⑤
「タクマ君は何をしている人なの?」
藤の花の垂れ下がったベンチの下でSNSへの投稿を見ていた様子のマリアさんがこう訊ねてきた。その訊き方からして、私の過去の投稿を見ていたと思われる。並んで腰掛けていると何だか今日会ったばかりの人ではないような気がしてくるけれど、紛れもなく今日、というか『さっき』で会ったばかりの人で考えてみればこちらから訊ねる事が多かっただけにマリアさんも気になっていた事を口にしたのだろうと思われる。
「そうですね…普通ですね」
「普通」
キャラクターで言えば属性が豊富なマリアさんという人に比べて、30になって特に何かを成したわけではない位置で自分の能力を考慮すれば納得もしていれば、まだ何かを望んでしまいがちな一般人、というのが一番相応しい表現ではないだろうか。ややもすれば混とんとしがちな現代で、流行ものを知ってはいるが追い切れてはいないままにネットで当たり障りのない言葉を選んで発信してゆく存在になりつつある自分。本当ならそれくらい具体的に説明した方がいいのかも知れないけれど、この人の前でそれ以上の言葉は憚られる。
マリアさんはこちらを少し探るように見てから「umm」と表記できそうな「アン」という声を発して何かを言いたそうにしている。
「いいですよ、言ってください」
「OK。タクマ君、わたしと貴方は今日出会ったばかりです。それを承知でお尋ねしたいのですが、わたしは『普通』ですか?」
「え…?」
ここで私は言葉に詰まり、この質問は答えに窮するものだという事に思い至る。『普通』という言葉の、ニュアンスの難しさだろう。マリアさんがユニークな性格をしているのは間違いないけれど、マリアさんの言葉を信じるなら夢の中で出てきた情景を頼りにこの外国人が多いとは言えない町にやって来たマリアさんの判断が普通、常識的なものだったかと言われると自分の感覚では「えっ」と思ってしまうのが本音ではあるけれど、それは何かを逸脱しているという事ではない。一つ一つは突飛に見えるかも知れないけれど、マリアさんというカタチになると頷ける部分も多い気がするのだ。
「たぶん、変ではないと思います。マリアさんの気持ちも想像できますし」
「ライト。それなら安心しました。でもわたしはタクマさんは変わってる人だと思います。ストレンジ?ノットファニー…インタレスティング…」
何やら微妙なニュアンスでしっくりくる表現を探しているらしい。
「ユニーク」
「ユニークですか」
「そう。貴方のような人は見つかりそうでなかなか見つかりません」
良い意味なのか悪い意味なのか言葉だけでは分かりかねるが、妙に嬉しそうなマリアさんの表情から察するに悪いものではなさそうである。
「でもユニークって言葉を遣っていいならマリアさんもユニークですよ?」
「NO。わたしは普通です。世界中に一杯います」
<これは『マリアさんみたいな人が世界中に一杯いたらそれはそれで大変ですよ!』って言う場面なんだろうか?>
あんまり遠慮がないのがどうかと思って、内心ではそうツッコミたい衝動をこらえつつ違う言葉を。
「そうか…マリアさんは一杯いるのか…」
「クレイジー」
自分でそういう状況を想像したのか思わず吹き出してしまったマリアさん。何だかんだでマリアさんとの会話は途切れず、時々蜂の音を気にしながら甘い香りを満喫していた。一応、マリアさんには自分の市外の勤め先と家族構成などを教えておいたが、マリアさんの方からは生まれは東ヨーロッパの小国で家族で英語圏に移住して、学生時代に日本語を学んで日本の都市部で就職したという経緯を教えてもらった。そういう事を知ると、どうしてもここでの独り暮らしは色々違う事もあって大変だろうなと思えてくる。
「あの、もし何かあったら俺に連絡して下さい。お手伝いできることあると思うんで」
「サンキュー。本当はね、わたしもちょっと不安だったんです。でも今日5月15日でしょ?515。」
「はい。そうですね」
「朝起きた時間も5時15分で515だったの。これはエンジェルナンバーだと、自分で起こした『変化』に関係があるんです。だから新しいスタートにはぴったりなんです」
「エンジェルナンバー?」
何やらよく分からない概念を持ち出してくるマリアさんに戸惑っていると、マリアさんはスマホのある画面を私に見せながらこんな説明をする。
「そのページにエンジェルナンバー515の意味が書いてあります。エンジェルナンバーというのは日本語で言えば『縁起を担ぐ』みたいなもので、天使からのメッセージが数字に込められていると解釈するやり方なのです」
「ほへ…」
言われてみれば確かにエンジェルナンバー515の説明で、自分の思考や信念の変化で新しい状況がやってくるらしいという解釈が書かれてある。説明文は日本語で純粋に自分の知らなかったものを見せられて、
「なるほど…」
という感嘆の声が漏れる。
「おみくじみたいなもんですか?」
「そうですね。神社で売ってるおみくじもよく買ったりしてますね。OH!!」
彼女はなぜか受け答えの途中で驚いたような声を発した。『どうしたんですか?』と訊ねると、
「うっかりしてました…わたし今日神社でおみくじをひいてこなかったですね…」
「あ、そういえばそうですね」
「残念…」
それはマリアさんにとって余程残念な事だったのだろう。明らかにテンションが下がってしまった隣の女性を見ていると何だかいたたまれなくなってきて、
「じゃあ俺マリアさんを神社まで送って行きますよ!」
と声を掛けていた。
「リアリー?いいんですか?」
「オーケーです」
「じゃあ行きましょう!!」
時間的にもそろそろお城山を後にしようと思っていたところだったから、そのままの流れで行きとは別の道から駐車場に戻る。車に乗り込み最後にゲームのアイテムを回収して、前と同じ手順で音楽を掛ける。最初に掛かったのは、Oasisの『Roll With It』。これまたテンションが上がり易い曲である。
「グッドミュージック」
マリアさんも一言。
その後マリアさんが神社に行き易い場所で降りてもらって、そこで別れる。
「今日はありがとうございました。『また』会いましょう!」
『また』の部分を強調していたので社交辞令という事ではなさそう。
「楽しかったですよ。また!」
手を振るマリアさんをバックミラーで確認しながら自宅に戻る。流れてくる曲を聴きながら、
<もしかしたら洋楽も増やした方がいいのかもな>
なんて思ったり。平日なので家に帰ってもまだ家人(両親)は居ない。プライベートな事ではあるが一応今日の一件を報告していたほうが後々ややこしくなさそうな気がする。なんて思っているとスマホに通知が届いているのを確認する。それはマリアさんからのもので、届いたのは画像とメッセージ。
「おみくじを撮影したのか…」
おみくじの結果が分かるように広げられたものを見せてくれたがパッと見で『中吉』というのが分かるけれどマリアさんのメッセージは、
『金運が良かったの!!』
であった。




