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動物病院にて処置をしてもらった「すかい」はもうギプス姿ではない。獣医さんからその時に何故か「ドライフードはよくありませんよ」と猫の餌についての指導を受けたのでそれからは意識的に缶詰に入っているタイプのご飯をあげたりしているのだが、人間の食べるシーチキンによく似ているからか、



<確かにこれなら身体に良さそうだ>



という納得感がある。動作が非常にすっきりとして元気一杯に家の中を駆け回り始めた「すかい」を見ているうちに、一緒なって遊んであげたい気持ちが湧いてくる。試しに猫用の玩具を近場で見繕ってきて、目の前で転がしてみたり、垂らしてみたり。反応は上々なのだが、興味を失ってからの『素』の表情はなかなか笑わせられてしまう。考えようによってはこちらが『遊んでもらっている』ような状況にも見えてしまう。マリアさんにその時の動画を送ったら『ファニー』と評してくれた。




思い通りにならない、期待した通りには動かない。そう評する事もできるのだろうか。実際問題として世界には同じように思い通りにはいかないものだと実感させられてしまう場面や状況が多いような気がするし、逆に言えば人間の『期待感』というのは得てして現実を捉えそこなっているという事なのだろうと思う。それもまあ人間らしさのある話と言えばそうなのだが。




そう感じてしまう出来事があったのは本宮の花火大会の日。見に行きたい気持ちはあったが、当日マリアさんからの連絡は入らず、やはり都合が付かなかったのだと理解される。その時の熱量だったら一人で出向いても楽しんでこれるテンションではあった。ただ、当日の天気は日本海側の台風の影響で雨天。決行するのか中止になるのか自分では判断が付かず、また決行するにしてもちょっと厳しい環境になるなと感じで迷いが生じてしまう。両親からも、



「今日は行かない方がいいんじゃないの?車も停めるの大変だし」



とアドバイスを受け、次の日にはマリアさんの納車が控えているのもあり総合的に考えてその日は静かに過ごして夜はテレビで放送するジブリアニメでも見ていることにする。




そしてまさにアニメが始まった頃、外の方で『ドン、ドン』という太鼓を叩くような音がしたのに気付きカーテンを引いて窓の外に目を遣る。意外ではあったがどうやら花火大会は決行されたらしい。少しSNSで検索してみると現場で撮影されたと思われる花火の動画が幾つか確認できので間違いなさそう。



「行ってればよかったのかなぁ…でも寒そうだ」



徐に「すかい」の方を振り返ってみると外から聞こえる聞きなれない強い音に耳をそばだてて反応している。不思議とテレビからの音声には反応しないので何か音の質の違いを聞き分ける能力があるのだろうか。両親が見たい番組があるという事で自室で一人アニメを見ていたのだが、その幻想的な内容も関係しているのか部屋に居ながらも何となく独特の雰囲気に包まれている。



<流石に世界でヒットしたアニメは違うよなぁ…>



感心気味に昔はそれほど注目していなかった背景のディティールなどに目を凝らしていると何だかんだ言って自分はアニメ好きな人間なのだと再確認する。するとこのタイミングで今日はマリアさんから『コール』があった。



『あ、マリアさん。こんばんわ』



『こんばんは。タクマくん、今日は花火大会ごめんなさい』



『いえいえ。今日雨だったから中止になると思ったので出掛けなかったんです。でも今花火やってるみたいですよ!』



『リアリー?雨の中でもできるんですねぇ』



『俺も感心しちゃいました。『雨なんかに負けないぞ』っていう気持ちがあるんでしょうね』



『日本人は花火が好きですね!』



その時のにっこりスマイルを見ると今日もマリアさんは大丈夫そうだと感じられた。ところで先程から何か妙な感覚を感じるのは何故なのだろうか?テレビから聞こえてくる音が重なって聞こえるというか…そこで『ある事』に思い至った。



『そっかマリアさんもジブリアニメ見てるんですね!?』



『はい!アニメ見てますよ!わたしが一番好きな作品の一つです』



『流石はジブリだ…』



そこからは自然とそのアニメの好きなシーンを説明し合ったり、公開された当時の思い出でだったりを語り合う時間となった。当時学校で同級生の女子たちがしばらく主人公の女の子ではなくてその子を最初に助けてくれるあの有名なキャラクターの良さを語り合ったりしていたけれど、今になってもその延長上でそこに『沼要素』があるとかないとか討論する場面を何かで見た気がするけれど、それも含めて世の中にはいろんな『界隈』があるものである。新しいアニメをチェックする体力がある限りは付いてゆこうとは思うけれど、やっぱり名作は何度見てもいいもの。懐古厨と言うよりは既にこのアニメのように『文化』として多くの人と時には今のように国境を越えて良さを語り合う事ができるという事が尊いのである。



『わたしはアニメに救われたんです。主人公が『自信』を持ってゆく姿が好きなんです。わたしもあんな風に乗り越えてゆかなくちゃって!』



短い言葉ではあるものの、その言葉は私の胸にも強く響いてくる。もう既に気付いてはいたけれど、マリアさんの少しハイテンション気味の性格の裏には多分『小さな女の子』が存在して、時々その子がマリアさんに弱気な事を言わせている。それは決してダメな事ではない。むしろマリアさんという女性からこれほどまでに魅力を感じるのは、きっとその部分が存在しているからなのだと思うのだ。いい事言った。




多分、私は私の奥底に秘める熱い気持ちを彼女に伝えてゆかなくてはならない。アニメのキャラクターのようには格好よくはないけれど、不器用なりに伝えられる事はある。



『俺、マリアさんのそんなところが好きです』



『え…?』



『もう一回は言いませんよ。『今日は』』



『…タクマくん、意地悪ですね』



『やっぱり『シチュエーション』って大事じゃないですか?』



『わたしは『期待』していいんですか?』



一体自分達は何の話をしているのやら。「すかい」も呆れているかのような表情でこちらを見つめている…もちろんそれは主観なのだけれど、「何やってるの?」くらいは思っているかも知れない。



『ビリーブ・ミー』



何となく出た英語の発音が思いっきりカタカナ語の発音なのでコミカルな場面になってしまう。



『ふふふ。それじゃまた明日』



『そうですね。明日』




そこで電話が切れる。次第にまばらになる花火の音に目を瞑って耳を澄ませる。思い浮かべた場面は実現しなかったけれど、こうなったからこそ実現した名シーンがあるんだろうと思う。そんなことを考えつつ、SNSで実況しながらアニメを堪能していた。

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