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その日、久しぶりに友人と飲む。高校の頃の同級生で電車通学している時に延々と内容があるんだか無いんだか分からないような、いわゆる『駄弁』を続けていた仲で今でもメッセージ上はその当時のノリ。少し前に長年交際中の人と結婚したばかりなので、その部分を重点的に訊ねるような会話に。



「いや、まあ『普通』だよ」



「『普通』と言われましても…」



「あ、この前旅行に行った。ちょっと大変だった」




ダウナーな香りが仄かに漂う淡々とした『報告』。この人の『普通』は本当に色々含めた上で『普通』と表現するような意味だから、適当にそれっぽいイメージで補いつつ会話を進めてゆく。所々「ツッコミ待ち」のように思えるのだが、以前のような切れ味鋭いツッコミ力を使いこなせるだけのハイテンションがちょっと足りない。酒の力…地元の非常に飲みやすい酒の力を頼ってみても、ツッコむ前に堪え切れなくて笑ってしまい易くなっているだけのような。



「やっぱり結婚って良いのかな?」




何のひねりもない独身男性としてのありきたりな質問をしてしまった事に少し後悔がやってくるが時すでに遅し。



「した方がいいよ。相手見つけてさ」



そのトーンは押しつけがましいものではなく、別にしないからといってどうなるでもないというニュアンスを含んでいる。お互いの性格を熟知しているからこそ成り立つような脱力したやり取りは心地よく、日頃は忘れている己の面倒臭さも十二分に意識される。



「相手ねぇ…出会いが無いわけではないんだけどさ…」



この微妙な表現に耳ざとくも何かを読み取ったのか友人、



「じゃ、あったの?」



と素早く追及。勿論、この時マリアさんの事を浮かべてなかったと言ったら嘘になる。けれど、本気で交際を考え始めたらもともと保守的な人間である自分には抱え切れないんじゃないかという発想が先にやってきてしまう。



「あれは出会いというか…」



私の煮え切らない態度を見てそれ以上の追及は無かったけれど、その話を切っ掛けにしてこう切り出してみた。



「その話に関係するんだけどさ、『パラレルワールド』ってあると思う?」



「パラレルワールドって、パラレルワールドの事か?」



「そう。パラレルワールド」



後で思い出すと頭の悪そうな会話になってしまっていたが、概念はしっかり伝わっていた模様。友人すこし「うーん」と唸ってから、



「あると言えばあるし、無いと言えば無いね」



と。<おお、友人っぽい返答!>と少しばかり感心していたけれど、こういう時は『分からない』と言ってくれた方が分かり易いような…とりあえず気を取り直して、



「例えばこの二本松の飲み屋さんの名前がさ、パラレルワールドでは『鳥民』とかになっていたりとか、そういう世界もあるかも知れないよな。可能性としては」



「まあそこは『馬民』でも『羊民』でもいいよな」



ここで食べ物をちょっと吹き出す。



「何でもいいんだが、とりあえず『鳥民』としておこう。そこに『浅見さん』と『加藤さん』という二人が2019年の6月に会食しているという別の世界はあってもおかしくないような気がするよな」



「そこも『浅川さん』と『佐藤さん』になっているかも知れない」



スルー。



「で、やっぱり浅見さんと加藤さんがパラレルワールドについて話をしているんだよ。訳が分からなくなるだろ?」



「そうだね」



「実際にそういう事を考えてゆくと、『何でもあり』な気がするんだ。つまり俺が言いたいのは、それがあるとしても確かめようがないんだから、考える事は自由なんだと思うんだよ」



「そうだ。考える事は自由だよ」



それを言った表情が妙に満足そう。



「でも、なんつーかさ…」



ここで私の思考が止まってしまう。マリアさんの体験はこういう風に自由に考えたパラレルワールドではなくてもっと具体性があって何なら現実とも奇妙な一致を見せている。マリアさんの証言の中でしかその内容は知れないけれど、マリアさんと過ごしていて二本松に来たばかりでも自然に馴染んでいるというか、あまり困っているというような話を聞かないのはもしかしたら夢の中の情報と現実がしっかり一致しているからなのかも知れない。



「なんつーか?」



「分かんないけど、本当にパラレルワールドがあるよって言われたら、ちょっと困らなくね?」



友人と話していて図らずも気付いたのはこの事だった。可能性のレベルだったら妄想の一つとしてすぐに忘れてネット動画を見ているうちに全然違う事を意識始めてしまう話。けれどマリアさんの話を全てではないが信用し始めると、もしこの世界以外に世界があったら自分はどんなことをしているだろうか?みたいな事を考えてしまうのだ。



「そうだね…困るか…」



それを聞いた方はなんとなく納得した様子。研究者である涼助さんはすんなりというか、柔軟に考えていたしあの取材の時にはその流れで会話できたけれど、最近夜中とか一人で考えているとその辺りのモヤモヤがあってスマホに浮かんだことを色々メモしたりしているが、スッキリはしないのだ。



「でも俺は困んねぇな。そっちの世界は「あっそ」、って感じ」



この友人のあっさりした捉え方が地味に天啓となる。



「え?どうして?」



困惑気味に理由を訊ねると、



「要するに、そっちの世界の俺は俺じゃないんだよ。そっちの世界の事まで責任持てないし」



「ああ…まあそうだよな」



流石の『ドライ』である。けれど実はこれが最適解かも知れないと思い始めた。



「確かにそっちの浅見さんが婚活を始めようと俺には関係ないしな。そうだよな」



こういう具合に話をまとめようとした時、



「いや、そこは影響されて婚活始めればいいんじゃないか?」



と身も蓋もない事を言われる。こちらの世界の浅見さん、とても困る。

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