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「機嫌直してくださいよ…何か俺が悪いことしたみたいじゃないですか」
ちょっと前よりも明らかに口数が少なくなっているマリアさんに運転席から呼び掛ける。心持ち不穏な雰囲気を察して帰りは陽気なBGMをと『ユニコーン』の最新のアルバムの曲をシャッフルで流していたが、マリアさんがさっきからむっつりしているので車内が変な空気。車は4号をひた走り、古きよき時代の面影を残すバイパスドライブインを通過する前の信号機で停止している。
「…ふぅん」
悪い事をした自覚はないが、『マリアさんの期待』には応えていないという事は地味に了解していて、これが問題を余計ややこしくしていた。自分がここで折れてしまうと、自分の性格的に区別しておきたいある事柄が何か消化不良な感じで伝わってしまう惧れがあった。カフェで昼食を摂った後、用事は済ませた筈なのであとは送迎の為にマリアさん宅に向かっているけれど、口の中に残るピザの後味とは対照的な後味の悪さを残したままマリアさんと別れたくはないという意識が働く。折れはしないが、今スピーカーから流れてきている「青十紅」という曲のサビに合わせてフレーズを口ずさんでから、
「俺、この曲が結構好きなんですよ。『空』が歌われてるからなのかも知れませんが」
「ふぅん」
先程とは少し違うニュアンスの「ふぅん」を聴けて少し安心する私。<ここで畳みかければ良さそうだな>と思いこんな事を言ってみた。
「マリアさんが思ってること分からないわけじゃないんですよ。仮にも男女ですし、流石に俺はアニメの鈍感主人公じゃないんですよ。分かりますか?『鈍感主人公』って?」
「『はがない』」
ネット時代の恩恵で知らないうちに同世代というだけで概念が共有されている。炎上に近いような話題が記憶に残っているその作品の愛称は、確かに世の中に何かを残したと思っている。それはそれとして、
「それですそれ。流石マリアさんです。いや、今俺非常に微妙な話をしてるんです」
と何か弁解するようなカタチでマリアさんに言葉を紡いでゆく。
「つまり『そういう次元の話』と、純粋に人生で目標とすべき事は俺としては区別しておきたいんですよ」
「うーーーん」
やや呆れられている感じ。やっぱり俺は理屈コネコネの人だから、そうじゃない人から見ると呆れてしまうんだろう。
<そこも分かっている。分かり過ぎるくらいに…>
難儀な性格を了解していて、それでいてそれを冷ややかに見つめる別の意識さえも同じ穴の貉。そういえばこんな話を別のアニメで見たなと思い出す。
「ほらルルーシュも確か、自分を見ている別の自分もまた別の自分に見られていて…と敵に指摘されるシーンあったでしょ?」
「…ありましたね。よく覚えてますね」
好きなアニメの話題になったからなのか感心気味に頷いているマリアさん。
「あのシーンで、もしかしたら俺もそういうタイプの人間なのかな、って思ったのはここだけの話です。でも、だからこんな感じなんです」
「タクマくんがルルーシュですか?うーん…」
疑わし気に助手席からのぞき込まれる。そこで信号が青に変わった。
「確かに髪は黒いですね。タクマくんが『ルル様』だったらわたしは何のキャラクターですか?」
「マリアさんは…『会長』っぽいですか…?髪の色的にも」
「なるほどー」
すぐに浮かんだキャラクターだけど、意外と合致するなと感じる。
「結構好きなキャラクターです。BUT…」
「不満でしたか?」
「タクマくんはどの女性キャラクターが好きなんですか?」
「あー、そうきましたか。うーん…」
運転に集中しなければいけないという事もありすぐには答えられなかったけれど、
「ビジュアルが好きなキャラクターは…C.C.ですね」
とだけは答えた。何故か少し恥ずかしい。
「人気ですね」
対してマリアさんは『納得』という様子。大分機嫌が直ったように思えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
無事にマリアさん宅の付近に到着。停車したところから家まで荷物運びを手伝う。勢い家の中に少し入らせてもらったりしたけれど、ちらっと部屋を見た感じでは物はそれほど多くない印象。好きなのか『黄色い電気ネズミ』のぬいぐるみが目立つ所に置いてあって、<ちょっと欲しいな>と感じたりした。
「これでよしと…必要なものはこれで大体揃った感じですか?」
「ええ、十分。これで友達を呼んでパーティーも出来ます!」
「そういえばマリアさん前職場の人と飲んでた写真送ってくれましたね」
確かその時の写真ではマリアさんの他に男の人と女の人が一人づつ映り込んでいた。
「いいなぁ…俺もパーティーとかしてみたいなぁ…」
「来ますか?」
「え…?ここでするパーティーですか?」
「オフコース!」
「そ…そうですね。それじゃ次にパーティーする時には呼んでください」
「明日ですよ」
「え…?明日パーティーなんですか?」
「はい」
「…」
あまりの展開の早さに絶句してしまった私。少し前まで出不精気味だった自分なのでこうしていざ予定が出来るとなると、心の準備をする時間が欲しくなってしまう。けれど目を輝かせて返事を待ちわびているような表情を見せられると断る道理はないと感じる。
「わかりました。俺も参加します!」
「よかった!!これで賑やかになります!!ハッピー!」
マリアさんの喜怒哀楽にはちょっと振り回されている感じだけれど、この笑顔を見せられた時に私には振り回されたい願望があるような気がした。
パーティーの詳細を聞いてから帰宅する段になって玄関で見送ってくれるマリアさん。振り回されてばかりでは癪なのでこちらからも反撃を企てていた。
「マリアさん、さっき好きなキャラクターが何か尋ねましたよね?」
「あ、そうでした」
「実は何を隠そう『会長』みたいなタイプが好きなんです」
「え…?」
この不意打ちに明らかにマリアさんは狼狽していた。どこか勝ち誇った気持ちで、
「それじゃ、明日!」
とそのまま玄関のドアを閉じた私。個人的に『ラブコメの波動』を出せるだけ出したなと感じる。




