㉗
酒盛りをしながらジェンガの余興はその後数回続き、結果はマリアさんと渡邉さんと私が順番に罰ゲームをする展開になった。ここで気になったのは鈴木さんの本気度である。どうしても罰ゲームをしたくなかったようで、多分プレイ中酒の分量は一番少なかったと思われる。
「あぁ…良かったぁ」
ほっと胸を撫でおろしている鈴木さんと目が合うと「ふふ…」とまたクスクス笑い始めるので、
「そんなに可笑しかったですか?俺のギャグ」
と訊ねるとこんな答え。
「いや、卓馬さんなんか真面目そうに見えるから、ギャップが面白くて…」
「あー、確かに真面目そうって言われますね。でも俺、動画サイトの変な動画とか見てケラケラ笑ってるタイプの人間ですよ」
「そうなんですか?え、ちなみに最近のでおススメってあります?」
とても滑らかにこういう流れになったので、少し前にはなるけれど例の『ダンシング・クイーン』という曲が使われたMAD動画をスマホに表示させて鈴木さんに見せる。
「え…?なにこれ?ヤバーい!!」
分類としてはハイテンションと勢いで笑わせにくる動画であるが、割と古典的であるミームだと思っていて面白いと感じるか感じないかは個人差があるような気がする。鈴木さんが、
「やっぱり卓馬さん意外です。でも曲はいいですね。これなんて曲でしたっけ?」
と反応するとマリアさんが得意げに、
「ABBAの『Dancing Queen』です!」
と英語の発音を完璧にして曲名を教示した。
「『Dancing Queen』ね」
倣うようにして鈴木さんも正式な発音で繰り返す。
「おお、やっぱり発音すごいですね。英語話せるようになりたいなぁ…」
ぼそっと呟いた一言に渡邉さんがつまみを口に運びながら一言、
「卓馬さん。日本人なら日本語をしっかり学ぶことが大事なんですよ!」
そこから結構な『熱さ』で現在の日本語教育について語り始める。文科省がどうとか、受験のシステムがどうとか。
「渡邉さんアツいですね。すごくハキハキしてるし、なんか尊敬します」
「卓馬さん、今度二人で飲みに行きましょうや!」
恐らくは意気投合したと思われる。それはそれとして現代のパーティーらしく、それぞれがスマホを手に持って色々操作しながら会話をするシーンが結構あり、例に漏れず私もSNSをチェックしたりしながら何となく『ゆるい』時間があっという間に過ぎていった。3時間程して、
「結構時間経っちゃいましたね。皆さんは電車だったりするんですか?」
と訊ねてみると鈴木さんは本宮方面で電車、渡邉は歩いて帰れる距離との事。
「わたしもう少ししたら出ます。授業は午後からなんですけど、その前の準備とかいろいろあるんですよ」
「なるほど。マリアさんは?」
「わたしは安達駅の方にある塾です」
「ああ、そういえばあそこに出来てましたっけ」
「俺は二本松です。実は今日の午前中が仕事でした。午後からはお馬さんのレースを見てて…あ、そうだ卓馬さんも福島競馬場行きましょうよ!そんでビール飲みましょうよ!」
結構ぐいぐいくる渡邉さん。勢いに押し切られそう。
「誠くん、ちょっとは遠慮しなよ…まったく…」
すかさず鈴木さんがツッコミに入る。なんとなくこの二人の雰囲気が良いように感じられるけれど渡邉さんの人柄を考慮すると、なかなか困ってそう。私が、
「ちょっと行きたいかも…」
と反応すると今度はマリアさんが、
「タクマくん!ギャンブルは儲かりません。オネエさんは許しません!」
と微笑みながらもちょっと凄みを感じる語気で言う。
「マリアさんって時々『おかん』っぽいんだよなぁ…」
関係性からすると地味に渡邉さんはマリアさんに弱いっぽい。『おかん』という言葉に引っかかったのかマリアさんがここで、
「NO!わたしは『会長』でーす!」
と得意満面で、しかもこちらを見てにやりとしながら言い放った。『会長』という私とマリアさんにとっては特別な意味を持つ言葉をここで出されて、流石にたじろいでしまった。
「え…?なんでマリアッチが『会長』なの?じゃあわたしは副会長?」
突然の事で混乱したように鈴木さん。説明するとドツボなので「それは、まあ雰囲気ですかね…」と曖昧に誤魔化す。「ふふふ」と笑っているマリアさん。何だか笑顔が絶えないパーティーではあるが、最後に仕返しをされた感。この辺りで大体パーティーがお開きになって、渡邉さんと鈴木さんと連絡先を交換し合ったりをする。
鈴木さんが電車の時間で先に帰る際、
「今日は楽しかったです。卓馬さん、マリアっちを頼みます!」
とどういう意味に取ったらいいのか分からない言葉を貰い、
「そうですね。なんとかマリアさんを手助け出来たら」
と答えておいた。おそらく外国人が二本松で生活する事についての知識があるからだろう、鈴木さんは本当にマリアさんの事を思いやっている様子が伺われる。…そういうニュアンスじゃないのかも知れないという可能性については一旦保留しておく。野郎二人が残っても何となくアンバランスな感じもあり少し経ってから、
「じゃあ、俺も今日は家帰って風呂入って寝ますわ。ふふ」
と渡邉さん。ここで電車までの時間の兼ね合いとテーブルの様子を見て『片付けを手伝う』という発想が出てきた私。その旨を二人に伝えると、
「ズルいけど、今日は卓馬さんにお任せします」
と玄関を出て行った。二人だけが残された部屋は何となく寂しく感じられるのはやはり仕方のない事なのだろう。マリアさんも、
「静かになっちゃいましたね」
と一言。普段は陽気な…陽気に見えるマリアさんがこういう風なテンションになると何というか『男』としての気概が出てきてしまうという事が結構ある。
「マリアさん。今日は本当に楽しかったです。またやりましょうよ」
キッチンに皿を運びながらマリアさんに声を掛ける。そこで優しく微笑んだ彼女の表情を見て、何か深い感情が自分の中に生まれたのを感じていた。
「あの、なんつーか、野暮ったい話にはなるんですが…」
ほとんど意識しないまま自分の口から言葉が流れてくる。
「マリアさんはそのマリアさんのままで絶対にいいんですけど、なんというか、もし心細いなぁとか思うような事があったらいつでも連絡して下さい」
「タクマくん…」
自分で言ってて<それはどういう意味なんだ?>と考え始めてしまう私。マリアさんも『その続き』を待ち構えるような表情でこちらを見つめている。その青い瞳が本当に彼女は異国から来た人で、その人がこういう風に色んな事を乗り越えながらここに居るんだなという、もしかしたら勝手な想像が頭の中を駆け回る。ただそのイメージにも一理はあるはずで、実際マリアさんの生まれた場所の名を聞いた事にも私の印象が無かったように、『縁』という概念を用いれば本当に日本という国、二本松という場所が彼女との何を繋いでいるのか、それが凄く不思議なもののように思われてくる。母国にいる家族とか、都会で別れた友人とか、そういう私には見えていない部分もマリアさんにはあって、その上で今日もどちらかというと私を引っ張ってくれたという事には感謝しかない。
本当は私が引っ張ってゆくべきなんじゃないか?
「あ…そうだ。今度は俺から何処かに誘っていいですか?具体的に場所が浮かばないのはあれですが」
「オフコース!もちろんオーケイです」
「そ…そうだな…どこがいいだろう…」
勢いで言ってみたもののその後は急激にイメージが萎んでしまう。我ながらこういう所が嫌になる。そういう様子から何かを感じてくれたのかマリアさんがそこで悪戯っぽくこんな事を言う。
「そういえばタクマくんは『会長』の何処が好きなんですか?」
「えっと…キャラクターの『会長』の方ですよね」
他に何があるというのか。結構この話題で引っ張るなぁと思うけど、よくよく考えてみると放送当時から『会長』が琴線に触れていたのは何でなのか割と自分では説明できない。
「あ…なんか声優の関係もあるかな…『会長』の声優さんって声が凄く好きで、なんかあの声で命令されたいような…っていうかそういう別なアニメがあってですね…」
しどろもどろ。
「それから、なんとなく『聖母』みたいなところを感じるからですかね?もちろんビジュアルも好きですが」
「『聖母』。マリア様ですか…」
「あ…マリア様ですよね…」
個人的に微妙な心情だったのだがマリアさんが何かに凄く疑問を感じたようでこんなことを訊かれた。
「ちょっと疑問なんですが、私は『聖母』と『おかん』のどっちっぽいですか?」
キッチンで皿を洗ったりゴミを捨てたりが大分終わった所。キッチン周りは綺麗ではあるけれどしっかり自炊している人特有のグッズの配置とか整理の仕方に生活臭が漂っていたからだろうかその場で感じたのは、
「今は『おかん』ですかね…」
であった。微妙な表情で首を傾げているマリアさん。その仕草も『おかん』っぽい…とは言わないでおいた。




