エピローグ
『あの日』以降、不思議な夢を見る事は無い。夢の中でマイケル氏が語っていたように私の『念』が関係しているのだとしたら、パラレルワールドの事よりも人生で初めてできた『恋人』の事の方が私にとっては関心事になっているし、日を追うごとに野生を失い私にべったりになってゆく「すかい」に甲斐甲斐しく尽くしているだけで心は満たされている自分にはそれ以上の事を意識するキャパシティーは存在しない。あちらの世界の人にお礼を言えたらとは思うけれど、運よく同じ世界に辿り着けた時に伝えられればいい位の気持ちである。
マリアさんと恋人関係になってから一週間が経過した頃には夏期講習もそうだが学生の『夏休み』も終わっていて後は通常通り。従ってマリアさんと『デート』に出掛ける時間もできたのだが、日曜日に近場のカラオケに行ったくらいではなんとなく『デート』の範疇に入らないような気がしていた。自分の中の『デート』は非常に安易ではあるが、遊園地の観覧車のイメージなのである。
ただ一方で『デート』の前に個人的にはしておきたい事もあり、マリアさんに連絡を頼んで8月最後の日、土曜日に岳温泉の方面に出向く。その時の運転は私が担当だったのだが移動中マリアさんがこんな事を口走る。
「わたしもこの道走ってみたいです。私の『スカイブルー』で」
響きが気に入ったのか車種ではなくカラーリングの名称で自らの車を呼ぶ彼女。確かに市内を走っているとあの車の色は『映え』て、またなるべくオンリーワンの愛称で呼んであげたいという拘りがあるらしく、そこはマリアさんらしいなと思ったりする。ただ岳に至るまでの傾斜は軽だとちょっとだけ苦労するかもしれない。運転自体は私が見る限り問題ないし、最近ではセールを狙って市内のスーパーを動き回っているらしいから特にアドバイスする必要もないだろう。
「もちろんタクマくんの車に乗るのも好きですよ」
でもこんな事も口にしたりするから基本的に二人の時は私が運転する事になりそう。視界が開け目的地が見えてきたところで、
「ここでしたよね?」
と念の為マリアさんに確認。
「そうです。山崎さんの家です」
何を隠そう、私達は岳温泉で知り合った山崎さん宅に向かっているのである。
「やっぱり夢の…パラレルワールドのとソックリです」
「そうですか…」
マリアさんの言葉で思い出したことではあるが、きっと存在するであろうあちらの世界『マリアさん』がマリアさんの夢の中でよく会っていたという男性はおそらく『マイケル氏』に違いないし、私の夢ときっちり整合性が取れている。またマリアさんが以前この家で語った事によると『マイケル氏』か『マリアさん』がこことよく似た家に住んでいた事になる。私が夢の中で見た書斎の様子を見る限り『マイケル氏』の住居と考えて良さそう。つまり…
「俺は夢の中で『ここ』に来ていたのか…」
大筋からすれば一つの細かい推理に過ぎないけれど実感度合いが深まる。これも山崎さんに伝えるべきだなと考えながら敷地に進入し、車を駐車した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「なるほどねぇ…興味深いですね」
前と同じように取材用の一式が揃えられた広々とした客間で山崎さん夫妻を含めた4人が集結する。個人的にその日持ってきたノートに事の顛末を時系列に記していた事と、マリアさんが予めあらましを文面で伝えてくれていたお陰で話はスムースだったが唯一奥さんだけは取り残されたような表情で、
「つまりどういう事?」
と涼助さんにも私にも説明を求めている。
「パラレルワールドが存在する証拠をこちらの二人は持っているという事だよ。いや…二人にとっては紛れもない証拠なんだが、我々はそれを信じるほかないのが現状だ。ある意味その感覚は正しい」
「なるほど…」
相変わらず理路整然と説明されると更に自分の考えがスッキリする。涼助さんは用紙に何事かを書き加えてからこうも述べた。
「もしかしたら、『神さま』のような誰かも存在するのかもなぁ…」
「どうしてそう思われるのですか?」
訊ねたのはマリアさん。やはり宗教的には気になる話題であろう。
「一つ一つの事実ではなくて全体を辿った時に感じるレベルの事ではあるんだけれど、結局第三者にとっての証拠となるのがそのマリアさんのダイアリーのラテン語だけという事とかは、まるで『二人だけに分かるように』偶然が生じてきたようにしか思えないし」
「私達だけ…」
その言葉を呟いてしばらく無言のマリアさん。再びダイアリーをあの文字を見つめて何事かを考えている様子。するとここで意外な人から言葉が発せられた。
「それが『運命』って事じゃない!」
山崎さんの奥さんである和子さん。私も感じている事ではあるが、そう言ってしまえば何でも説明できてしまうような気がするので何となくモヤモヤする。涼助さんは「うーん」と唸ってから、
「そう言えば夢に出てきた『マイケルさん』の事だけれど」
と別の話を始める。
「夢の中の記憶でその人の他の情報って何か無いかな?覚えてないかもしれないけど」
そう訊ねられて、夢を見た直後に取ったスマホのメモを読み返していると、あの時の情景が朧気ながら蘇ってきてあちらの『マリアさん』が『マイケル氏』の事を確かもう一つの名前で呼んでいたような気がする事を思い出した。
「ミスターアサカワ…浅川?朝川?」
「アサカワだったら二本松出身の朝河博士が居ますよ!歴史学者の」
「あ、聞いたことあります!」
涼助さんは研究者だからすぐにピンと来たのだろう。その場でスマホから検索してみると朝河貫一博士のwikiがトップに表示されたので、マリアさんにも画面を見せて説明する。
「マイケルさんも研究者みたいだからね。浅見さんの推理通り、その人がパラレルワールドのこの家に住んでいたんじゃないかな?」
「どうしてそう思われるのですか?」
「理由は二つ。マイケルさんの話だと異世界への移動には『触媒』となる条件が揃っているといいんだったよね?『マリアさん』、『猫』、『ダイアリー』と来たら『この場所』も関係していてもおかしくはない。浅見さんはこの家に来た事があるし、この家の2階には同じく書斎がある」
「そうなんですか?」
後で見せてもらったが確かに廊下から書斎に至るまでの作りとか家の全体的な雰囲気も夢の中のそれとよく似ていた。涼助さんの話はあくまで『仮説』という事にはなるが、それ以上は『想像』に任される領域だろうと思う。何だかんだで涼助さんは楽しんでいた様子。
その後、筋とは直接関係はないけれどマリアさんの仕事の事とか、私が何か二本松を盛り上げる方向で何か活動できないかという個人的なテーマで雑談が行われたのちその日の『取材』は終了した。
夫妻が見守る中、玄関で靴を履いている時に正面に飾られている巨大な絵画を見つめながら、
「あの絵やっぱり凄いですよね。頂上ですものね」
と称賛する。すると奥さんの方が、
「安達太良ロープウェイって知ってますか?そこ確か今『イルミネーション』で綺麗なんですよ」
という情報を教えてくれた。少し前に何かで見た事があるような気がしたのでその場で検索してみると『安達太良イルミネーション』というタイトルでヒットするページを発見。詳細を調べてゆくと、これは岳温泉の案内所に貼ってあった大きなポスターの場所だなと思い出した。
<そういえば、俺あの時マリアさんと一緒に来たいなって思ってたんだ…>
「タクマくん。せっかくだから行ってみましょう!デートです!」
マリアさんも乗り気で、調べてゆくとどうやら夜にライトアップされるらしい事が分かったので一旦出直して日が暮れてから再び出掛けようという事に決める。
「それじゃあ、また遊びに来て下さい!」
夫妻に見送られ家を後にする。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「本当に大丈夫ですか?マリアさん?」
「ノープロブレム!スカイブルーを信じて下さい!」
6時半を過ぎ時期的には夏の終わりなので既に暮れ始めている空。マリアさんのたっての希望で彼女の運転で一路『あだたら高原』と呼ばれる場所…岳温泉よりももっともっと上の施設に向かう私達。雰囲気が出るようにとカーステレオでマリアさんの作ったプレイリストが再生されている。
「全然曲分かりません…」
音楽はそこそこ詳しかったつもりの私だったが、マリアさんが聴くジャンルの曲は殆ど聞いた事の無いものばかりで、時折ランダムで耳にした事があるアニソンなどが流れてくるので全体的にはカオスにも思える。
「そこ曲がってくださいね」
「分かってます!」
基本的に迷う道ではないけれど、件の坂道に入った時からはアクセルを目一杯ふかさなければならないのと道がぐねぐね折れ曲がっているのもあり、途中からは『応援』する心境になる。それでも山崎さん宅を越え、岳温泉を無事に過ぎたあたりで<ここからは大丈夫だろうな>という気分になった。だがマリアさんの方は逆に、
「え…?もっともっと上なんですか?」
と不安になってきたらしい。
「そうです!テッペンですよ!頑張って!」
車通りもほとんどない暗がりの道を走るのは流石に勇気が要るもの。初めての道なら猶更だけれど、かなり上の方まで登って来て案内が見えたあたりで車内に聞き覚えのあるイントロが流れる。
「あ…これって」
印象的なイントロは一瞬にしてその場の雰囲気を変えてしまう。
「タクマくんに教えてもらって聴いてますよ。「若者のすべて」」
「やっぱりいい曲だなぁ…」
まるでその曲に案内されているかのように曲の終わりと同時に施設の駐車場に辿り着いた。個人的に『フジファブリック』には縁を感じたいけれど、実際問題として曲の歌詞通りの展開に持ってゆく事はできなかったし、既に『若者』からは逸脱し始めている私にとってはこれくらいの『タイミング』くらいでちょうどいいのかも知れない。
既に疲れ切っているマリアさんを見て<帰りは私が運転した方がいいな>と思いつつもまずはチケット売り場に移動。無事ロープウェイのチケットを購入し、乗り口まで移動する際に下からでもイルミネーションが点灯している事が確認できた。幻想的で非日常的な雰囲気に任せてマリアさんの手を握り、係員にチケットを手渡してからゆったりとしたスピードでこちらに向かって降りてくるゴンドラを見守る。その姿まるで…
<なんか観覧車みたいだな>
その考えは結構正しかった。二人で乗り込んでみると頂上に登ってゆくスピードもそうだが完全に二人だけの空間で、分かってはいたが結構な高所。それでも、
「ビューティフォー…素敵」
流石にうっとりした表情を浮かべるマリアさんを見習うように『天の川』と表現されるそのライトアップの様子に見入って我を忘れる私。色とりどりの灯りと青白い山頂の様子。下界から見ているのとここに来てみるのとでは全然様子が違う。こんなに身近な場所で、ここまで美しい光景を見ることが出来るなんて思っても見なかった。
ゴンドラの中ではどちらかというと言葉少なに、ここまで二人で来れた悦びを分かち合うような空気が流れていた。頂上から降りてくる時間も含め、結構長い間運行を楽しんだけれど、ずっとそのままの時間が続いても構わないような気がしさえした。
「ふう…」
ゴンドラを降りて一旦乗り口の外に出てから、余韻に浸るように笑顔で何かを確かめ合う私達。ちょっとお道化て見せて、
「これは完全なデートですね」
と言うと、
「デートですね」
と繰り返してくれるマリアさん。ゴンドラの中で撮ったばかりの写真を確認したりしながら、
「これ、二本松市民のみんなに味わってほしいな、鈴木さんとか渡邉さんとかにも」
という感想が浮かんできた。この間マリアさんは二人から祝福を受けたそう。その際に渡邉さんと競馬場に行った事をうっかりバラされ、彼女からお叱りを受けたのだが今度4人で再びパーティーを開催する予定である。若干浮かれているきらいはあるが、マリアさんと時間を供にする限りこれからもまた色々と『挑戦』をしてゆくんだろうなと思う。
それはそれとしてその日は最後にこんな『おまけ』が用意されていた。マリアさんの代わりに帰路の運転を担当している私にマリアさんがスマホで何かを確認しながら、
「富士急懐かしいなぁ」
と言った。『フジファブリック』好きな人間だったら『富士急』という言葉にはたとえ行った事が無くても思い入れがあるかも知れない。そこで行われたライブのDVDは宝物というかそんな感じ。でも何でこの場面で『富士急』が出てくるのか訊ねたら、
「さっきの場所、『富士急あだたらリゾート』って出てきます。昔、友達と富士急ハイランドに行ってきました。あと河口湖。外国人が一杯いましたよ」
「え…?もしかして…」
マリアさんに詳しく調べてもらうと、どうやら安達太良リゾートは富士急のグループ企業の『富士急安達太良観光』という会社が運営しているとの事。
「そういう『繋がり』があったのか…」
余りにも身近にあり過ぎて逆に気付かなかったのだ。考えてみれば世の中そういう事ばかりなのかも知れない。身近な場所でも知られていない多くの事物が存在し、それらは関連し合いながら現実を織り成している。こういう『縁』というのか『偶然』というのは大切にしたいし大切にすべきなのだろう。
「マリアさん。俺も富士急ハイランド行ってみたいです!マリアさんと一緒に!」
思い付きではあるが多分こんな風にして私達の人生はこれからも続いてゆく。
(完)




