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『取材』と思われる事が終わり、その後はしばらく談笑の時間が続いた。山崎さん夫妻ががここに越してきた時の話とか、ちょっとした地元トーク、マリアさんの職場での様子とか。思い返してみると皆持っている話題の幅が広くて、ネットで得た事くらいしか思い浮かぶ事がない自分のダメさに気付いてしまい、
<やっぱり自分から動いてゆかないとな…>
と実感。それはともかく、涼助さんの口からこんな笑い話も出てきた。
「あそこ(さっきの食堂)の若い店員さんは私の事『オカルト研究家』っていう認識なんだけど、全然そんなんじゃないんですよ。最初はフィールドワーク的に『古い言い伝え』とかそういう話を調査していたら、段々と噂話とかそっちの話になってしまって。そしたらここら辺で何故かちょっとした有名人になってしまいそうでね…」
「でもあなた昔からそういう話好きだったじゃない?わたしからすれば似たようなものですよ」
「んー。まあ我が家はいつもこんな感じです」
奥さんの方を見て苦笑いする涼助さんに謎のシンパシーを覚えてしまうのは何故なのだろうか。とりあえずマリアさんの方を振り向いてみたけれど、マリアさんは丁度そのタイミングで目を細めてお茶を啜っていた。この頃になると先程までちょっと不安そうだったマリアさんはそこにはおらず、自分のペースを取り戻したかのように自信満々といった風。あまり長いしても良くないなと思い、お暇する頃合いを見計らっていると、
「そういえば、もしよろしければ連絡先をお伺いしたいのですが」
とマリアさん。心の中で<なにィっ!?>という台詞が出てきたほど。私と彼女の決定的な性格の違いがあるとすれば積極性かも知れない。時にはそれが困惑を呼ぶような事があるのかも知れないけれど、マリアさんの提案は社会通念上何か問題がある事ではないし、『自由』な領域での行為である。自分にはないこの積極性がつまるところこうして自分がここまでやってきた原因とか理由だし、ややドキドキする場面はあるものの、今のところ後悔はしていない。
「ああ、もちろんいいですよ。浅見さんの方もどうですか?」
結局流れでそれぞれ連絡先を交換することになる。正直これからもアドバイスを受ける必要がある場面もあると思うし、実際こういう風に話を聞いてもらってマリアさんの経験とどう向き合うかがちょっと分かってきたような気もする。
「基本的に私はリタイヤした身なので暇なんですけど、時々執筆活動もしていたりします」
「執筆ですか?」
反射的に訊ねてしまったけれど、それに対して涼助さんの答えは意外なものだった。
「はい。実は小説を書いています。いつか本が出せたらいいなとか、ちょっと思ってたり」
「へぇ~」
感心するしかない。
「ちなみにどんな物語なんですか?」
この質問には、
「ミステリーものですね」
と答えた。その話を聞きたい気もしたけれど長くなりそうな予感がしたので次の機会にという事に。夫妻に玄関まで見送られながら家を後にする。外に出ると遮るもののない雄大な光景が広がっていて、「これが同じ二本松なのか?」という気がしてしまった。夫妻がここに居を構えたくなった理由が分かるような気がする。車に乗り込んで、いつものようにBluetoothで接続する。
「タクマくん。今日は本当にありがとう」
「いえいえ、俺も楽しかったですよ」
「リアリー?それは良かったです」
それから何秒か見つめ合ったままになる。なった時にただ、
やべー…
とだけ感じた。何が「やべー」のかどういう風に「やべー」のか分からないけれど、それ以上見つめ合ってしまうと頭が変になる…実際はなりはしないだろうけれど、余計なことまで言いそうになってしまったかも知れない。
その時、車内に強烈な『電波曲』が流れてきた。おそらくは誤ってタップしてプレイリストに組み込まれてしまっていたもので、別な意味でこらえきれなくなって二人とも吹き出してしまった。
「タクマくん、ちょっとこれは反則ですよ!」
「いや、間違ったんですよ。でもマリアさんも時々こういう曲聴きたくなったりしません?」
「クレイジー!」
クレイジーといいつつ曲に合わせて歌い出したしたのでマリアさんのカバーしている分野は広いという事を直観した次第。なんとなく場面を切り抜けた(?)のもあって帰りは妙なテンションでのドライブ。車内ではこういう会話があった。
「ところでマリアさんは今後はどうするんですか?『夢』の事について」
「そうねぇ…とりあえず…」
「とりあえず…?」
「車はあった方がいいなって思いました」
「へ?」
「カズコさんも言ってました。車での移動が基本だって。わたしも免許は持ってますから」
「それはそうだと思いますけど、その何というか俺が訊きたいのはですね…」
「ノープロブレム!心配しないでください、きっと出会いがあるはずです!」
「出会い?」
「イエス!きっとタクマくんと出会えたのもヤマザキさんと出会えたのも…」
この流れはもしかして『運命』とでも言うんだろうか?と思っていると、
「わたしの強運です!きっと前に願掛けした事が叶っているんです!」
「え…?もしかして神社でですか?」
そう訊ねてもマリアさんは不敵な笑みを浮かべるだけだった。個人的には『運命』と言ってくれた方が何となくエモみがあるのに、『強運』と言われてしまうと一気に薄れてしまうのは何故なのだろうか?
なにはともあれ車は山を一気に下っていった。




