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その日、家に戻ってからネットで片っ端から『神隠し』に関する記述を探し続けた。調べてみて分かった事だが、アニメで題材になったように人については『神隠し』という概念があるそうなのだけれど、『物』については『物体移動現象』とか呼ばれる言葉で語っている人はいる。字面からすると結構物騒な言葉に見えるけれど、昔よく聞いた「テレポーテーション」という言葉で色々な事例は報告されているらしい。



正直、この目で見た直後だというのに全然そこに載っている話を信じる事が出来ず、自分達が経験したのはこういうのとは全く別の現象なのではないかという印象すら生じていた。念のためマリアさんにもDMで今の心境を訊ねてみると、



『本当に不思議ですね。母国に居るフレンドにも相談しましたが分からないって言ってました』



という返事。起こった事自体も不思議だが、何でそんなことが起こったのかも当然分からないので途方に暮れてしまう。そのまま夜になり、夕食後も部屋に籠って色々考えてみたが考えても分からないだろうな、という事は分かったような気がする。「すかい」が何を思ったか、



にゃー



と鳴いたのを合図に流石に観念してベッドに横たわると疲れもあり段々ウトウトしてくる。



<明日でお盆休み終わりか…>



などと最後は考えていたかも知れない。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





気付くと何処かで見たような場所にいる。目の前にドアがあってその中は書斎のような部屋になっている。



<あれ…これってもしかすると>



身体の感覚がいつもと違っていて、何だか宙に浮いているような視点なのでもしかしてと思ったが、それはいつか見たのと同じ光景。部屋の中心までやってくると確信に変わった。




<これって『夢』なのか?>




そこに思い至ったら普通目覚めてしまうものなのに、目の前の光景はカラフルで現実感がある。すると自分の後方で誰かの女性のものと思われる悲鳴が聞こえた。



「キャー!またあのゴースト!!」



驚愕はしているがその顔を見て私も衝撃を受ける。それは紛れもなく『マリアさん』である。



『マリアさん。俺ですよ、タクマですよ!』



声も出せるようではあるが、それを聞いたマリアさんと思われる女性は更に驚く。



「タクマ?わたしは知りません。マイケルさん、カモン、ハリー!!」



私の知らない誰かを呼んだらしいマリアさんの足元には「すかい」も居る。「すかい」はこちらの方を見て「にゃー」と鳴いた。



「「そら」にも見えるの?あ、マイケルさん。あれ見えますでしょ?ゴースト!」



そこに現れた年配の男性はこちらを見てやはり驚愕の表情に。そしてしっかりした声で、



「こ…これは…マリアさん、これはどうやら「ゴースト」じゃないようだよ。むしろ…」



怒涛の展開についてゆけない自分ではあったが、この『マイケル』と呼ばれた人は名前とは裏腹に純日本人という風貌の人で、何かの学者のように見受けられる。なので混乱しているマリアさんよりもこの人に話してみるのがいいと思った。



『貴方はマイケルさん?ですか。私はマリアさんの友達の浅見卓馬です。二本松在住です。俺も何で今自分がここに居るのか分かりませんが、そこにいる「すかい」の飼い主です』



手短に説明するとマイケルさんは「なるほど」と言って少し考えている様子。どうやらこの人は何かを知っているらしい事が分かった。



「ミスター朝河、わたしにも説明して下さい」



マリアさんに瓜二つの女性だが彼女は何も知らないようでよく観察してみると髪型が昨日見たのと違っている事に気付く。



「分かりました。お二人に説明しますから、一旦席に着きましょう」



既に落ち着き払った様子で私が座るように椅子を近くに引いてきてくれる。彼らを見下ろすような位置に浮いているらしい私はどういう風にしたか分からないが、次の瞬間には席に着席していた。



「ワオ!動いた」



『マリアさん』もこれには驚いていたようだが、先ほどよりも幾らか冷静に事態を受け止めている感じ。様子を窺っていると「すかい」と思われる猫はここでは「そら」と呼ばれているらしい事、そしてここはマイケル氏の自宅であるという事が了解される。三者が席に着いたところでマイケル氏が落ち着いた口調で説明する。



「貴方は浅見さんと言ったかな。そして二本松在住と言いましたね。結論から申し上げますと、ここは貴方の知っている二本松ではありません。…が二本松である事には間違いありません」



『そ…それは…』



「貴方の「世界」にもパラレルワールド、日本語で並行世界と呼ばれる概念が存在すると思いますが、どうでしょうか?」



『は…はい。もしかしてここがそのパラレルワールドなんですか?』



私の世界のマリアさんが夢で経験した世界との繋がりを考えるとその考えは容易に納得できた。



「かなりレアなケースではありますが、パラレルワールド間の移動は肉体を伴う場合も伴わない場合もあって、貴方はいわゆる『精神のみ』がこちらの世界にやって来たようです」



『そんなことがあるんですか』



「何を隠そう。私はそれを研究している人間なのです。この世界に古くから伝わる『秘術』を用いると、おそらくは貴方が住んでいる世界へも移動する手段はあるのかも知れません」



『凄い話ですね…』



「もっとも、仮にできたとしても『リスク』が高すぎるので私はもうやりません」



『リスクですか…それはどういう?』



ここで『マリアさん』は「なーるほど」と頷いていた。どうやら彼女もこのマイケル氏から色々情報を得ているらしい。というかこのマリアさんのように見える人も、パラレルワールドのマリアさんなのだろうか。マイケル氏は続ける。



「移動する場合の『座標』が安定しないんです。移動できたとしても安全な場所に降り立てない可能性もありますし、そちらの世界から無事に戻ってこれるかどうかも分からないですからね」



『なるほど。でも俺はどうして今ここに居るのでしょうか?』



それが最大の疑問である。こんなにリアルな夢を見る事は未だかつて無かったし、若しかしたらこのままこの世界に居続ける事になるかも知れないような不安すら感じる。そんな不安を見越してかマイケル氏は、



「いわゆる触媒があったと考えられます。おそらく貴方の物理的な実体は元の世界にあって貴方は今夢を見ている状態なのです。夢を見ている状態で何かの対象に対する『念』が強いと精神だけがそこに辿り着くことがあるのですが、今回はおそらくその念をこの世界に呼び込み易くする『条件』が偶然揃ったのでしょう。例えばここに居られるマリアさんは貴方の世界にも同一人物がいて、しかもそこに居る「そら」も貴方の世界では「すかい」という名前で飼われている猫なのでしょう」



おそらくこのマイケル氏の解釈は正しいのだと思われる。それが正しいのだとすると、少し前から夢で見るようになったこういう場面も実はパラレルワールドにやって来ていたのだと説明する事ができるからである。



「確かに、前もこの人を『ここ』で見ました」



『マリアさん』も納得した様子。だが続けてこんな事を言う。



「でも前は一瞬で消えちゃいました。今回は違います。これはどういう事ですか?」



すると「うーん」と唸って再び考え込むマイケル氏。しばらくしてこんな事を訊ねられた。



「浅見さん。最近元の世界で何か『変わった』事はありませんでしたか?」



それが不思議な事があったかという意味なら、まさに昨日経験してきたばかり。私は上手く伝わるよう表現を選びながらマリアさんがダイアリーを紛失したという『事件』を説明した。



「貴方とそちらの世界の『わたし』は恋人なんですか?」



本筋とは関係ないが『マリアさん』はこの場面でそんな事を訊ねてきた。



「えっと…その…近々告白する予定です…」



本人と瓜二つの人を前にこれは半ば拷問に近い。「OH!ベリーナイス!」という反応を見ると私が知っているマリアさんそのものとさえ思える。何故かそこからは一気にこちらの『マリアさん』との距離も縮まったらしく上機嫌でこちらの様子を窺っていたが一瞬真顔になって何かを思い出したかのように、



「あー!!マイケルさん。わたしがここに来た理由、それです!忘れてました!」



とポーチの中から何かを取り出した。それを見て驚いてしまった。まさにそれは…



『マリアさんのダイアリーと同じです!』



「これはわたしのではないんです。昨日、城址で拾ったんです」



『城址ってもしかしてお城山?』



「多分、そちらの世界と同じ城跡でしょうね。なるほど分かったぞ」



マイケル氏が解説してくれる。それによると、そこに『実物』としてあるダイアリーはマリアさんのものに間違いなく(中を確認しておけばよかったけれど)、偶然この世界の『マリアさん』も『城跡』に居合わせた為にダイアリーだけがこちらの『マリアさん』目掛けてパラレルワールドに移動してしまったという事らしい。



「触媒と言いましたが、ここにあるダイアリーが最後の決め手となって今浅見さんがこちらの世界に引き寄せられやすくなっているのです。ダイアリーは物理的に存在するものですからね」



『そんな事が…』



後で思えば『夢の中の話』と考えてしまう事もあるけれど、その時の自分は完全にその説を信じていた。ただ信じるとしてもここに一つの『問題』がある。



『そのダイアリーを元の世界…私の世界に戻すことは可能なんでしょうか?』



先程のマイケル氏の話を思い出し、ダイアリーをという『物』が行ったとしても戻ってくる事は難しいような気がしたのだ。それに対してマイケル氏は自信ありげな様子で、



「『秘術』を使えば『物』の移動位は可能だと思います」 



と言った。『マリアさん』が「ワンダフォー!」と歓声を上げる。



「ただ、それには貴方の協力が必要になります」



そこで説明された事を間違いなく実行する為にしっかり記憶しようとした意識のキャパがオーバーしたらしく次第に夢と同様に視界が薄れてゆく。最後に「そら」=「すかい」を抱きかかえながら、



「わたしとこの子によろしくね!」



と言った『マリアさん』の笑顔が印象的だった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




…あれは夢か現実だったのか、或いはまだ夢の中にいるのか。ぼんやりしている意識で兎にも角にも枕元のスマホを確認しようとした時、胸元に妙な違和感を覚えた。



「すかい!それとも「そら」?」



夢の記憶はしっかり残っているようだが、何故かこの日「すかい」が私に抱きかかえられるように眠っており、私が眠っている間にここに移動してそのまま眠ってしまったのだと想像された。考えてみると夢の中で出会ったマイケル氏の話を信用するなら「すかい」を飼う事になった事もあの場に自分が行けた理由になっているのだ。



「忘れないうちに…」



一瞬「全ては『夢』でしかない」という考えになりそうではあったが、例えそうであってもマイケル氏の言葉の真偽を確かめてみたいという偽らざる気持ちがあり、それが『パラレルワールド』に移動した時の記憶を余さずメモアプリの中に打ち込ませた。



「よし…」




まだ朝早い時間だったのとメモが完了して安心してしまった事もあり、そこから「すかい」を抱きかかえたまま二度寝に入ってしまった私が次に見た夢は、残念ながら支離滅裂な夢らしい夢だった。

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