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時間を経るにしたがって場内にお客さんが増えてきた。客層もお年を召した方々や、妙齢の女性、子連れの男女、我々と同年代のグループなど多様で結構賑やかな雰囲気になる。聞こえてくる会話の端々にビギナーであることが分かるような内容だったり、逆にコア過ぎて何を言っているのかが分からないような会話など、競馬場という施設特有の情緒とでも云うのかそういうものが感じられる。



<基本的には皆競馬をやりに来てるからなぁ…>



『共通の目的があって集まった人々』という表現で括るなら、この中に居る人は何かを期待しているだろうし、例えば駅に集まっている人々とは明らかに動きが違う。しかも何レースか観察していると分かってくるのだが、みなちゃんとパドックの時間とか『本馬場入場』と呼ばれる各馬が馬場に集まる時間とかレースの時間に合わせた行動を取っており、総合的にそれらは『秩序』と呼ばれるものを成していた。



面白かったのは2レース目で女性のジョッキーが騎乗する馬が勝利したらしい事が分かると一斉にある方向に人々が動きだしたりするのだ。


『ウイナーズサークル』



という勝利した馬や関係者を表彰する為の場所の周囲に人々が駆け付けるとの事で、運が良いとそこで騎手からサインをしてもらえるそう。その時には場内に居たのだが示し合わせたような歓声が聞こえて何事かと思ったりした。



戸惑う事はあるものの無目的に街に出てきてどこに行こうか迷っている時の『場違い感』のようなものはそこでは感じられない。一人でやって来たら迷ったかもしれないけれど、渡邉さんが誘導してくれるのもあり、動と静のメリハリがついている。



など分析してみると堅苦しいのだが一言でいえば充実している時間が続き、スケジュールが決まっていて、多少のトラブルがあっても坦々と続けられてゆく光景な結構快い。懸案だった『マークシート』も何とか仕組みが理解できて、とりあえずビギナーである私はオーソドックスに単勝と複勝に絞って投票してみる事にした。とはいえ、午前中の未勝利のレースは出走する馬の事がよく分からないので『名前』とか『数字』でピンとくるものがあったら買うようにと渡邉さんがアドバイスしてくれる。



「それで当たりますかね?」



「卓馬さん。『偶然』ほど面白いものは無いですよ」



渡邉さんの口から不思議な言葉が飛び出す。



「どういうことですか?」



訊ねてみると、


「競馬とかの結果ってね、続けて見てると『出鱈目』のように見えたり、明らかに強い馬が勝って<そりゃそうだろ!>って言いたくなるようなレースもあるんですが、不思議な話で自分が『気になる』っていう感覚とかどうしても惹かれる馬だなって感覚で見てるとその馬が奇妙なタイミングで結果出したりするもんなんですよ」


という答え。



「そういう経験があったんですか?」



「俺が競馬始めたばかりの頃です。当時まだ学生で馬券は当然買ってなかったんですが、ここで丁度今くらいの時にある馬のデビューを見たんですよ。パドックで可愛らしい牝馬だなって思って気になって、しかも騎手の勝負服を見たらかなり有名な馬主さんの馬だってことが分かって、買えないんですけど初めて『買いたいなぁ』と思ったんです。結局その日のレースでは3着になったんですけど、その馬すげえ活躍して牝馬の三冠を取っちゃったんです。そこから震災があって福島競馬場も損壊を受けて改修工事があったりがあったんですが、震災の年にも一度GⅠを勝ってくれてその時にはその馬のファンだったんですけど、なんか勇気づけられましたね。まあその後は結局勝てないで引退したんですけど、それ以来鞍上の〇〇騎手のファンにもなったし、今はその馬の子供が走ってますから応援してるんですよ」



話を聞いているだけでも凄い思い入れだなと思ったけれど、その馬に乗っていた騎手も福島競馬場でレースに乗るようである。



「『タイミング』って確かに面白いですよね。俺もなんかそういう馬と出会いたい…」



「正直言うと福島から大物って中々出てこないというか、どうしても強いのは東京とかデビューの印象が強いんですがそういう事も加味した上で偶然も含めた『出会い』は本当に大切です。今日も凄いのがもしかしたら出てくるかもしれない」



「あ、なんかこれ見ると5レース目がデビュー戦ですね。どれ…」



場内でもらえる『レーシングプログラム』と呼ばれる冊子を眺めて出走馬を確認していると、5レースに女性ジョッキーの乗る馬と、外枠の方で英語の名前が並ぶ中で異質ともいえる所謂『珍名馬』を見つけた。インパクトのある響きだけに一度聞いたら忘れられなそう…フードコートで昼食を選んで戻ってきた後にパドックで実物を見ると、その馬が一番人気であることを知り本日何回目かの衝撃を受ける。



「人気ありますね。これ強いと思いますよ」



「女性ジョッキーの馬も気になるんですが、どれも強そうに見えるし…」



かなり迷ったものの、単勝でその珍名馬を選んで投票してみる。金額は100円だけどお試しという事で。そこからは金額には見合わない緊張感が訪れ、途中はもう「ああ、お金なんて賭けちゃダメなんじゃないのか?」と弱気にもなったのだが、結果はなんと一着。しかも圧勝、2着にはあの女性ジョッキーの馬が入るという出来過ぎた結果。



「よかったですね!いわゆるビギナーズラックですけど、それはともかく勝った馬この後も何回か勝てると思いますよ。追いかけてみるのもいいかも」



その珍名馬の名前がレース中に連呼されていた事で実はSNSでもちょっとした賑わいになっていて、リアルタイムでその現場に立ち会っている事が何故か誇らしい気持ち。



『自らが何であるか?』



を問うようなフレーズを連呼されると本当に<俺は何者なんだろう?>とも思われてしまう部分も無くはないけれど、この地に降り立った『浅見卓馬』という人間はそこそこの運を持った人物であるのかも知れない。と、まさにこういう類の連想からこの日の今一つの『目的』をようやく思い出す。



レースとレースの合間を見計らって、私は渡邉さんにマリアさんの話題を振ってみる。



「マリアさん?夏期講習不安がってるけど、あの人なら大丈夫。度胸あるから」



「そうですか。なんか俺が言うのもなんですが、渡邉さんたちには助けてあげて欲しいなと思って」



「もちろん!『フレンズ』ですからね。でもマリアさんは卓馬さんを頼りにしてるっぽいですよ」



「え…?聞いたんですか?」



こんな感じでとてもスムースに始まった会話ではあるが、マリアさんの事を話してくれる渡邉さんも私から何かを引き出したがっているというのか、何かを確かめたがっている様子が伝わってくる。



「実は…」



この場合素直に言うのがいいだろうなと思いこんな風に告げる。



「競馬にも興味あったんですけど、それとは別にマリアさんの事で誰かに相談したいなって思って渡邉さんに連絡したんです」



「あぁ…そうだったんですか。なるほどなぁ…」



何か感じ入ったような表情の渡邉さん。恐らくは年齢も近いし、私とマリアさんの関係について察せられる事情もあるんだろうと思う。



「前にマリアさん、俺たちに猫の話をしてくれましてね。卓馬さんの家にも行ったみたいですし、千佳とも『あの二人どうなるんだろうね?』って話してたんですよ」



「あ…なんかすみません。何もかも俺という人間が『問題』なんです」



「いや、一概にそうとも言えないと思いますよ」



と渡邉さん。するとこんな話をしてくれる。



「マリアさんって、実際『外国人』でしょ?例えば仮にですよ、結婚を見越して交際とかするとなるとちょっとハードルを感じてしまうのは致し方が無いというか、俺だったらそう思っちゃいますよ。何だかんだで、二本松とかはまだ国際結婚とか話は少ないと思いますし」



「まあ、個人的にその辺りは気にはしてないんですけど…」



実際、割と歴史はあるらしい浅見家ではあるが家族はどちらかというと現代人の思想だし、多様化してゆく現実を素直に受け止めるような度量はもっていると思う。渡邉さんが意外そうな声で、



「え?そうなんだったら逆に悩むことなくないんじゃないっすか?なくなくない?なくなく?ん?」



と私に問う。やや混乱している様子の彼に、



「いや、だから最初に言ったように『浅見卓馬』に問題があるんですって」



と繰り返す。しかしながら渡邉さんは何故か引き下がらず、



「いやぁ、俺が見た所だとマリアさんにも問題がありますね」



と持論を展開。彼が言うには、マリアさんも私の方からアプローチしてくれるのを待っているだけだからいけないのだそう。それに対して、



「でも、マリアさんって実はああ見えて一人だと弱気になる事あるんですよ」



「ふぅー!!」



渡邉さんが大きく息をついた。まるで「やれやれ」と言われているかのようである。



「卓馬さん。マリアさんの事そこまで分かってるなら、後はまあ言い方は旧式のものなのかも知れませんが『男を見せる』時だと思いますよ」



「『男を見せる』ですか?」



「はい。例えばですね、俺は今日のメインレース、応援している〇〇騎手に単勝で勝負します。こういう事こそが『男を見せる』事だと俺は思います。なんつーか、自分が行くんだぞ、っていう気持ちを見せる事ですね!」



「な…なるほど…」



よくよく考えると同じ次元で扱うべき事なのか分からなくはなるが、『パッション』としては意外と似ている物事かも知れない。



「…わかりました。何となく自信が出てきました。それはそれなんですけど、マリアさんって今付き合っている人とかっていないですよね?」



「えっと…いないっては聞いてますけどね」



「あ…なんかそれ聞いて安心したかも…。というか今思うとネックになってたのって、俺がマリアさんにそれを直接訊ねにくいって事だったんだ。そうすると後はタイミングなんですよねぇ」



「な、なんか解決したっぽいみたいですね。じゃあ後は競馬楽しみましょうよ!そして俺の男気の単勝の結果を見守ってください!」



「分かりました。しかとこの目に焼き付けます!」





昼にテレビでお馴染みのタレントがスタンドに登場しイベントを行い、午後からのレースは観客がずっと熱い声援を送り続け、メインレースまでボルテージが上がり続けた。福島県以外からのお客さんも結構いるとの事だが、これだけ競馬熱とエネルギーがあるのなら福島もまだまだ大丈夫なんじゃないかと妙な希望が芽生えてくる。




一方で私は数レース同じように単勝を買い、メインレースも含めて当たりなし。収支的にはマイナスで何とも言えない心境。全体的には楽しめたので良しとした。それで問題の『男気』については見事に『撃沈』という結果。掲示板にも乗らない結果でガックシと肩を落としてはいたもののすぐに復活して、



「まあ今日は競馬ファンを一人増やせたからよし!」



と一言。悪い連想ではあるが『男気』があのように撃沈してしまうというのは自分の事に置き換えるとそれは…あとは考えないようにした。ちなみに帰りの車内で、渡邉さんから『POG』なるものを教えてもらう。馬主になったつもりでポイントを競うゲームらしく、二本松のコアなファンが集うバーが二本松駅前にあり、そこで毎年行われているそう。他ならぬ渡邉さんも参加する大会らしいが満面の笑顔で、



「いつか卓馬さんも参加しましょうね!」



と勧められた。個人的にはやぶさかではないけれど、そうなるとお金の事には厳しいマリアさんが何と言うのか。そして何故かマリアさんが何をいうかをずっと気にしている自分の不思議さ。

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