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6月に入り、次第に梅雨らしさが出てきた頃。個人的に良いモチベーションを保っていきたい気持ちで、例えば書店でこれまでの自分だったら手に取らなそうな物理学の本だったり、ネットでは『山崎涼助』と検索して出てきた記事や論文だったりに目を通してみたりしていた。有名なオカルト系雑誌にも手を伸ばしそうになりかけて、
<いや…ここは踏みとどまった方がいい>
と強烈な『内なる声』がやってきた時には流石に苦笑いしてしまった。一連の流れに身を置く者としては、ついつい『この先も何かがある』ような感覚になってしまう事もあるけれど実際のところは恙なく現実は続いているし、まかり間違ってもSF的な世界に入り込むような事は無さそうだと感じている。かと言って、マリアさんとの付き合いがただ仲の良い人と出掛けているだけ…なんなら二本松の名所を巡っているという話だけになるのならやはりそこには『否』と言う必要があるだろう。
『何かは起こるかも知れない、けれどいつ何が起こるかについては分からない』
何だか何年か前に震災を経験した身からするとこの何も言っていないようで何かを言っている表現が尤もらしく聞こえてしまう。二本松は勿論福島県の一部で、福島県と言えば対外的には「フクシマ」という言葉から何かをイメージされてしまう場合もあるようだけれど、海外協力隊の関係もあるのだろう市内で外国人を見かける度に、大事なのはそこで生活を続けている人達の『実感』というか、そこで感じている事なのだと考え直す。
その日は雨の土曜。と言っても小雨だが。家の人に頼まれて、ちょっとした買出しにスーパーまで出掛けたついでに、縁起を担いでまた神社にでも寄ってみようという気持ちになる。利用者以外にも停めてよい銀行の駐車場を再び活用させてもらう。一ヶ月ほど前には快晴で、かえってそれがふわっとした気分にさせていたくらいだけれど、車を降りて傘をさして商店街を歩いていると今回は前回よりも幾らか足取りがしっかりしている気がする。恐らくは自分が『望んで』神社に行こうとしているからだ。
シャッター通りにも見えてきそうな光景だけれど、まだまだ商売をやりたい気持ちが外からでも伺えるような店もある。子供の頃のワクワクを提供してくれたファミコンショップとか、比較的よく連れてきてもらっていたスーパーとか、今ではその姿を消していても自分が今こういう情緒になるのもそれがあったからだろうし、おそらくはその当時の記憶を共有する世代の人が例えば知名度抜群のラーメン屋で客を引き込んでいたりとか、テレビで取り上げられているのを知っているからか『昔とは違う見え方』ができている事が何となく成長の証なのかなとも思う。
歩いているうちに全国放送の番組でも時々取り上げられたりする『玉羊羹』の事を思い出す。あの名物はマリアさんに教えなくてはいけないという義務感のようなものでちょっと和菓子屋に立ち寄って一箱購入する。購入した後に気付いたのが、
<これをいつ渡そうか?>
という事だ。感覚的に日持ちしなくはないけれど、なるべく早く渡しておきたい…具体的には今週中に。となると選択肢は限定されてくる。スマホを取り出し、マリアさんのアカウントにこんなメッセージ。
『マリアさんにお土産があるんですけど、今日って時間ありますか?』
返事が来なければ来なかったでまあ仕方ないか、という気持ちで再び神社を目指す。
『今ちょっと外に出ています』
神社の前にやってきた辺りで返事があった。買い物か何かだろうな、と勝手に推測して次のメッセージを待つ。やはりこういう時でもそこそこ急な階段を上りつつ、20段目あたりまでは段数を数えていた。
「やっぱりキツイなぁ…」
『何言ってんの若者が!』
あの時の言葉を思い出す。同い年くらいのマリアさんに若者と呼ばれた日から、考えを改めた方がいいのかどうかちょっと悩んだけれど、年相応に身体が動かしにくくなっている事はやはり変わらず、雨の影響もあるのか気持ちを保つのに苦労する。
『八幡様と熊野様の二柱があるので御両社と呼ばれる』という事をこの間までやっていた朝ドラの設定にちなんだ記事をきっかけに知ったのだが、その二つの神様と丹羽様もどこかで見守っていてくれるのだろうか?正直、この歳になっても未だに地元の歴史を知っているとは言い難い現状には我ながら呆れてしまう事がある。子供の頃には大人になれば自然と分かってくるものだと思っていた事も、案外大人になってから興味を持って調べてゆかないと知らないままという事が非常に多い。
<知らないまま死んでゆくのはなんか嫌だな…勿体ない>
最後の数段になった頃にかえって気持ちが奮い立つ。気持ちを込めて一段、二段、三段!!と到着した時、視線の先にまさかと思うような展開が。思わず駆け出した。
「OH!タクマくん!来てたんですか!?」
「へ!?マリアさんも来てたんですか?」
真っ赤な傘をさしたマリアさんの姿を見た時には興奮気味で、考えても見ればここに来れば神社好きらしい彼女がいる確率は高いし、SNSの投稿から伺うにもしかしたらいつも立ち寄っているんじゃないか疑惑もあるけれど、それはそれとしてもこのタイミングで彼女と再会するのはちょっとした感動ものである。と、そこで自分が手にしているビニール袋の中身を思い出す。
「あ、そうだ。これですよ『玉羊羹』」
「OH!これをわたしに?サンキュー!」
「なんかビックリしました。まあ考えてもみればマリアさんが来ている可能性も高かったわけですけど…」
「『雨の神社』の様子も撮影してみたくなったんです」
「なるほど」
「タクマくんは?」
「えっと…俺は…」
買い物のついでに来たと言えばそうなのだけれど、こういう展開だと違う言い方ができそう。
「神さまが俺をここに引き寄せたんです」
「ワッツ?なんて?」
「えっと…神さまに呼ばれて来ました」
「ソーナイス。タクマくんロマンティックですね!」
ややうっとりとした表情でこちらを見つめている様子から、気の利いたことが言えたなと感じた。
「あ、そうだ」
それで気を良くした私はこんなことを口走っていた。
「今日、俺もおみくじ引いてみますよ!」
その結果は何故か珍しく大吉。
「いや…大吉って出るもんなんですね。今年の初詣に来た時にはちょっと怖くて引けなかったんですよ。凶とかだと縁起悪くって一年間気にしちゃうじゃないですか」
「どれ、見せてください。ああ金運は良さそうですね。ふむふむ…」
外国人にとっては難しいらしいおみくじに書かれてある内容も、マリアさん位になると朝飯前という感じなのだろう、それこそ『熟読』している。
「『レンアイウン』…は…」
「あ…」
マリアさんの横から『恋愛運』を読んでみると『進展あり』的な事が書かれてある。大吉とか凶とか分かり易い部分ならともかく、こういう言葉はどう受け取ったものか困る事がある。
「あんまり人の見ちゃダメですよ」
「ソーリー。他の人のを見るのが好きなんです」
後でこのやり取りを思い出して笑ってしまった。奥に進んでお賽銭を入れて願掛けをしたらとりあえず目的は果たした事にして、その後どうしようかという事になった。
「そうだ。マリアさんの家まで送りますよ。マリアさんどこに住んでいるか知りたいし…」
「え~~~~」
マリアさん何故かニヤニヤしながらわざとらしく嫌がった風な声を発した。
「嫌ですか?」
「ちょっぴり」
「なして?」
「レディーにはシークレットが必要です」
なるほど。
「分かりましたじゃあ…」
諦めかけたその時、
「でも今日は特別にオッケーです。雨も降ってますから」
この場合、私は雨に感謝すべきなのか。何だかんだで車に乗り込むと的確に道を誘導してくれて難なくマリアさん宅まで辿り着いた。




