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ビジネスホテルで迎えた研修二日目の朝。何とも言えないテンションは爽快と捉えてよいのかその反対なのかコロコロと変わり易く、中通とは違った浜の方の温暖な気候が割と良い方に働いている感じがした。出掛ける前、深く考えずテレビを付けてみると全体的には『選挙』の雰囲気だなと感じられた。地元で選挙カーが走っているのを見てスピーカーからの声を聞いたりすると、時代が変わってもこういうのは変わらないんだろうなと思ったりするし政治は政治なのだけれど、SNS時代になって色んな意見を目にするようになると自分なりに態度は決める方がいいなと思うようにはなった。



ホテルから出て研修会場まで移動する間、街の様子をなるべく記憶するつもりで歩いてみたけれど半分くらいはそういう旅行気分もあっていいんだろうなと感じる。家族やマリアさん、後は職場の人に何のお土産を買うか考えたりしながら。




そしていざ研修が始まってしまうと、やはり何というか…という感じ。もともと説明する語彙がそれほど存在しないんじゃなかろうかと思われるくらい。とにかく要点を自分の中で整理しながら乗り切る事に集中していた。




前日と同じように佐藤さんに昼食に誘われ、どちらかというとそこからがその日の本題という感じもしなくない。



「昨日どこまで聞きましたっけ?確かあの猫を最近飼い始めたとか?」



「はい。飼う事に決めたのは一週間前ですね。前脚を怪我していたのを保護して病院に連れて行って、その流れで飼う事に」



「なるほど。以前飼われていたとかそういうのはあるんですか?」



「いえ、全く初めてですよ。家族と同居してるんですが、母は昔飼った事があるらしいです」



「うん。それなら大丈夫ですね。実は私も猫飼いたいなって思ってるんですよ。前に付き合ってた人が猫飼ってて、何だかんだ猫とのスキンシップの方が多かったかも」



「そうなんですか…」



猫の話だから前日よりもニコニコの表情で話す佐藤さん。付き合っている人よりも猫を選びそうな勢いという話をされると、話を自分の事に置き換えて想像してしまったり。それでもマリアさんと猫は流石に自分にとっては次元が違う。



「その猫は何処で見つけたんですか?やっぱり自宅の付近とかで?」



「いや、そうじゃなくって」



いわき市だからという理由で選んだ海鮮丼を賞味しつつ、佐藤さんに伝わり易い表現を探す。『マリアさん』の存在を説明するかどうかについてはかなり迷うところではあるが、この人になら教えても構わないだろうという判断になっていた。



「実は2か月ほど前二本松で外国人の女性と出会いまして、何だかんだでその人と交流が始まってですね、その人が住んでいるアパートの付近で怪我していた猫なんです」



「外国人の女性ですか?」



予想はできたがこの時、佐藤さんも食事の箸が止まってしまうくらいの驚きを見せた。



「はい。『マリアさん』という女性なんですけど、二本松に思い入れがあるとかで塾の講師をしてます。越してきたばかりなんですけど」



「ほぇ~!僕も親戚が二本松にいるから結構知っているつもりだったんですけど、そういう人が住んでるんですね。時代は変わりましたね」



「まあ私も驚かされることが多いですよ。二本松に親戚との事ですが、どのあたりに住んでるんですか?」



「あー、安達ですよ。あのあたり最近開発が進んでいるような感じですね」



「なるほど確かにあそこは激変しましたね。でも市内も結構変わって来てますよ。まあ変わらない部分も多いですけど」



「やっぱり外国人はそういう部分に惹かれたりするのかな?ビジネスチャンスだとは思うんだけど、なんか需要を掴めてない様な感覚はありますね」



「まったくですね。インバウンド向けとか、やたら言われてますけど結果が出るのがいつになるかって感じもしますね」



いつの間にやら研修に絡んだ話題に変わってはいったけれど、それはそれで自分が常日頃感じている内容を誰かと共有できたような気がして嬉しかったのは確かである。その時、どうせなら『オカルト』に寄ったマリアさんの夢の話も共有してみたくなった。



「実は、マリアさんという女性についてまだちょっとした話があるんです」



「え…?なんです?」



「それはもしかすると…最終日にとっておいた方がいいのかも知れませんね?」



「なるほどなるほど…」



その時、スマホが小さく振動。確認してみるとマリアさんが猫とツーショットを決めている画像が送られてきていた。



「ほら、これがマリアさんという人です」



「うわ!美人じゃないですか?いい笑顔だ」



「なかなか強烈な個性の人ですよ。我々と同世代なので話も合うんですが」



「いや…女性はパワフルな人が多いですからね」



「前付き合ってた人はどんな人だったんですか?」



「うーん…なんかこう…不思議な人でしたよ。捉えどころがないというか…今何してんだろうなぁ?」



私も私でその人の話を聞いてみたくはなるが、配慮はした方がいいだろうなと。考えてみると私はコミュニケーションというのは基本的には好きな人間である。何だかんだ心の中のモノローグが多い日もあるし、そういう日は誰かと話してみたい気持ちなのかも知れない。その反面、世の中の事は分かり切っているどうしようもなさが構造的にあったりするからどこかで会話というのはそこを確認して終わってしまう『流れ』なのかという気もしなくない。それでも、ちょっとした糸口から何かが開けてゆくかも知れないという期待を込めて、語りだしてみる。目的なのか手段なのか分からなくなるくらいに充実している時間が時として訪れるのは確かだし、『コミュニケート』という言葉の通り、佐藤さんと私はこの時も何かを通じ合わせたんだろうなと思う。




その機会がそう多くないだろうと思われる一期一会的な場面も、残すは最終日となる。




慣れが出てきたのか午後の日程は比較的短く感じられ、その日は飲みにでも出かけようかなと思ったけれどいざ終わってみると『休みたさ』の欲求には敵わないという事に気付き、すっかり戦友のような気持ちになっている佐藤さんに挨拶して静かにホテルに戻った。早めに温泉に入り、時間になって夕食をいただいてから一人ホテルの一室で買ってきたつまみを頬張りながら缶ビールを一本開ける。



<正解でもないような気がするけれど、これも正解なんだろうな…>




一人になった時にこそ自分の素を確かめることが出来る。マリアさんを始め、佐藤さんに至るまでの人間関係は大分広がってはいっているけれど、相変わらず『煮え切らない』ままの部分はそのままという感じ。その時、『煮え切らない』という言葉は英語で言うと何に当たるんだろうか、と思いネットで検索してみる。



「『noncommittal』。コミットしていない感じか…」



調べていると『中途半端』とか、『どっちつかず』も合わせて表現で出てくる。「まあそうなんだよな」と思いつつも、それを重々理解して自覚しているこの意識まで合わせたちょっと不甲斐ない感じも含めた自分は何なんだろうかと思ったりする。正直、こういう場面でマリアさんの事が浮かんでくるし、家族となった猫の事ももちろん大事なのだけれど、ちょっとした本当にどうでもいいことをマリアさんに話してみたくなるこの心は本当、自分でどうしたらいいのかよく分からなくなる事がある。




「あ…もういいや…」




気付くと殆ど止められない勢いでスマホを操作している。マリアさんの連絡先が表示され、勢いでタップしてしまった。



『はい?もしもし?タクマくん?』



『あ、ごめんなさい。今大丈夫でした?』



『大丈夫ですよ。仕事が終わって家に着いたところです』



『あ、そうでしたか。そういえばマリアさんと電話で話すのってあんまりありませんでしたね…いつもDMだったし』



『そうですね。タクマくんの声、電話からだとちょっと『ロー』、低く聞こえます』



『マリアさんはあんまり変わりませんね。今、俺ホテルに居て一人飲んでます。明日が最終日なので、お土産でも買っていきますよ?何が良いですか?』



『OH、サンキュー。出来れば『お酒のつまみ』があるといいかなと思います』



<そうきたか>と思い、「ふふ」と笑ってしまった。



『なんで笑ってるんですか?』



『いえ、その…マリアさんと話してると自分も何だか調子が出てくるなと思いまして』



『タクマくん、もしかして寂しいんですか?ロンリー?』



『あ…そういうわけではないんですけど…やっぱり一人になると誰かと話したくなる時もありまして』



『…タクマくん、わたしはいつでもウェルカムですよ』



それをどう受け取ったらいいんだろう?



『俺も正直、マリアさんならウェルカムなんですけどね。マリアさんって『煮え切らない』って日本語知ってます?』



『聞いた事はありますね。中途半端って意味だったと思います』



『そうですね。さっき英語を調べたら『noncommittal』って出てきて、つまりコミットしていないって事なんですね』



『ザッツグレイト!タクマくん、英語に興味が出てきましたか?』



『まあ、結構興味は出てますね。というか最近、ダイエットのCMとかで『コミット』とかよく使われるじゃないですか。要するに『コミット』するかどうかって、まさに煮え切らなさそのものなんですよ」



『なるほど…深いですね』



『もし俺が物事にしっかり『コミット』していったら、しっかり結論出すと思うんですよね』



『結論…ですか』



その『結論』という言葉をこの場合は意味深な方に受け取ってもらいたい気持であった。



『そうです。でも逆に『コミット』させてくれるような…抗いがたい何かも必要な気がするんですよね…独り言ですけど』



『面白い表現ですね。英語だと…ちょっとムズカシイですね…』



『とにかくですね、俺はこの『コミットしていない』性格を何とかしようと思います』



『ふふふ…』



マリアさんが堪え切れないといった様子で電話越しに笑っているのが聞こえる。



『なんか変でしたか?』



『いえいえ…タクマくんのそういう所がとてもユニークだなと思います』



『ユニークですか?』



『もしかすると…『オンリーワン』かも知れません』



『英語って一杯表現ありますよね…ほんと、困っちゃう…』



『日本語も同じです。『微妙』に違う言葉が一杯です』



話しているとコミュニケーションなのか言葉の勉強をしているのか分からなくなってくるが、お互いに伝えるべきことは伝えている気はする。その後も少しこういう話が続いたけれど、流石に切り上げた方がいいなと思い、



『じゃあ、とにかく明日マリアさんのお土産しっかり買っていきますので』



と伝える。



『また家に来て下さい』



そんな感じ。

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