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神社のやや不安定な階段を降りてゆき、縁日などには昔ながらの屋台が並んでいる道路に面した敷地が見えてきた時、出会ったばかりのマリアさんが言う。
「そういえばこの辺りってカフェとかあったりするの?」
「え、ないですよ」
地元の人間なら即答するような質問だったが、答えてみて「あっ」と思ったのは今思うと笑い話である。マリアさんは少し不安そうにこちらを見て、
「じゃあどうするの?」
と訊いてきた。
「あの、近くの銀行に車停めてあるんです。用事が済んだのでちょっと神社に立ち寄ったところだったんですよ」
あまり困惑させないようにと手早く説明すると、
「オー!ファンタスティック!!」
とちょっとばかり大袈裟な身振りで喜んだらしいマリアさん。この辺りで完全に相手のペースに巻き込まれた感があって、あまり深く考えないまま車があるところまで誘導してそのまま車に乗ってもらった。
「良い車ですね」
乗り込むなり取り立てて高級というわけではない車を褒めてもらったのだが、具体的にどの辺りが良い車なのか訊ねたら野暮だろうなと思った。
「じゃあ多分、地元民なら選ぶであろうファミレスに行きます」
「お願いします」
移動自体が5分くらいなものだったけれど、その間助手席の外国人の女性は何の変哲もない市街地をきょろきょろ見回して心なしかウキウキしているような様子に見えた。その時間帯だと比較的埋まり加減の駐車場の一画に車を停め、一旦マリアさんにその辺りの地理を説明する。具体的には付近にあるスーパーと、インターチェンジの位置関係からして『二本松と言えばこの辺りをイメージする人も多いかも』という私見を加えつつ、そこから遠くない場所に『お城山』と呼ばれている城址があるという事などを。
「そうですか。この辺りも何となく見たような気がしますね」
というマリアさんの発言をその時は「そうですか」とそのまま受け取ったのだが、実はここに意外な意味が込められていたという事を知ることになる。そんなことは想定しなかった私はそのまま店に二人で入店した。窓側の席にやって来て、せっかくだからという事で少し早いけれどそこで昼食を取る流れになった。少しして運ばれてきた水に口を付けて<何を話したものか>と考えていると、どちらかというと話すのが好きであるらしいマリアさんから会話が始まった。
「タクマさんでしたよね。タクマさんは近くに住んでるんですか?」
先ずはこういう自然な会話である。
「近いと言えば近いですが、車で移動するのが前提ですね」
「車ですか。わたしは駅の近くに住んでいるのですが、移動手段にはちょっと困っているところで…」
「なるほど…」
何かしら答え難い部分はあるが、地元の実情としては普通の話である。
「まあそれはそれで何とかするとして、タクマさんはこの町をどう思われますか?」
あまり悩まない性格なのだろうか、この辺りでも時々バックパッカーが自転車で移動している姿を見掛ける事があるがそれもやはり外国人の気質なのだろうか、などどことなく偏見っぽい発想がでてきそうになる。
「うーん、田舎ですかね。外国人の方に説明するのは難しいんですが、菊人形と提灯祭りだけと言われても否定できない時もあるような…」
「チエコさんという方も有名ですよね。コウタロウサンという旦那さんも」
「はい。でも今の若い人はそこまで意識してないかも。むしろラーメン?」
「ラーメン?」
「いや…独り言です」
説明していて、自分の知識が少し情けなくなってきた次第。地元を紹介する意気込みだったのに、場合によっては相手の方が詳しいかも知れない。そんなタイミングで自分の元にラーメンが運ばれてくる。
「あ、これじゃないですよ。ラーメン、有名な店がありまして」
「リアリー?本当ですか?」
「まあとりあえずいただきましょう」
そう言って食事を進めながらも割と会話は途切れない。基本的にマリアさんの質問に私が答えてゆくような展開だったが、ふと疑問に感じる事が浮かんだ。
「ところでマリアさんはどうしてこの町に来たんですか?」
「ベリーインポータント!!ついに来ましたか!!」
その時の目を見開いた表情から察するに、彼女はそれを私に説明したかったらしい。生来他の人が思っている事は自分は上手く想像することが出来ないと感じていて、その人が「どうして」そうしたのか、などについてはあまり深く考えない質なので、最初に会った時から「まあ色々な事情があるよな」という位にしか思ってなかった。が、そこからがちょっとばかり特殊なお話になる。
「実は夢を見たんです」
「夢?ドリーム…?」
「眠っている時に見るドリームです。それが一度ではなくてその夢を何度も…」
「何度もですか。どんな夢です?」
「それはわたしがこれまで行った事のない場所で生活している夢です。しかもその町に怪獣…モンスターが現れて、わたしがその町の友人と一緒に事件を解決してゆくんです。あと、他にも町で教授みたいな人と何かを研究しているような生活で」
「へぇ…凄いですね」
「本当に凄いのはそれがこの町、『ニホンマツシティー』だと分かった時です」
「え…?二本松だったんですか?」
「そうなんです。というかわたしが今『こうして』確かめているのですが、先ほど言ったようにインターチェンジも確かに夢の中に出てきたものと同じように見えます。わたしはここに初めて来ました」
「そんなことがあり得るんですか…いや驚きです」
この時には完全には信じて居なかったけれど、このマリアさんという女性が嘘を云うような人には見えなかったのも確かだった。ラーメンのスープをレンゲで味わいつつ、<この話を聞いてしまったからには色々聞いてみたいな…>などと思えてきたので、
「とりあえずマリアさんの話を信用する事にしてですよ、マリアさんはどうするんですか?」
と大事な部分を訊ねてみる。彼女は「うーん」と少し唸ってから、食後に運ばれてきたコーヒーを啜る。
「塾があるのはご存知ですよね」
「塾って、学生が通う塾ですか?ああ駅前の」
「わたしは講師として働くことになっています。つまり」
「つまり?」
「インポータントな事は当面の『移動手段』ですね」
「移動手段?ですか…」
その発言が何を意味するのか、そして彼女が私の車に「良い車ですね」と言った事が伏線になっているとは誰が想像できようか。
(つづく)




