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山崎さんとは初対面だけれど、学者ならではの知識と物事に対する全般的な関心があるからなのかいわゆる『オフレコ』になった後も会話はスムースに続いている。
「なるほど駅の近くに住んでらっしゃる。都会と比べると不便でしょうが、食べ物も美味しいですし秋のお祭りなんかは賑やかで、『古き良き日本』が残っているような場所ですよ」
今はお茶をしながら雑談タイムとなっているけれど、頃合いを見計らったのだろう奥さんも在席している。
「移動は基本車になるのがちょっと大変ね。わたしもここに来るまではペーパーだったし」
やはり外国人であるマリアさんが二本松で暮らしてゆく事が話題の中心になっていて、言葉の端々に和子さんの苦労と言うのか生活をしてみての『実感』が感じ取れる。口ぶりからすると夫妻ももっと都会からこちらに越してきたという事が分かるのだけれど、実際庭に駐車させてもらった時に夫妻の乗るワゴンとは別にもう一台軽自動車が停めてあって和子さんは普段はそちらで移動しているのかなと思った。
「車は…そうですね免許はあるんですけど…」
マリアさんはそう言いつつこちらに視線を送っている。私が説明した方が良さそうだなと感じた。
「僕とマリアさん、一週間くらい前に二本松神社で出会ったんです。話を聞いてて手伝いたいなと思うようになりまして」
「そうだったの。何だかお二人とも息がぴったりで一週間前に会ったようには見えなかったわ」
和子さんにこう指摘されて、確かにマリアさんとはもっと長い付き合いのように思えているのは不思議だなと感じた。涼助さんはじっと話を聞いていたけれど、この時に「ほぉ~」と感嘆の声を漏らしたのが印象的だった。
「あ…そういえば」
ここでマリアさんが何かを思い出したよう。躊躇いがちにこう続ける。
「その先ほど話していなかったんですが、実は夢の中にこの家のような場所も出てきたんです」
「え…!?」
驚く涼助さん。奥さんの方はまだ取材内容を知らないのでちょっと戸惑っている。
「わたしの夢の中ではこの家にはリョウスケさんと同じような歳の男性が一人で住んでいて、その人も多分何かの研究をしている人でした。それで夢の中のわたしはその人と仲良く接していました」
「…なるほど」
いつの間にか身を乗り出した涼助さんが深く頷いている。マリアさんが今話した話は先ほど車の中でも少し聞いていたけれど、こうして詳細を聞くとそれこそピンポイントで偶然が重なるので私はちょっとドキドキしてしまっている。再びどう解釈したらいいか迷っていると涼助さんが一言。
「もしかすると『シンクロニシティ-』も関係あるのかも知れないな」
「シンクロニシティ-?」
やはり己の英単語能力の問題で話についてゆけなさそうになっているとマリアさんが、
「日本語だと『共時性』。占いの本とかでも時々出てくる言葉」
と解説してくれる。そこで私も微妙に思い出す、
「あれ?なんかの心理学だったような」
「ユングが使った言葉ですね。精神分析の」
涼助さんはその後こんな話をしてくれた。
「僕は『シンクロニシティ-』というものは結構ありふれてると思うんです。これは実話なんですが、ある日テレビで流れてくる言葉とタイミングが妙に考えている内容と一致するというか、「変だな」と思った時があってテレビを消してこの部屋でラジオを聴きながら考えていたら、ラジオのお昼の番組のゲストがいきなり最近気になっている事って事で『シンクロニシティ-』という事を話し始めたんです。それで『あ…これがまさにシンクロニシティ-だな』とその時は思ってですね」
「あ、『偶然の一致』って事ですね!」
ちょっとひらめいた表現を言うと、
「それが一番分かり易いですね。時間の部分を強調すると『シンクロニシティ-』だと『タイミング』が奇妙に一致するという事がそうなのかなと思いますが」
と補足してくれた。大体の概念は了解できたのだが、考えても見ればここまででその『偶然』が結構重なっているなとは思う。山崎さん夫妻との出会いについては『幸運』だと思うのだが、こんなことが連続するのなら奇妙に思えてくるだろう。
マリアさんは涼助さんの話を聞いてから大分考え込んでいるようで、しばらくして私の方を向いて小さく、
「タクマくんはどう思います?」
と訊ねてくる。私はこの場面で、<マリアさんって案外俺の意見を知りたがるんだな>と感じていた。それは頼られている証拠なのかも知れないけれど、個人的にはそろそろ思考能力の限界に達しそう。
「うーん…俺もその『シンクロニシティ-』のような経験はあったと思うけど、だからと言ってそこから不思議な事に巻き込まれたって経験はないし、マリアさんが前に言ってた『エンジェルナンバー』みたいな捉え方をしてればいいんじゃないでしょうかね?」
実は『エンジェルナンバー』についてはマリアさんに教えてもらってから時々ゾロ目の数字とかを意識していたりしていたのだけれど、朝ふと時間を確認したら5時55分だったという事くらいだろうか。意味を調べてみると『大きな変化がある』という事らしく、まあ今の状況を鑑みれば当たっていると言えば当たっている。
「『シンクロ』だとか『エンジェル』だとかなんだか難しいお話ねぇ…」
先ほどとは違い和子さんはやや呆れ気味に言う。その表現に私は思わず『ぷっ』と吹き出してしまった。一方涼助さんの方はというと再び先ほどの用紙に今の話を記入していっているようで、
「やっぱり『神さま』とかを考えていった方が自然なのかなぁ?」
とぼそっと言っている。凄く面白い話なのに、途方に暮れてしまうのは何でなのだろうか?




