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「タクマくん、こっちですよ、ハリー!」



案内するつもりだったのに何故かマリアさんが行こうとしていた方向に向かって早足で歩き始め、私はそれを追いかけるような形になっている。場面によっては頼もしい人なんだろうと思うが、流石に城の入り口正面にやってきて観光客にも有名な少年隊の像を発見して「ワオ!」と驚いている姿を見ると苦笑せざるを得ない。見かねて、



「これも少年隊ですよ。砲台が結構迫力あるでしょ?」



と解説するように語り掛けると、



「イケメン揃いですね」



という謎の答えが返ってきた。確かに精悍な顔つきの隊士の姿なのでイケメンと言えばイケメンなのかも知れないなと考えたり。するとマリアさん何を思ったかこちらの方をニヤニヤしながら見つめて、



「ユーもイケメンですよ!」



とついでに褒めてくれた。



「あ…ありがとうございます」



自分の顔面は取り分けて悪くもないが実際イケメンと呼ばれたことは年配の方からだけだったりするので褒められると何かよく分からない感覚になる。



「…」



私が戸惑っている様子を何故かニコッとしたままじっと見守っている目の前の外国人女性。どことなく何かを期待しているようにも見える。然してその予感は正しかった。



「そうきたら次は『貴女もビューティフルですね!』って言わないと!!」



妙に迫力のある声で私に指摘するマリアさん。<あ…そうきましたか>と気付いて、



「あ…ごめんなさい。忘れてました…」



と言うと表情が緩み意外とあっさりした様子で、



「なーんてね。ノープロブレム!」



とそのまま城の方を向いて緩やかな幅の広い階段を上がってゆく。その時見た横顔が何故か嬉しそうだったのが自分にとっては不思議で、



「タクマさん行きましょう!」



と再び声を掛けられて我に返ったような感じだった。追いかける様に、というか今度こそ案内するつもりでマリアさんを追い抜き、



「あの、ここ上の方に『石垣』って言って結構凄い物があるんですが、歩こうと思えばそこまで歩いて行けるんですけど、結構体力を消耗します。急坂で頂上は見晴らしがいいんですけどね」



とやや早口で説明する。



「そうですか。あ、こんにちは」



丁度その時、上の方から降りてくる観光客と思われる女性二人とすれ違う。



「こんにちは」



神社で会った時も話しかけてきたのはマリアさんの方だが、彼女のフレンドリーさはここでも発揮されている。それに倣うような形で私も挨拶する。二人の女性のうち一人はサングラスを掛けていて、日よけなのか帽子も被っている。もう一人の人はその人よりも若い感じでもしかしたら親子なのかも知れない。今日は天候がいいけれど、名所としてアピールポイントの高い桜は時期を過ぎているし、それほど観光客は多くないだろうという予想だったが、こうして観光客が居るのを確かめると立派な観光地なのだなと思ったりする。




<むしろ観光地だからマリアさんを連れてきたのではないか、いや…>




観光地というよりは二本松の事を伝えるのにお城山が一番手っ取り早いような気がしてしまうからとも言える。観光シーズンではない時は地元民にとってはの『散歩コース』のようなものだから、今日もそのつもりで来たというのが感覚的に近いような気がする。




「考え事ですか?」



「ええ。まあ何というか」



マリアさんはマイペースなようでいてこうしてこちらの事もしっかり見ていたりするのでそのギャップに感心させられることが多い。門をくぐり、そこから自分が30年ほど生きてきて持っている知識を駆使して細々と説明しながら歩いているうちに何やら芳しい匂いがして来たのに気付く。



「あそこ、お花が咲いてますね」



マリアさんが指さしたのは池の周囲に植えられている藤の花である。



「たしかあれって『藤棚』って言うんですよ。藤の棚」



5月半ば、お城山のその場所には紫と白の藤の花が綺麗に咲き誇る。垂れ下がった様子と甘い匂い、そして…



「OH…結構ハチがいますね!」



「そうなんですよ。甘い匂いに誘われてブンブン飛んでます」



先ほどのすれ違った女性二人もこれを目当てに来たのかも知れない。いかにも『和』の空間という感じだが、藤は外国ではどうなんだろうかと思ってマリアさんに訊いてみると、



「たぶん日本のは珍しいですね。ちょっと待っててくださいね」



答えながら花に向けて割と本格的なデジカメをバッグから取り出して写真を撮ろうとしていた。写真には拘りがあるのか何度か撮り直していたが、



「ちょっと難しい…」



と途中から諦め加減になっていた。とりあえず撮ったものを私に見せてくれたがマリアさんはこんな事を呟いている。



「やっぱりプロフェッショナルなのは撮れないな…残念」



「何かに使うんですか?」



「うーん、いつか写真集を出してみたくて…」



「えっ…」



何気なく訊ねたのに唐突に出てきた『写真集』という語句にビックリしてしまう。



「出版して、売れたら印税が入って来るでしょ?」



「…」



『わたし何か変な事言ってますか?』的な表情でこちらを不思議そうに見つめるマリアさんという女性。一体どの発言に注目すべきなのか分からなくなり、



「そうですね」



と答えるしかなかった。その後再び『ベストショット』にチャレンジし始めたマリアさんを見守りつつ、藤の下のベンチに腰掛けながらその流れで取り出したスマホで自分もまるで滴り落ちてきそうな藤の花を撮影していた。



<今日はなんか凄いなぁ…>



まさに『フリーダム』という言葉が似あう一日だなとこれまでを振り返る。自分が今日ここに来て藤の花の写真を撮る確率はどの位のものだったのだろうか、などと考えてみる。マリアさんに出会わなかったとしたら、それは恐ろしく低い確率ではなかったか…いや何かの気まぐれに普通に立ち寄っていたのかも知れない。結論…よくわからない。



マリアさんが満足したのかいつの間にか隣にやって来て、そこで私と同じように今度はスマホで別な写真を撮っている。そして何やら操作をしているらしい所を見ると、どうやら何かのSNSに投稿しようとしている模様。



「マリアさんもSNSは何かやってるんですね」



「『も』って事はタクマさんも?」



「はい。あんまりフォロワーいませんけど」



「わたしがフォローしてあげましょうか?」



「マジですか!?」



「フォローしてくれますか?」



「え…マジっすか!?」



突然私は妖怪『マジスカ』になってしまったらしく、あれよあれよという間に私のアカウント名を訊き出されて(まあ自分が言ったんだけど)、結局相互フォローという形になった。マリアさんがSNSをしているかどうかは別にこういう目的で訊いたわけではないから、完了した段階でも、



「マジすか!?」



という言葉が出てくる。別にこれまで生きてきて異性との付き合いが無かったわけではないけれど、得てしてそれは緩やかな発展を辿って来たものだから早い展開には身体が付いてゆかない。



「何かあったらここからタクマ君に連絡するから」



恐らくはプライベートな事だから『ダイレクトメッセージ』機能を利用するのだろうけれど、



「分かりました」



と答えるしかないような雰囲気である。

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