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数週間ぶりにという事になるだろうか。ほぼ毎晩スマホ画面で顔を見ているからそれほど時間が経っているようには感じられないけれど、土曜の朝はマリアさんと対面するにあって微妙な緊張感がある。そもそも通話の内容が散々こちらから『ある事』を仄めかしているだけに、改めてどんな気持ちで向かい合えばいいのかも悩むというか、そんな感じ。早起きしてから頻りに時計を確認するけれど、予定の時間を早めることも出来ないので手持無沙汰に任せてスマホを弄りまわしている。
何故かその時気になった福島競馬場の事を調べていたら、偶然にもその夜は場内で花火の催しがあるそう。その時期の名物となっているようで競馬自体の開催はないけれど、タイミングが合えば一度行ってみたい気もする。渡邉さんから聞いた情報から二本松出身のジョッキーをなんとなく応援するようになっていて、土曜日曜に競馬中継でその活躍を見届ける度に、
<二本松からでもこんな人が出てくるんだなぁ>
と尊敬の念が高まってゆく。もしかしたら帰省中などに市内で見掛ける事もあるのかも知れないけれど、そうなったら多分自分は驚くと思う。この頃では年相応にではあるが『地元を盛り上げよう』という心意気に対して共感するようになっていて、何かの手伝いができれば例えば二本松市民であるマリアさんも喜べるような展開になって行くのかも知れない。出掛ける前の30分程『二本松』をキーワードにいわゆる『アンド検索』で別なキーワードと供にヒットするサイトを雑観してゆく。その中でやはり、
『二本松 花火』
と打ってしまうのも心情としては無理なからぬ展開だろう。すると11月に安達ケ原ふるさと村にて『福幸祭』というイベントにて花火大会が行われるという情報を発見。夏ではないけれどそそられる響きである。何というか自分の中の勝手なイメージで夏にお城山あたりで花火が見れたらいい雰囲気になるのかもなと思ったりするのだが、花火はお金が掛かるものなので希望を言っても始まらないのだろう。でも案外そういう所に地元を盛り上げようとする『心』は生じてくるのかも知れない。
いい頃合いになったのでぼちぼち家を出る準備をする。「すかい」が飲む為のグラスの水を交換し額を撫でながら、
「今日は早く帰ってくるからね!」
と伝えると玄関まで見送ってくれた。父も今日用事があるらしいから、母と「すかい」がお留守番という事になるだろう。予定としてはマリアさんがディーラーで説明を受けてから車を引き取るカタチになる。納車の場所をマリアさんのアパートの新規に契約した駐車場にする方法もあったが、やはり金銭的なメリットを取って私が送る事に。実際、自分で運転できるようになれば私はお役御免のようなものだし、大した負担は感じない。ちょっとした『懸案』があるのはあるのだけれど…。
車で移動し、マリアさんのアパートの付近で一旦停車し、DMで連絡入れると準備をしていマリアさんが現れる。そのまま車に乗ってもらってこんな風に挨拶。
「お久しぶりです。マリアさん」
「ありがとうタクマくん。今日はよろしくお願いします」
やはりマリアさんが近くに居ると心が湧きたってくる。運転に集中しているからかドライブ中はぎこちなさのようなものはなく自然に笑い合っている。
「ドキドキしますね」
「まあマイカーを所有する事になれば気持ちは違いますよね」
「フォローおねがいします」
「OKです」
しばらく運転してカーディーラーに到着。駐車場から店の中に移動すると来店を待ち構えていたかのように担当者から恭しく一礼で迎えられた。そこからは割とスムースな対応で、外国人ではあるが日本語が堪能なのもありマリアさんは車の仕様や注意点などの説明にうんうん頷いて問題はなさそうな感じ。そこからが『懸案』事項である運転である。
「タクマくん。わたしをゴールまで導いてください」
車のエンジンを掛け、駐車場内で少し車を移動させてみていつでも公道に発進できる態勢になったマリアさん。
「分かりました。じゃあ俺行きますね」
ほぼペーパードライバーではあるが、私がマリアさんをアパートの付近まで先導してゆけば距離を考えれば何とか一人でも運転できるだろうという判断。流石にこちらも緊張が無いではないけれど、私が迷ってしまうと帰って動揺してしまうだろうからマリアさんを信用して車を発進させる。無事公道に出て、そこからは適度なスピードでなるべく信号や車通りの無い道を選んでアパートを目指した。
その結果、曲がるタイミングなどでやや不安な場面もあったけれど無事アパートの付近まで到着。とある計画がある為に私の方の車を駐車場に停め、同じく停車していたマリアさんの新車の助手席に乗り込む。
「一旦休憩しましょうか?」
「ちょっとね」
「運転大丈夫そうでしたよ」
「しっかり先導してくれましたし」
ややあって車は再び動き出す。とにもかくにも運転に慣れてもらう必要があるので目標地点を決めてそこまで運転してもらう事にしたのだ。助手席で流石に必要だと思い付けてもらったナビで目的地を設定し、初回だしとりあえずその通りに運転できればあとは何とかなると思う。
「じゃあナビ起動します」
「オーライ」
選んだその目的地まで順調なドライブが続く。途中、自分の経験で見逃し易い信号機とか、『キープレフト』などのメッセージを伝えるが、あまり色々情報を与え過ぎない方がいいという事も知っているのでなるべく前方を注視する。
「…」
流石に会話はなく、見たところ運転のセンスを感じるものの、ナビの音声案内をそのまま繰り返して「次は右ですか?」など確認を求められる。運転は度胸が大事な面もあるが同時に慎重さも必要である。最初のハードルを乗り越えれば圧倒的に上達するもの。
<真剣なマリアさんを見るのも久しぶりかも…>
などとちょっと場違いな事を思ったりもしたけれど無事最後の信号を越え、傾斜のきつめな坂道でアクセルを力いっぱい踏んでもらえばゴールまではもうすぐである。
「ここを曲がればいいんですか?」
「はい。そこちょっとスピード落して下さい」
曲がった先に自分にとっては『お馴染み』ばスポットが立ち現れる。そこを選んだのは、マリアさんと一度ここに来た事があるという事と駐車できるスペースが広々としているという理由からである。
「わー!!到着しましたぁ!!!」
駐車場に入って既に安心しきっているマリアさん。
「ちゃんと車を停めるところまで練習しなきゃ」
まあ、そこはどこに停めても問題ないような面積なので私の役割も既に終わっている。堂々とド真ん中あたりにロープのような線で斜めに仕切られている一画に車を差し込んでそこに車は停車。
「レバーをパーキングに、サイドブレーキを掛けて」
「イエッサー!」
車のエンジンを切ってから二人して深呼吸。
「大丈夫でしたね」
「はい。大丈夫でした」
やや達成感の味わうかのような時間があり適度に気持ちを整えてから、
「じゃあ、とりあえず降りますか」
と提案。休憩も兼ねてこの広々とした『お城山』はリフレッシュにはちょうどいい。
…筈だったのだがまさかここで『事件』が起こるとは想像もしていなかった。




