㉑
「タクマくんはこの鍋とあっちの鍋どちらがいいと思いますか?」
店の真ん中あたりに位置する調理具売り場でマリアさんが鍋を一つ持って私に訊ねる。料理の事は常識的な範囲での事しか知らないので、「良いものならばそこそこの値段がする」というくらいにしか考えてこなかったのでこの質問に少し戸惑う。今回は両者の値段がそこまで変わらないようなので、
「うーん…なんというか好みの問題かも。今持っている方がよさそうじゃないですか?」
「プライスはこっちの方がちょっとだけ安いですね」
値札を比べると確かに100円ほど安い。メーカー…はさすがによく分からない。
「ど…」
ここで「どっちでもいいんじゃないですか?」という言葉が出かかったのを何とか「うっ」と飲み込んだ。やった事はないけれど例えば王道の恋愛ゲームとかの場面ではそういう発言をすると「自分の事を考えてくれなくて」印象が悪いという判定だろう。恋愛…かどうかは別にしても、相手にとってその選択が大事だというのならなるべく想像力を働かせて相談に乗るというような心は持っていたいと常々思う。
「じゃあマリアさんがキッチンで実際にそれを使って料理するイメージをしてみるといいんじゃないですか?どっちかを持ち帰るんだったらマリアさんの家の一員になるわけでしょ?」
「素敵!!」
マリアさんは瞳を輝かせてこちらを見ている。ちょっと大袈裟な表現かも知れないが最近ネットでよく『エモい』というスラングを見るけれど、何かそういう要素のある発言が出来たなと思った。
「エモいですか?」
「エモーショナルですね」
その後少し間があり、結局手に持っている方の鍋を選んで私が押していたカートにそれを置いた。
「じゃあ次はステーショナリー…文房具、のコーナーに行きたいです」
「分かりました。すぐそこです」
こんな具合にマリアさんの買い物が進んで行く。今自分がこの店で欲しいものと言ったらせいぜい書籍くらいだろうか。『倉庫』という外観にそぐわず物が溢れんばかりに揃っている店ではあるが、あんまりあり過ぎると困る的な捉え方もあり必要なものが決まっている時には別なスーパーの方を選んでいたり。今回のマリアさんのように、引っ越してきたばかりであれこれと必要なものがある時には買い物しながら色々見つける事が出来て便利なのには違いない。文房具のコーナーではノートやらコピー用紙やら、仕事上あると良いものをほいほいとカートに入れていった結果、そこそこの分量になっている。
「結構買いますね」
「買える時に買っちゃった方がいいです。必要になる『タイミング』があったりしますから」
「あー、それは言えますね。時間が無い時に限って足りなくなったりとかありますもんね」
そんな話をしていると、
「タクマくんは好きな文房具はありますか?」
と唐突に訊かれる。文房具に好きも何もあるのか?と一瞬疑問に感じてはいたが、確かに子供の頃に普通の鉛筆じゃ嫌だから『すごろく鉛筆』とか、消しゴムだったら一時「練りけし」にハマったりとか確かに好みはあった。そんな中で感じたのは、
「『ノート』かも知れないですね。あ…そうだ俺もノート買っておこう」
という答え。
「どうしてですか?」
「ノートが好きなのは見た目ですかね。そんで今ノートが必要な理由は、マリアさんとの調査で分かった事をノートにまとめてみようかなって」
パラレルワールドについて近年には珍しく相当色んな事を考えたので、アイディアをまとめる必要があると気付いた。
「それなら、わたしはこの『ダイアリー』を買います」
「いいですねそれ!」
とにかく大人向けの『ダイアリー』はとてもお洒落というか、見ていて『欲しくなる』デザインだなと感心する。マリアさんの選んだ赤のダイアリーを見て、なんとなく物欲が刺激され、その日選んだノートはちょっとばかり上等なものだった。それに内容が伴う事を祈る。
それからドリンクのコーナーだったり、食品売り場だったりを見回ってそこそこ時間が経過する。休日なので比較的人も多く、家族連れの人とすれ違うとなんとなく「平和だな」と思う。子供を見かける事も以前より少なくなってきたけれど元気にして、親に何かをねだっている姿を見ると安心するというか、普遍的な何かをそこに観るような気がして嬉しくなる。というか自分はそういう年齢になってきたんだなと実感する。
「レジはやっぱり並んでますね。ここは大体こういう様子です」
「繁盛してますね」
実際、繁盛はしているのか関係者ではないから分からないけれど、時々携帯電話会社の人が一画でイベント的な事をやっているのを見ると『賑やかな場所』という共通認識なんだろうなと思う。近くには直売所だとか、ちょっと高級な生キャラメルが売っている新店舗ができていたり、4号バイパスの利点を活かした風景が出来上がっている。
<そういえばあそこ喫茶店ついてたよな…>
マリアさんをこの後誘ってみようかなと思いながら会計を進める。
「じゃあ行きましょう!」
会計が終わり入ってきたのと同じところからカートを押して出ていこうとした時、
「あ…そうだ…逆の方にマリアさん書籍売り場があるんですけどちょっと寄らせてもらいませんか?」
「え…?会計終わったのに?」
「大丈夫なんです。その書籍売り場の会計は独立してるんです。あ…そっちの方に百均もあるんでした」
「そうなの?じゃあ、行きましょう」
逆の出口の側に移動して、マリアさんは百均に私は書籍の方にそれぞれ要件を済ませる事にする。そこまで広くはない書籍売り場だけれど何か手掛かりになるような本をというモチベーションで探していると何となく関係ある本がりそうな気がしてしまい思いの他時間が掛かる。
<ないかな…>
「タクマくん。こっちは終わりましたよ!」
そこまで欲しいものが無かったのか、マリアさんがすぐやってきた。
「あー、ごめんなさい…って…あれ?」
マリアさんの方に視線をやった時、その奥の方に『何か』が見えた。それはこの場の雰囲気からすると浮いているというか異質で、<まさか>という感じ。
「どうしたんですか?」
「あっちに『占い』あったんだ…」
いつもではないらしいけれど、考えてみるとこの店にも『占い師』が来ているのだ。そこはATMコーナーや何かの案内のコーナーだったりがある一画。
「『占い』ですか?」
「前の飲み会で、先輩から『占い師』の話を聞いたんです。もしかしたら…」
そこから先はいわゆる『未体験ゾーン』であった。




