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研修最終日。前夜にマリアさんに告げた言葉を思い出しながら、『コミット』するならこういう場面でもしっかり気持ちを入れていかないといけないと考えて自分としては相当積極的に内容に取り組んでいった。不思議なもので、仕事の事でも到達すべき目標を明確に、具体的にしてみるとやろうとしている事の意味がしっかりと感じ取れるようになる。もし目標とするところを『本当』に実現させようと思ったら、素朴には些細と思われる事柄でも蔑ろにはしていけないのだ。



『マネージメント』



講師が繰り返し強調するこの言葉の『本来の意味』が段々と自分の中で重要性を帯びてくる。単なる『管理』ではなく『マネージメント』という言葉が使われる理由、そしてその実用性。それらを一言で説明する能力は自分にはないと思われるけれど、立場上そういう能力が期待されてゆく事になるんだろうなと感じた。



稀に見る『熱い気持ち』のまま午前の部が終わり、午後の日程は比較的短いので実質研修は乗り切ったようなものである。



「終わりましたね」



「そうですね。なんとか」



佐藤さんと言葉を交わしながら昼食のために移動を始める。その日は何となく『蕎麦』が食べたかったのもあり、暖簾が出ている店を探して入店。ゆったりとした畳の席に座して『天ざる』を注文し、湯呑で蕎麦茶と思われる飲み物を飲んで一息つく。



「失礼かもしれませんけど、今日は何だか熱心じゃなかったですか?」



この佐藤さんの質問にちょっと苦笑しながらこう答える。



「いやー、昨日の夜ちょっと自分を改めなければなと思うところを見つけまして…」



「そうですか。今日が最終日ですからそれもそうですよね…」



佐藤さんも『天ざる』を注文したのだけれどお品書きを見ながら「『ざるそば』でよかったかなぁ?」と呟いたりしている。



「そういえば佐藤さんは具体的にどういう仕事で独立しようと思ってるんですか?」



ちょっと気になっていた事を訊ねてみる。



「まあ、趣味を仕事にという事ですかね。内容はちょっとアレなんで秘密なんですが、今も副業みたいな感じで収入があるんですよ」



「へぇ…もしかしてクリエイター的な?」



「近いかも知れないですねぇ。今の時代は割と『何でもあり』みたいなところがありますから、需要があれば色々やってゆくつもりはあります」



「凄いなぁ…」



たまたま今回は一緒に居合わせた人ではあるけれど、考えてみるとこういう出会いも実は一つ一つが稀な何かなのかも知れないとちょっと思い始める。



「そういえば昨日最後に付き合っている人、マリアさんの話で何かあったんじゃなかったですっけ?」



「マリアさんとは交際関係ではないです…」



「あ、そうだったんですか?話を聞く限り付き合ってると思っちゃってました」



そこで蕎麦が運ばれてくる。別に店員さんを気にしているわけではないけれど、ややタイミングが微妙だったかも知れない。天つゆにそばを浸して口に運び先ずは味わう。次に小さめの野菜のてんぷらを選んで口に。つゆが甘めの店だったので完全に自分好みの味だった。



「その…マリアさんの事についてはちょっとしたオカルトというか、不思議な話なんです」



マリアさんは同僚である渡邉さん鈴木さんには話を伏せていたようだけれど、実際にこういう切っ掛けで出会った佐藤さんにオカルトじみた話をして引かれてしまうのは少し怖い。



「へぇ…オカルトですか。…興味あります」



これまで話している間、彼については『現実主義者』という印象だったので意外に感じる。



「そうですか。それならば話しますけど、マリアさんが二本松に来る前に見ていた『夢』の話なんです」



例のごとくマリアさんが二本松に来るまでの話と実際に二人で市内を動いて確かめた事の話をある程度ダイジェスト的に説明する。話し終えると、佐藤さんはそばを啜っていた手を止めてどこか遠くを見ているような表情になる。



「やっぱり変な話でしたか?」



不安になって訊ねると、



「いえ」



とかぶりを振ってからこう続ける。



「そういえば前付き合ってた人が『夢』についてなんか言っていたなぁって思い出してたんです」



「え…?どんな?」



やや彫りの深い顔を少し険しいものにしながら必死に思い出している様子で佐藤さんが言う、



「たしか、『夢』は自分が『そこに行きたい』と強く願った場所に行けるとか…たとえそれがこの世じゃなくても」



「この世じゃなくても?ですか…」



それはつまり存在すれば『パラレルワールド』も該当するという事になる。



「そういう話は聞いた事が無いんですが、その人は何でそれを知っていたんでしょうか?」



「僕も分からないんだけどね。彼女、不思議な人でしたよ。いつも本ばっかり読んでて、確か読書系のSNSで自分が読んだすべての本にレビューをして、件数見せてもらった時には2000とか行ってたような気がします」



「2000冊ですか!?どんだけ読んでるんですか!?」



「そういう人種を『書痴』というらしいんですが色んな事を知っているわりに、一緒に出掛けたりすると天然さんで、まあ可愛かったですけどね。話が段々と合わなくなってきて、彼女の方も別に一人で過ごしてても気にならないタイプだったから…」



この話を聞かされると想像だけが勝手に膨らんでいった。多分、眼鏡を掛けてるんだろうなとか、細身で華奢なんだろうなとか。そして猫を飼っていたというから『ぼっち耐性』は相当ありそう。世の中にはいろんな人が居ると常々思ってはいるけれど、実際上接点が無い人の事は知りようがないという事情も存在する。そういった存在する事は知っていても会って確かめた事のない人とか、この時代SNSの関係もそうだけれど無数に自分の中には例を見つけることが出来る。



「なるほど。なんか個人的にそういう人って我々が見えないものを見ているのかも知れないなって思う時があります。私はマリアさんから話を聞いたときに、最初はぼんやり<そういう事もあるのかな?>って思ってたかも知れないんですけど、本当にそういう事があると思って生きる事はまだできてないですね。受け入れられるかどうかもあると思うんですが」




「そうかもしれないですね…」



静かに呟いた佐藤さんのその時の表情がとても印象に残ったという事を記しておく。昼食後、会場に戻るまでの街並みの写真を何枚か撮影していた。実際のところ、一緒に歩いている佐藤さんがこの研修といわき市の印象になってしまいそうな感じで気持ちよく晴れた空の下、<いつかこの時のことを思い出したりするんだろうな>などと考えていた。




午後の日程も恙なく終了し、この後別な予定があるという佐藤さんとはそこでお別れになる。



「浅見さんに会えてよかったです。会社が同じ郡山ですから、何処かでまたお会いする事もあるかも知れないですね」



「こちらこそ、佐藤さんと隣でよかったです。もし何かありましたら連絡して下さい。あ、SNSに猫の写真載せるかも知れないので、もし良かったら見て下さい」



誰かさんを見習って佐藤さんにもちゃっかりアカウントを教えておいたのである。



「了解です。では」



「また」



荷物を片手に会場を後にし、駅付近に移動して方々への『お土産』を探し回る。高速バスの時刻目一杯まで悩みに悩み気が付くとかなりの分量になってしまっていた。後悔気味に到着したバスに乗り込むと、幸い席には余裕があったので事なきを得た。出発してから感慨深げに窓の外を眺める。



「そうだ。写真上げとくか」



思い立ってSNS上に先ほど撮影した街並みの写真をアップロードし『研修終了』と一言書き加えて投稿する。数分経って一つ「いいね」が付く。押してくれた『その人物』用のお土産をいつ渡すべきなのか、地味に悩ましいなと思ったりした。日持ちはするんだけど。

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