㉘
マリアさん宅のパーティーの翌日は月曜という事もあるけれど朝から何となくフワフワとした感覚があり、二日酔いという事ではないので気合を入れ直さないといけないように感じていた。移動中のBGMもFMでニュースを聞きながら現実感を取り戻すよう心掛けていたが、元号が令和になって以降社会では中々にヘビーな話題が起こったりしていた為逆にまた真面目モードになってしまい、土曜日に占い師に貰ったアドバイスが薄れていた。
そしてそこからの数日間はうんざりしてしまうような話題が続いたためか職場でもある女性の同僚がいかにも『やれやれ』といった表情で、
「なんだか色々ガッカリしちゃいますよね」
と話題について同意を求めてくるような展開が多くなり、
「ほんとそうですね」
という返事をするしかないという状況だった。逆にそれ以外の良い話題がないか的な質問をされることもあり、
『あ、そういえば日曜の夜友人宅でパーティーをしました』
みたいにちょっと迂闊に喋ってしまったところ、特に女性陣が色めきだってしまい根掘り葉掘り訊ねられて結構どころではなく困った。何に困るかというと『説明の仕方』である。パーティーで鈴木さんにも指摘されたようにもともと真面目に見られるタイプでだからこそ話題をあまり期待されていないタイプの人間なので質問攻めに慣れていない事もあるけれど、『外国人の女性』という部分は暈しておかないと収拾がつかなくなりそうな気配ですらあった。だからマリアさんの事は詳しく語ったわけではないけれど、
「浅見さん、その友達落せますって!」
という謎のお墨付きを貰ったりして(男の同僚から)、『進展があったら教えてください!』と凄い熱量で言われたりして、本当にどう対処したものか困ってしまった。ただ今後マリアさんを引っ張ってゆく気概を持つべきだと感じてはいたので、休憩時間などに彼女に『昨日は楽しかったですね』とか短いDMを送ってみたりして、なるべく積極的に動いていったと思う。近々研修の予定が入っているという事以外はしばらく仕事自体は平常運転でマリアさんについては週の中頃に、
『期末テストの時期なので結構ハードです。でも生徒の為に頑張んなくちゃ』
というメッセージを貰っている。金曜日になると流石にマリアさんと会う時間が作れたらいいなとか思うようになってきたが、いかんせんどういう名目で誘ったらいいのやらという感じ。だがいつもの時間に帰宅して夕食の準備を手伝っていると、
「あら?あなたのスマホじゃないの?」
と母が何かに気付いて知らせてくれた。この時間帯にスマホに電話が入るのは比較的珍しいが、その相手を見て更に驚く。
「あら、マリアさんだよ…どうしたんだろ?」
何となく嫌な予感がするので急いで通話ボタンを押すと、
『あ、タクマくんですか?今大丈夫ですか?』
とちょっと慌てた声。ただならぬものを感じて、
『大丈夫ですよ。どうしたんですか?』
と伝えると、マリアさんは少し動揺しているようなトーンで、
『えっと、猫が…あの、猫が足にケガをしていて…わたしどうしたらいいか…』
『え…?猫ですか!?』
「猫!?」
何故かここで私の言葉に反応した母。
「卓馬、こういう時に『猫』って事は事情を考えると助けてって事だから行ってきなさい!」
そういえば母は昔実家で猫を飼っていたらしく結構詳しい。テレビで猫の特集をやっていたりすると「かわいい…癒される…」など繰り返していたりもする。ともかく母の言う事に信憑性を感じたので、
『分かりました。とりあえず今すぐそっち行きますから、猫から目を離さないようにして下さい』
『お願いします…』
と急遽マリアさん宅に直行する事に決定。母からのアドバイスで倉庫にあった段ボールと、タオルを何枚か持って車に乗り込む。母が『もし何かあったら家に連れてきても大丈夫だから』と言ってくれたのは頼もしかった。
十数分後マリアさん宅に到着し、荷物を持ってマリアさんのアパートのチャイムを鳴らすが反応が無い。
「あれ…?」
そこでマリアさんに電話してみる事にしてスマホを見ると既にDMで、
『アパートから駅の方にちょっと歩いた所に居ます』
とあった。なるほどと思い、少し薄暗い道を急いで現場へ向かう。5分くらいで電柱の近くにしゃがみこんでいる人の姿を認め、すぐにそれがマリアさんであるという事が分かった。
「マリアさん!!」
「サンキュー、タクマくん。わたしどうしたらいいか分からなくって…」
すぐにマリアさんが見守っている猫の姿を見る。『あっ』と思ったのは、それがこの間の日曜日にここを通りがかった時に姿を見た白い猫だという事である。これも何かの運命だろうか。
「俺、この前確かにこの辺りでこの猫見かけました。首輪をしていないところを見ると野良なんですかね。でも全然逃げないですね…ああ前脚を怪我してるのか…」
外傷はないようではあるが前脚を骨折しているのか上手く立ち上がれない感じで、マリアさんの方を見て時々「にゃあ」と鳴いている。するとマリアさんからこんな話。
「わたし実はこの猫と毎日挨拶してたんです。こっちに来てからすぐに見つけて身体を撫でさせてくれたりして、懐いてるんですかね」
「そうだったんですか…。それだと見捨てるわけにはいけませんね。よし、一旦俺の家に連れて行きます」
「え…?大丈夫なんですか?わたしはアパートだからお願いできれば嬉しいんですけど」
「母親が昔猫飼ってて、さっき家に連れてきてもいいよって言ってくれました」
「OH、サンキュー。お母さんにお礼言わないと…そうだ!」
「どうしたんですか?」
そこである意味衝撃の言葉。
「わたしもタクマくんの家に連れて行ってください!!」
「え…」
一瞬思考停止。だがすぐに緊急事態だという事を思い出し、
「分かりました。じゃあこの段ボールに…あ…タオルに包んでこの猫入れましょう」
と移動の準備に取り掛かる。猫が痛くないようにしながらだったので苦戦はしたがなんとか段ボールに収める事ができたので逃げないようにマリアさんに持ってもらって車に誘導する。停めてある車に乗り込んでからも猫が動揺しないか心配だったのでマリアさんは猫と一緒に後部座席に乗ってもらった。地味にこれも初めて。
「タクマくん感謝します」
「もしかすると明日動物病院に連れてゆく必要があるかも知れないですね」
「リアリー?ああ、どうしよう…この辺りにあるんですか?」
「確かあったと思いますね。どっちにしろ車でないと行けないですね…」
「OH…」
何となく申し訳なさそうな様子のマリアさん。まあ自分が同じ状況にあったら同じことを思うだろうから、あまり気を遣わせたくない。その時私の脳裏にある一つの解決策…『最終手段』が浮かんでいたのは事実である。家に辿り着くと、
「ここがタクマくんの家ですか…初めてです」
「まさかこういう風にマリアさんを呼ぶとは思ってなかったですが、とりあえず家の中に」
「ただいま」
「お邪魔します…」
玄関の中に入ると並べてある靴の様子から父も少し前に帰宅したところだと気付く。母が玄関の方にやってきて、
「どうも、こんばんは。貴女がマリアさんですね…あっ…白猫」
と対応してくれる。それからはマリアさんを手短に両親に紹介して、マリアさんはマリアさんで恐縮してしまっている感じだったが母は猫の事を大切に思うマリアさんにかなり好印象を抱いていたらしく、
「よかったらマリアさんもご飯食べていかない?」
という思ってもみない展開に。父の方は外国人という事でちょっと動揺していた感じではあるが色々事情を知らされて、
「うん。猫の事は任せてください。あと卓馬はご飯食べたら猫に必要な物買って来い」
とテキパキと指示してくれる。猫の食事の事は完全に失念していた。マリアさんが不安そうに、
「わたしもタクマさんと行った方がいいでしょうか?」
と訊ねると母が、
「どうやらこの猫、マリアさんに懐いているみたいだから側にいてあげて。わたしが卓馬と店に行けばいいよ」
と名乗り出てくれた。この協力体制に感動しつつ速やかに夕食を済ませる一同。猫も安全な場所で安心し始めたのか段ボールから出て隅の方ではあるがマリアさんの愛撫を受けながらゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「猫ってああいう風に懐くんだな…」
感心していると、
「じゃあ買いに行きましょう」
と母にせかされる様に家を出た。地味に家の中にマリアさんと父と猫だけになるけれど、私と同じで気真面目そうな顔つきではあるが割とオープンマインドな父だから何とかなるだろうという感じ。何より、母と猫動画を見て嬉しそうにしている人なので。




