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世の中的には『お盆休み』が始まったとされる8月の第二土曜日の午前10時。二本松市のバイパス沿いにあるカラオケ店の駐車場に友人のものと思われる車が到着したのを確認し、停車した車の側に駆け寄る。


「よう」



「お待たせしました」



ほぼ時間通りなのでただ自分が待ちきれなくて早めにやって来ていただけの事である。前の会合から2ヶ月程しか経過していないので久しぶりという感覚はないけれど、やはりお互いに『特別』な時間という感じ。慣例上『会合』と呼びならわしているように、結構人生において本質的と思われる事柄について議論を交えて結構長い時間駄弁する事が予期されるので変な気合が入っている。



「じゃあ、入りますか」



彼を店内に誘導し、アプリの導入によりフロントでは速やかな受付で入室にまで至る。なるべく音質に拘りたかったので事前に電話で予約を入れておいたのも良かった。この友人とはカラオケもそこそこ嗜む仲で、高校時代からそれぞれ好きなアーティストの曲を淡々と選曲しつつも、時折話題に沿ったテーマの曲を歌い合ったりしている。『会合』の事を格好つけて『セッション』などとも表現したりするけれど、実際歌を通じて伝え合う『熱さ』のようなものが絶対に存在し個人的には、



<俺もまだまだやれるぞ!>



という事を確認しているようでさえある。近年は特にその傾向が強い。どうしてもカラオケという娯楽は自分の青春時代に好きになったというか、己の青春のすべてであるともいえる曲をどうしても歌いたくなる時があるという性向の受け皿であるようで、自宅からの近さもあり稀に一人で歌いに行くこともあった。最近はちょっとご無沙汰で、声がどこまで出るか心配ではあるがまあそこはご愛敬というところだろう。



「カラオケいつぶりかなぁ。お先にどうぞ」



友人に勧められ、最初の曲を選択。やはり自分は『フジファブリック』が歌いやすいので夏の名曲である「陽炎」を。歌っている間、友人も身体を揺らしてじっくり聴いてくれている。この店がある程度客入りがあるからなのか設備がどんどん改善されていて、チェーン店の強みで室料もそれほど高くないのが嬉しい。学生時代とは経営している会社が変わっているが店の構造は同じなので昔なじみの店である事には変わらない。だからなのかそこで歌うフジファブリックの曲は自分の記憶を蘇らせてくれる。



「よかったです」




歌い終わって何故か敬語で褒めてくれる友人。続いて友人の入れた米津玄師の「アイネクライネ」がしっとりとした声で歌われる。ややハスキーな声ではあるが、自分のようにシャウトを中心に歌う歌い方では表現できない雰囲気なので憧れがある。



「よかったです」



ニヤニヤしながら私も友人を称賛する。気恥ずかしそうに「ありがとうございます」と答えたのが印象的。そんな流れでそれぞれ数曲歌い終わったところで一旦小休止となり、そこから近況報告となんとも抽象的な世間話が始まる。



「まあ今は多様性の時代ですからね。何といっても多様性」



「個人的に『多様性を否定する意見』を多様性に含めるかどうかって毎回どう処理したらいいのか分からなくなる」



「あるね」



素早く反応した友人。もしかしたらその議論については詳しく調べて行けば膝をポンと打つ解説が見つかるのかも知れないが、SNS上において俎上に載せられる短い表現で解決が図られたという記憶がないように思う。



「そこはそうだな、とりあえず「ある」って事でいいんじゃないか」



「「ある」ねぇ…というか」




そこで言葉に詰まる。別に友人との会話が炎上案件になるわけでもないのだが、無責任な事を言いたくはないし、大体そうだが上手い表現が見つからない。そもそも手に負えない議題を扱うなという話ではあるが、『セッション』はそもそも予期不能なのである。



「じゃあとりあえず歌いますわ」



「OK」



歌ったのは『ユニコーン』の「デジタルスープ」。車のBGMで流していると必ずサビの部分で歌いたくなる曲でなんでもすっかりデジタルでやり取りするようになったこの時代に、自分の心の中にある何かを今一度確かめさせてくれるような曲である。



「いいですねぇ」



途中ドリンクバーでジュースを補給しに退出した友人ではあるが、室外にも声が聞こえていたらしい。声の調子は結構いい。



「よし、そしたら懐かしい曲を」



そう言ってから備え付けのタブレット選択したのは『FLOW』の『DAYS』だった。この曲のPV…今はMVと呼ぶけれどとにかくそれがかなり胸にグッとくる物語になっているので自然と引き込まれてしまう。ラップの部分もしっかり歌いこなす勇姿に感動さえ覚えて、歌い終わった頃には大きな喝さいを送っていた。



「どうもどうも!」



そうやってお道化てみせる事が多い人ではあるが、この二人用の曲を一人で歌い切るくらいには熱い魂の持ち主である。



「あ…FLOWだとこの曲もそうなのか…」



同じく『FLOW』の曲で検索していると一覧に自分でも歌えるかもしれない曲を発見。同じくアニソンで、ここ最近の自分にとっては歌わなくてはならないような気がする一曲。



「おお、FLOWで攻めますか!俺も歌っていいかい?」



「よし、二人で歌いましょう!」



勢いよくイントロが始まったその曲は「COLORS」…例のアニメの主題歌である。とにかく二人で歌っても結構大変な曲で体力の続く限り声を張り、全力で歌い続ける。歌いながら歌詞を改めて辿っているとこの曲が『自分を変えようとする』エネルギーに溢れていて、自分の今の大きなテーマと重なっている事に気付く。




煮え切らない自分。立ち止まったままの自分。マリアさんとの出会い。そこから自分を動かしてきたこれまでの事。色んな事が脳裏に蘇り、最後は少し涙ぐんでしまったかも知れない。



「ああ…いい曲だなぁ。思い入れがあるからなのか、改めて聞くと泣ける曲だな…これ」



「本日のピークだな」



友人も満足そうなのだが自分は自分で実はまだ何かを残していたりする。



「いや、それがさあ…」



少し落ち着いてからマリアさんの事について友人に話し始める私。その内容は幾らかの衝撃を与えたようで、時々目を見張るように反応する。



「そんなことがあったのかぁ…そうか遂にか…」



感心しているのかソファーに持たれかけて天井を見上げてそんなことを口走っている彼。



「彼女との関係がどうなるか分からなかったから報告はしてなかったんだが、もう隠せないところまで来てしまいました」



「たぶん付き合う事になるんでしょ?その感じだと」



「まあ、後は言うだけだからね」



自分がイメージしているドラマチックな告白のシーンとは対照的に友人のトーンはあっさりしている。考えてみれば世間一般的な感覚からすれば交際に至るまでより、交際してから結婚を申し込むまでの方がクライマックスになるのだ。年齢的な事を考慮しても標準的にはそこはまだ序の口という話になってしまう。



<あぁ…なんか自信がなくなりそう…>




その時はそう思ったのが「自信が無くなる」というよりは心の中に沸き立っている熱い気持ちのアンバランスさに思い至ってしまった感。ただ友人は、



「結果出たらお祝いさせてくれ!」



と嬉しそう。やはりこれも「多様性」なのだろうと思う。奥手の自分のリアルな感情はやはり等身大にある曲の情景に惹かれ続けている。何となくその日その曲を歌うのが躊躇われ、代わりその日の〆に『フジファブリック』の「線香花火」が選ばれた。



確かにまだ『夏の終わり』ではない。

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