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8月になりいよいよ夏らしくなってくる。梅雨明け自体は例年通りらしいのだが脳がバグっているのか7月はもっと暑い印象だった。調べてみると前の年の梅雨明けがかなり早く、また仕事も比較的多忙だったためか暑さに苦しんだ記憶が植え付けられたのだと解釈できる。



<今年はもっと思い出に残るだろうなぁ…>



移動中に立ち寄った異様に空調が効いているコンビニでお気に入りのミントのタブレットを選びながらそんなことを考えていた。恐らく熱心な学生の密集した教室で熱血指導を行っているであろうマリアさんは初日こそ弱気が見え隠れしたものの梅雨明けと時を同じくするうにすっかり元のテンションに戻っている。帰宅して夕食後に髭を剃ってからテレビ電話をするのがルーティーンになっているけれど、その中の会話でマリアさんの新車の納車日がやはり大安の8月の17日、土曜日という事が決まったという事を知らされたばかり。その時には気付かなかったのだけれど、もしかしてと思って調べてみたところ実はその前夜に本宮市で大きな花火大会が開かれるという事を確認して再び高揚感がやってきているのだ。



購入したばかりのタブレットの包装を剥がして、一気に二粒取り出し口の中に放り込む。『リフレッシュ』という謳い文句通り、気持ちがスッとして「よし!」という気分になってくる。見上げるとタブレットのケースの色と同じ空の色が目に入り、そこからは午後を乗り切るという意識に切り替わった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



『今日も大変でしたぁ!ベリーベリーハード!』



『明日の準備もしないといけないんですもんねぇ…本当尊敬します。リスペクト』



「ハード」とはいうものの笑顔のその表情からは僅かだが余裕すら感じられるマリアさん。テレビ電話越しでも表情はしっかり分かるし、何となれば部屋の様子もチラッと確認出来たりするのでこちらもこちらで整えておく必要がある。



『ずっと授業しているから、昨日は夢の中でも授業してました』



『え…?夢の中で?』



そこでマリアさんから聞かされた話は興味深い内容。



『それが、もしかしたら前に見た不思議な夢と関係しているのかも…』



『どういうことですか?』



『夢の中でもわたしが先生になって授業をしていたんですが、生徒が学生じゃなかったんです』



『学生じゃない?じゃあ』



『みんな『大人』の人なんです。おじさんとかおばさんとか、若い人もいましたけど』



『へぇ…なんか意味深な夢ですね』



『しかも、教えているのが英語じゃないみたいなんです。アルファベットは使っているんですけどスペルは英語じゃなかったです』



『ああ、でも俺も夢の中で謎の漢字とか出てきた事ありますし、夢ですからね』



その時はカオスに傾いた『夢』という言葉で片づけたものの気になっていたのは確かである。



『そうだ!昨日マリアさん17日に納車だって教えてくれたじゃないですか』



『はい。そうですよ』



『もしよければ俺もその日立ち会わせてもらって、試しに近場でドライブしてみませんか?』



『OH!ナイスアイディア!実はわたしも一人で運転するのが怖かったんです』



『大丈夫ですよ。俺が助手席でアドバイスしますから』



『サンキュー。ありがとうございます』



そしてここからが地味に本題。



『それでですね…マリアさん花火大会とかって興味あったりしませんか?』



『花火ですか!?もちろんです!』



『納車の日の前夜、本宮市って二本松からすぐ近くの市で名物の花火大会が開催するんですよ』



『ワオ!本当ですか!』



お分かりかも知れないがその時の私の頭は「若者のすべて」の歌詞のイメージで一杯になっていて、最早そのシーンを再現する為に計画を練っているような心境でさえあった。だが…



『umm。でもまだその日行けるかどうか分かりません…。』



『えっと…そうなんですか…ああ』



もしかすると完全に舞い上がっていてしまっていて現実を見失っていたのかも知れない。話を聞いてみると夏期講習には『お盆休み』もほぼ存在しないようなもので、私は自分が休みなのでてっきりマリアさんもそうなのだと思い込んでしまっていた。ただマリアさんはこう続ける。



『でも、夜なのでもしかしたら行けるかも知れません。状況次第ですけど』



マリアさんの口ぶりからはやや無理がある日程であるらしいことが察せられた。自分の理想を実現する為にマリアさんを振り回すのは得策ではないと考えた私は、



『分かりました。大丈夫ですよ、次の日が納車の日ですしね』



と伝える。マリアさんに申し訳なさそうな顔をしてもらいたくなかったのもあってそこで話題を変える。



『ああ、マリアさんに朗報があったんです!』



『え?グッドニュースですか?』



『実は、ほら「すかい」!』



私は地べたに横になっていた「すかい」の方にスマホをかざす。明らかに以前よりも脚を自由に動かせるようになっていて骨は無事にくっ付いていると思われる。



『すかい!マリアさんですよ!』



マリアさんがいつものように呼び掛けると「にゃー」と返事をする。



『「すかい」早いもので来週にはギプス外すんです。電話で獣医さんに近況を知らせたら『処置をしますから来てください』って』



『そうでしたか…よかった…本当に』



マリアさんはまるで自分の事のように喜んでいる。猫は人間よりも傷の治りが早いようなのだけれどこの回復力には驚かされる。最近では日中自分の好きな場所に移動して日向ぼっこをしている「すかい」の姿を見る事も出来る。猫は本当に寝るのが好きらしく、眠るから傷の治りも早いとかそういう事なのだろうか?



その日の『ルーティーン』を終えてから、ぼんやり『お盆休み』の事を考える。旧友と会う時間を取れるかどうかとか、早めに連絡をしておかないと合わずじまいになってしまう事も経験しているので思い立った時にメッセージを送るのが吉だったりする。それこそ『ユニコーン』の「すばらしい日々』という曲の歌詞通り、仕事に忙殺されてしまうどうにもならなさの悲哀を感じる年齢になってきた自分だけれど、やはりその『流れ』に抵抗するように自分からアクションを起こしてゆく必要もあるんだなと、それもまた実感される。



「理想通りには運ばない…でも…」



やはり夏は熱に浮かされてしまう性の自分である。

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