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急遽必要なものがある時にはやはりあの倉庫型のスーパーが便利である事を実感する。今回も、普段はそこまで意識していなかった動物用の餌などが置いてあるコーナーが思いのほか広々としている事に気付き、色々あり過ぎて逆に迷うところではあったが経験者の母の助言に従い当面必要な物を赤い買い物かごに順次乗せてゆく。



一番意外だと感じたのは『猫のトイレ』についてである。なんでも猫は綺麗好きだからという事で簡易でも猫用のトイレを用意すればそこが自分用のものだと理解するとの事。それ用の『砂』も形状や素材など種類が豊富で何が一番いいのかよく分からなくなったが家の中の様子を思い浮かべた結果『消臭』を強調しているものに決定して、プラスチック製のトイレもしっかり選ぶ。



「あとは…玩具…はまだいいか…」



母がボソッと呟いた言葉が何となく意味深。『まだ』という事はいずれ用意するという事を含意しているはず。正直、この時には決心はついていないものの現実的な解決の可能性はそこまで多くないという事は明らかだなと感じていた。



<だって、こういう状況になったらねぇ…>



まるで誰かに同意を求めるような言葉が胸のあたりで存在を主張している。いっそこれは神さまの思し召しと受け取った方が色々了解できそうで、それこそ他ならぬマリアさん絡みの話だからもはや運命と諦めた方がいい。いや、自分としては猫を飼う事について全然抵抗はないけれど、どんなことであれ『責任を持つ』という事はそれなりに決意が必要であると感じる。



「こんなもんかな。明日の朝、病院に連れて行かないといけないよ」



そこそこ真剣な表情で私を見つめる母。この言葉と表情には『生き物を飼う』という事の『重み』が含まれているのを感じる。



「大丈夫。俺行ってくるよ」



「お願いね。そしたら多分、ケージも必要になるね」



と言ってカゴに入りきらないケージを持って行くように言われる。時間帯的に少し混んではいたが会計を済ませ全体で1時間程で帰宅することが出来た。



「お帰り」



「おかえりなさい」



リビングでマリアさんと父が猫を見守っている。ちょうどグラスに注がれた水をチロチロと舐めている姿が見える。買い物に行く直前の食事は何だかバタバタしてて紹介もままならない感じではあったが、今はマリアさんも大分くつろいでいる感じなのでちょっと安心である。猫のトイレを用意しつつ、猫用のご飯を新品の容器に盛って猫の前に差し出すと最初はちょっと戸惑っていたが食べ物と分かって一気にがっつきはじめる。



「お腹空いてたんだね」



父が一言。



「猫が食べるところって可愛いんだな…」



「ベリーキュートですね」



「マリアさん、卓馬がその子を明日動物病院に連れて行きます。大丈夫?」



「OH…とても感謝します…あ、そうだ…わたしも連れて行ってもらえませんか?お金の事がありますので」



「そうね…卓馬、どうする?」



マリアさんの申し出は彼女の心情を想像すれば自然だろうし私としても断る理由はない。



「マリアさん予定とかは大丈夫なんですか?」



「授業は午後からです。なんとかなります」



この時のマリアさんの瞳や表情は決意に漲っていた。



「じゃあ、卓馬。今日はマリアさん家に送んなさい。マリアさん、今日は大したおもてなし出来なくてごめんなさいね。猫の事は大丈夫です。今度また是非遊びに来て下さい」



「ありがとうございます」



マリアさんは母に深々とお辞儀をした。後から母に聞いた話ではあるが、この時のマリアさんの礼儀正しい様子は母の外国人に対する認識をも改めさせたらしい。ちなみに父は「本当に目の色が青いんだな…すごいなぁ…」と私に話す事があるが、こうして考えてみると私個人どころか浅見家自体が外国人との接触があまりなかったのだなと思う。




猫が徐々に家に慣れてきたのを確認してマリアさんをアパートに送る。車内で、



「タクマくんあの子、なんて呼べばいい?」



と訊ねられる。もう流石に外は真っ暗で視界に入るものが少ないが、走行している車もほとんど無い。ここまで静かだと余計なことも浮かばないものでやや考えてから、



「『ソラ』とかどうですか?なんとなく」



と言うと、



「『ソラ』ですか。スカイですね」



マリアさんはただ日本語を聞いて英語に直しただけなのだがその『スカイ』という響きを聞いて、何か天啓のように感じた。



「もしかしたら『スカイ』の方がいいかも知れませんね。あ、しかもカタカナじゃなくてひらがなで『すかい』とかだったら良くないですか?」



「キュート!いいですね」



マリアさんは他意があったわけではないけれど名前を考えてしまうと人間当然愛着も湧いてくる。



「マリアさん。俺、あの猫飼う気持ちありますよ。いいですか?」



「タクマくん…」



マリアさんは何だか申し訳なさそうであるが、この時こんな話をしてくれた。



「わたし、こっちに来て最初にできた友達が「すかい」なんです。夢で見覚えがある町だから、全然心配は…NO…本当はちょっとだけ心配があって、そしたら「すかい」がわたしに近付いてくれて。タクマくんと会ったあの日も「すかい」と挨拶して神社に向かったんです」



「じゃあ、俺が最初の友達じゃなかったんだなぁ…」



ちょっと冗談気味にマリアさんの言葉を引き継ぐとマリアさんが、



「タクマくんはわたしの…」



結局その後は沈黙になってしまったけれど、彼女はその後どういう言葉を続けるつもりだったのだろう。本当にこの夜の静かだけれど不思議な雰囲気は茶化してしまうには勿体ないものだ。目に見えない何かを心に感じながらマリアさんと別れ、家に帰ってからは白猫に「すかい」と呼び掛けてみたり。




その夜に見た夢は何だかちょっと不思議な世界に迷い込むような印象的な夢だったことを記憶している。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



翌日の朝、マリアさんを連れて市内のやや辺境に位置する動物病院に向かう。心配で『ちょっと眠れなかった』というマリアさんだが今日はどちらかというと普段着に近い格好で現れ、社内ではケージの中で少し不安そうにしている「すかい」に寄り添っている。時々ケージの中から切ない鳴き声を出すので心苦しかったが、猫の為を思うとなるべく静かに運転するのがいいなと感じた。




実は動物病院はこの間岳温泉に向かった道の途中で看板が出ていて、その道を通れば比較的分かり易い。マリアさんもその事に気付いたようで到着するなり、



「こっちにあったんですね」



と感心したように言った。土地勘が無い場所でもこうやって徐々に地域の様子を確認して行けばかえって都会よりも位置関係は分かり易いかも知れない。そこからの出来事についてはやや笑い話という感じで、かなり手練れという感じの獣医さんのペースで即日の手術と数日の入院が早々に決定。幸い軽度の骨折なので手術自体にそこまで費用が掛からないとの事ではあるけれど入院費など含めるとやはりマリアさんと折半するのが無難そうだった。



「マリアさん、お金は俺も出しますから…」



「NO!ここはわたしが出さなければならないと思います」



だがこのようにマリアさんが断固として譲らない。この姿勢はキャラクター的な事を考えると意外な気もするのだがさすがに今回は事情が違うんだろうと思う。



<いやむしろ金銭管理がしっかりしている…という事では一貫しているのか…>



やや失礼な事が浮かんでしまってはいたが、そういう所も含めて段々と『人間的に』マリアさんというを人を好きになっている自分に気付く。それはそうとマリアさんがこの時ポーチの中から何かを取り出したのを見た。そしてそれには見覚えがあった。



「あ、それこの前買ったダイアリーですね!」



「イエス!」



同じく取り出した黒いボールペンでそこに何かを記入してゆく。チラッと見えたのは英文…。



「日記ですか?」



「NO、見ちゃダメです。プライバシー」



「大丈夫ですよ。筆記体のようですし、俺読めないですから…」



「ah hah。タクマくん、レッツスタディー!」



「マリアさんがティーチャーになってくれれば覚えられるかも…」



冗談気味に言った言葉ではあったがマリアさんすごい勢いで、



「授業料は取りますよ」



と一言。マジのトーンなのでマジなのかも知れない。流石だなと感じた。

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