ!」



マリアさんが少し驚いたようである。



「どうかしましたか?」



「わたし、この曲が大好きなんです。タクマ君も好きなんですか?」



それは先日ダウンロードしたばかりの「Dancing Queen」だった。洋楽を多目にプレイリストに入れようと思ってこの曲もしっかり入れておいたのである。



「え…そうだったんですか。いやちょっと前にダウンロードしたんですけど、この曲聴いてるとワクワクするなって思って」



「ソーグッド!実は前ABBAが再結成して新曲を出すっていうニュースがあったんです」



「マジですか!確かこの曲かなり昔の曲ですよね。知らなかった」



「でも、まだ出てなくて…いつになるのか…」



「へぇ…」



岳温泉スキー場を案内する看板のある道へと曲がり、そこからはほぼ道なりで温泉の方に到達する道路に入る。最近はあまりこの道を通らなかったけれど、この間この近くにある射撃場についての記事を何かで見た気がする。思い返してみれば色々あるっちゃある町なのに、学生時代とは違って最近では『二本松』はだだっぴろいという印象を持ちがちである。マリアさんの様子を少し伺うけれど完全にこちらに委ねているようで、今は音楽に合わせて身体を揺すったりしている。とそこで、



「ABBAの曲では、『THE WINNER TAKES IT ALL』という曲も好きです。というか…」



「というか?」



「歌詞がとても大事です」



その一言を何か意味あり気に言ったのが気になった。やはり『英検三級』の実力で、英語の歌詞も分かったり分からなかったり。確信している事ではあるが、絶対に深いメッセージがあるだろうなと思うような洋楽について、後から意味を何かで知って「あ…そうだったのか」と思う事はあり過ぎるくらいなので、そういう時には自分は人生を損しているんじゃないかと考えてしまう事もある。逆にマリアさんは日本語の歌詞についてそういう経験をしたことはあるのか気になるところではある。




少し道を進んで傾斜になってきたところで、



「ここからは坂が続きます」



とマリアさんに伝える。



「OK」



ちょっと嬉しそうな様子だった。

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