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マリアさんの車の納車日はおそらく8月の大安日という事になるらしい。車種が結構有名で人気があったのと、お盆休みに掛かるのでやや遅れてしまうかもという話。どちらにしても夏期講習期間は多忙になるからそれが落ち着いてきた頃の方が色々都合が良いだろうという判断もあった。半分くらい自分が車を買うような気持ちになってしまってはいたが『神社で御祓いを受けた方がいい』とアドバイスした他、『最初に運転する時には付き合いますよ』と名乗り出たとか出来るだけの事はそのくらいである。



用事が済んでマリアさんを自宅まで送ってから、帰りの車内のBGMを意識的に洋楽にしてみる。洋楽と言っても知っているアーティストが限られているから、必然的に以前に曲を揃えた「Oasis」の曲が中心。何故だが『Some Might Say』という曲の出だしのフレーズが耳に残る。歌い方も「あぁ、いい!」と思えるようなダラッとしつつも力強い声で要所要所を伸ばすものなので邦楽の「ユニコーン」などを履修しているとすっと身体に入ってくる。



「『誰かが言う』みたいな意味だよな…和訳調べてみるか」



自分は敬愛してならない「フジファブリック」から音楽に目覚めたようなところがあるけれど、考えてみると我が『煮え切らなさ』もその洗礼を浴びた世代だからなのかも知れない。「フジファブリック」も「ユニコーン」のような上の世代の影響があり、「ユニコーン」も再結成後だと「Oasis」的な何かは入っているだろうし、つまりは自分も『源流』に立ち返っているのかも知れない。




その人達がライフスタイルも含めて色々完成されている事に比べると、『浅見卓馬』という人間は時折そこから迷子になる人間である。数年前に存在していたであろう『意識高い系』の人達が何となく鳴りを潜めて、友人との会話も段々と『回顧」の方に寄ってしまう嫌いがある。いつの間にか「こんなもんかな」という雰囲気が醸成され、それが段々と上の世代のそれと似たり寄ったりになってゆく現象。日々SNSで投稿される実体験を元にした日常漫画に共感しつつ、見失われ易い『自分』を(再)発見しようとする。




『誰かが言う』




この時代ほど『誰かが言う』事が可視化されている時代は無かったろうと思う。それこそ『誰か』と呼ぶほか無かった人がそれなりに知名度を持っていたりして、発言が的を射るのなら『バズって』以後はほぼ誰もが辿れるものになってしまう。




自宅を出てから運転時間も長かったが無事家に辿り着き、リビングでスウと寝息を立てている様子の『すかい』の元に腰を下ろす。



「ただいま『すかい』」



「すっかり落ち着いているね。さっきまでお父さんが抱っこしてたんだよ」



「へぇ…人懐っこい猫だよね、『すかい』」



「卓馬が研修行ってる間、マリアさんが面倒見てくれたお陰で安心したんだろうな」



前にも聞いてはいたが父がその時の様子を詳しく語ってくれた。本来なら両親からすれば知り合ってばかりの人に自宅でがっつり猫の面倒を見てもらうというのは躊躇われる事ではあっただろうが、事情が事情だし、母が自宅を留守にするのは基本的に午前中だけなので何とか許可してもらえたのである。



「マリアさんと出掛けてきたの?」



あれ以降、彼女の事を気にかけている様子の母が訊ねる。カーディーラー巡りをしたと伝えると、



「やっぱり車欲しくなるよねぇ。それで決まったの?」



「決まったよ。8月の中旬くらいに納車だって」



「お盆過ぎになるかもね」と父。家族が協力的だからかあまり意識はしてなかったけれど、こうして見守ってもらっている事には感謝しないとなと感じる。その後、何となく手持無沙汰な感がやってきたので特に意味もなく『すかい』の皿にご飯を盛った後に自室でPCを操作し始める。SNSのタイムラインやトレンドを追いつつ、ブラウザのタブを操作しながら「Oasis」の『Some Might Say』の和訳をググってみる。



「うわ…すごいな…」



爽快感のある曲調とは裏腹に、結構はっきりとしたメッセージ性のある曲だなという事が理解され、静かに衝撃を受ける。基本的に歌詞はシンプルな英語なので雰囲気は分かるけれど、実はすごい『熱さ』を持っている曲なのである。歌詞に衝撃を受けるのは洋楽あるあるだとは思うけれど自分の今の心境との絶対的な近さがあり、言いようのない蠢きが身体を動かし始める。



<そういえば、マリアさんが前に教えてくれたABBAのも…>



記憶を頼りに「ABBA」の曲を検索し、確か岳温泉に行った日に言っていたと思われる「The Winner Takes It All」に辿り着く。この曲も曲調はなかなかリズミカルで元気が出てくるようなのに、何故だかそこはかとなく切なさを感じる。やはり歌詞の和訳を見てみるとそこでもまた衝撃。詳しく解説してあるサイトの解釈で、漠然と『失恋ソング』という事が分かるのだが、タイトルの『勝者』を恋愛における『勝者』としただけでもかなり伝えたいと思われることが伝わってくる。確かマリアさんは「この曲の歌詞がいい」と言っていたから、もしかするとマリアさんも何か恋愛の事で共感したのかも知れない。



「マリアさんの『恋愛』?」



思いがけず胸に何かを感じてしまうワードに行き当たった事に気付く私。当時の私はマリアさんの過去はある程度は聞かされていたものの、そう言った聞きづらい話というのはどうしても無知になってしまうし、ろくに恋愛の経験が無い自分には想像が及ぶところではない。それでも、一般論ではあるが、この意味深な曲に何かを感じるという事は何らかの『体験』があってもおかしくない。




「うーん…」




もちろん現在のマリアさんには付き合っている人はどう考えてもいないし、そもそも交際関係にある人が居たら自分とここまで親密に出掛けたりはしないだろうという常識もある。




【でも】




である。このどうしたらいいのか分からない不安な感じをそのままにして過ごしてゆく事など出来るのだろうか?段々と焦りに似たものがやってくると同時にマリアさんのある言葉が思い出される。



『…タクマくん、わたしはいつでもウェルカムですよ』




分からないなりにマリアさんの心情を想像すると、本当にこの言葉にはそのままの意味が込められていたのかも知れない。最早自分のこの時感じてしまった心を無視する事はできない。かと言って、どうマリアさんにアプローチしてゆけばいいのか。




<誰かに相談したいよぉ…>




心の底からそう願うのだが、では一体誰に?という事を考えていると本当に意外なところから『妙案』が浮かんだのである。思い立った私はスマホの連絡帳を開いてある人物に向けてメールを作成し始めた。

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