㉖
「「かんぱーい!!」」
参加者が揃って料理がテーブルに並んだところでそれぞれのグラスにシャンパンが注がれ、そのまま乾杯の音頭が取られる。『マリアさんの歓迎パーティー』という名目のようで、初めにマリアさんからパーティーに集まってくれた事を感謝する挨拶と、『皆さんこれからもよろしくお願いします』という改まった言葉が述べられた。料理はサラダやローストビーフ、カナッペなど洋風でつまみやすい食べ物が多かったが、その中に郷土料理の「いかにんじん」が並んでいたりするので自然と飲みの席なのだなという感じがしている。
「この『いかにんじん』はマリアさんが作ったんですか?」
なんとなく訊いてみると鈴木さんが、
「あ、それわたしです。マリアっちが食べたいっていうので」
と名乗り出た。その話を聞いてみると、どうやら以前どこかの店で飲んだ時にお通しで出されたとの事。二本松というか福島に来て日が浅いマリアさんはその時このシンプルだが味わい深い料理を知らなかったらしく食べてみてちょっと感動したらしい。
「美味しいです。トラディショナルな料理なので歴史を感じます」
「トラディショナルですか」
カタカタで言われるとこの見た目素朴な料理に箔が出るような気がするのは何故だろうか。作り方が上手なのか、にんじんの甘さといかの旨みがマッチしていて食べやすい。
「マリアさんは『のんべえ』だから好きな味だよね」
何故か既に半分出来上がってるようなテンションで渡邉さんがぶっちゃける。パーティーの名目ではあるが途中から<明らかにこれは飲み会だな…>と察せられて、それを象徴するかのように飲み物もワインからビールへ、ビールから日本酒へ自然にシフトしていった。
「マリアさん、これが二本松の地酒ですよ!」
「ワオ!」
後で聞いたのだが渡邉さんも地元の人で持ってきた地元民が愛する銘柄の酒はこの日は特に美味しく感じられた。ほよろい気味にポーっとしていると鈴木さんが凄く嬉しそうにこんなことを求めてくる。
「マリアっちから話は聞いてるんですが、卓馬さんとマリアっちって神社で出会ったんですよね?その時の話を詳しく!」
「え~!」
何故かマリアさんが恥じらうような素振りで声を上げる。いや…隠すほどの話ではないと思うのだが、この場でこういう態度を取られると意味深な感じになってしまうのが困る。前日の別れ際に爆弾発言みたいなことをかましたばかりであるから、マリアさんに意識させてしまっているのかも、と思い始める。
<ここは慎重に説明した方が良さそうだな…>
と本能的に察知して、
「銀行行った日に神社に寄ったんですよ。あの階段上って「しんどい」って一人で呟いたら、後ろから「何言ってんの若者が!」とか言われたんです」
敢えて乾いた感じに説明する。
「え…?そうだったんですか?」
鈴木さんも渡邉さんも釈然としない表情を見せているので、おそらくマリアさんは話を『盛った』のだと思われる。見ると彼女は「ぶー」とふくれている。
「俺が聞いた話だとマリアさんが来たばっかりの頃、神社でナンパされたって話でしたけど」
「ランチに誘ったのは事実ですけど…ファミレスで、マリアさんの『夢』の話を聞いて」
「「夢?」」
マリアさんの不思議な体験の話をしようとした時、二人の最初の反応で何か違和感を覚える。マリアさんは「あ…」という表情をして、
「ドリーム…アンビションの事です!これからの夢の話をしたんです」
と何故か『あの話』を回避するかのように説明する。怪訝に思ってマリアさんの方を伺うと、流石にこれまでの付き合いから分かる『いいから話を合わせて!』というようなアイコンタクトを貰う。
「えっと…そうなんです。それで『俺も何か協力できないですか?』って事で…」
「関係が始まったって事なんですね!」
鈴木さんがうんうん頷いて何かを納得したよう。というかこの話の流れだと、マリアさんをランチに誘ってマリアさんの夢を叶える手伝いをしたいと告げたという解釈になる。
<それはつまり…>
思い至った瞬間、私は席を立ちマリアさんを連れて奥のキッチンの隅の方に。
「マリアさん、もしかして『あの話』、二人にはしていないんですか?」
意図せずそんな風に耳打ちするようなカタチになったけれど、切迫感からかその時は気にしていなかったと思う。
「だって変な人に見られるかもって思っちゃたんだもん…」
困り顔で私を見つめるマリアさん。もともと白い肌が赤く紅潮していて、彼女も半分くらい出来上がっている感じで変なテンションである。
「え…そこ気にするんですか…」
じゃあ何で私には話したんだろう?など疑問が次々とやってくるが、あまり二人だけの時間を作ってしまうと更に『意味深』に思われてしまうのでそこでさっと席に戻った。
「あ、すいません。マリアさんがどういう風に俺の事を紹介しているのか疑問に思ったので…」
「大丈夫ですよ。すごく『いい人』だって聞いてますから!」
鈴木さんが保証してくれるのだが食べ物を口に頬張りながらの発言だったので、何となく不安な感じ。これは個人的にちょっと流れを変える必要があるな、と思い『秘密兵器』を投入することを決定する。背負ってきたリュックの所に移動し、やや大きめの物体を取り出す。
「そういえば、今日こんなゲームを用意してきました!」
それは『人生ゲーム』…と言いたいところではあったが持ち運ぶことを考えたり、ルールがよく分からなくてグダグダになって終わってしまう事を憂慮した結果、シンプルイズベストの発想でその『細長いもの』を購入することに決定。
「あー、ジェンガですか!いいですねぇ。俺得意ですよ」
パッケージを見るなり渡邉さんの『得意発言』が出たけれど、ジェンガなら話をしながらでも楽しめそうだなと感じて選んだのだ。
「やりましょう!テーブルちょっと片付けますね」
周りに酒は残したまま、中心に積みあがったジェンガ。こんなに飲む席だったのは誤算ではあったが地味にそれがあってこのゲームは面白味を増すことになった。
「じゃあわたしから行きまーす!!」
マリアさんの席から時計回りに渡邉さん、私、鈴木さんの順でゲームをプレイしてゆく事になったが、マリアさんは最初から苦戦気味である。
「何だか手がプルプルします…」
『緊張』というよりは身体に吸収されたアルコールのせいで手元が安定しないので比較的取り易い上部の方の一本を選んだのにも関わらず結構時間が掛かっている。割と無難に抜き取った木を上に積み重ねた。
「ふう…できました!」
「次は俺ですね。実は学生の頃『バランスのワタナベ』と言われた事があって、一円玉とか高く積み上げるの特技だったんですよ」
確かにそういう人は確かに時々居た。最近ではそういった特技はネットで動画を投稿する文化においては大きくバズらせる事も出来る武器になったりするので羨ましい。渡邉さんは一番下の木をいとも簡単に取り出してマリアさんよりも上手に上に載せた。次は私の番である。
「子供の頃弟とこれで結構勝負してたんですよ。何年ぶりかな…」
私も渡邉さんに倣い一番下の木を慎重に抜き取る。取り出す時よりも乗せる時の方が緊張する。幸い酒をセーブ気味に飲んでいたので手元は安定している。無事に乗せ終わって今度は鈴木さんの番。
「わたしは…どうしよっかなぁ…あ、わたし結構指先器用なんですよ。手芸とかもやってますし」
以降、自然発生的にそれぞれの番で『自己紹介』が挟まれる流れになって、会話も途切れずいかにもパーティーらしい時間になったので持ち込んで良かったなと思った。鈴木さんが真ん中の木を引き抜こうとした時に一瞬ぐらついたようにも見えたがまだまだ大丈夫と言う感じ。そんな具合にプレイは進んでゆく。
☆☆☆☆
何巡かして、皆そこそこ上手に積み上げられていたが微妙なズレの重なりで少し一方に傾いているように見えるジェンガ。マリアさんなんかは最後は無言で集中していたり、渡邉さんもそこそこ積み上がったからなのか慎重さが増していて、その細長い指先に走る緊張が伝わってくる。やり遂げた渡邉さんがこんなことを言った。
「よし、じゃあこれ崩した人が一発ギャグやりましょう!」
「「え…?」」
一瞬呆気に取られてた一同ではあるが、何故かマリアさんも鈴木さんも『いいですよ』と言ってのける。そうなってしまうと「嫌だ」とは言えないが、渡邉さんは結構な策士であるという事が分かった。
「え…俺ヤバいじゃん…」
プレイした経験からギリギリなんとかなるレベルの難易度ではあるが、飲んだアルコールの量や初対面の人の前という緊張感でクリアできるかどうかは未知数で、余興とは言え出来れば集中させて欲しい感じ。
「よし…じゃあ上の方にするか…」
空気を読んでくれたのか皆フェアに静かに見守ってくれている様子。時々深呼吸を挟みながら少しづつ木をずらしていって、何とか抜き出すことに成功する。取り出した後もバランスは保たれていて、これならクリアできそう。
「タクマくんグレイト!」
マリアさんが喜んでくれていた。脳汁がドバドバの状態で、なるべく刺激が少ないような場所を狙って重ねようとした…重ね掛けたとしたその瞬間、
にゃ~
外の方で猫のものと思われる鳴き声が見事にこのタイミングで聴こえてきて…後は、
ガシャン!!
「あああああ!!!やっちゃった!!!」
「ああ…」
「OH…」
「いや、あれは誰でも失敗しますって…」
やはり良い人なのだろう渡邉さんがフォローしてくれる。
「今のはノーカンでいいですよ。一発ギャグの件。無茶ぶりでしたし」
その言葉を聞いて安心する私。…だが
<本当にそれでいいのか?仕事でも誠実さが大切ではないのか?>
という謎の義務感がやってきたのと、正直言うとこの場を盛り上げる為に一肌脱いでも良いような気分になっていた事を白状しよう、
「いや…俺やりますよ!!」
と言って徐に立ち上がる。不安そうなマリアさんと鈴木さんが見守る中、少し前飲みに行った高校時代の友人が時々発していたあのワードがいいんじゃないか?と意を決する。
少し屈んで右手を左側に持って行ってそこからアーチを描くように大きく時計回りに振り回しながら素っ頓狂な声で、
『虹、れいんぼう!!』
と叫ぶ。大爆笑とはいかないけれど、クスクス笑いが聞こえた。マリアさんは結構お気に入りだったようで、
「何それ?レインボウですか?」
と説明を求められる。
「これはですね高校の物理の先生の口癖で、何故か授業中『虹』っていう言葉が出ると英語でレインボウで付け加えるんですよ。それを見てた友達が真似をして、そういえば何でわざわざ英語を続けるんだろうと思って面白かったんですよ」
「あ、あのジェスチャーって虹ですか!新しいですね!」
渡邉さんも理解してから感心してくれた。鈴木さんについては説明してもこちらを見てクスクス笑ったままである。




