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「狭い造りの家ですけど」と案内された山崎さん宅は狭いどころか内装や飾ってあるものの全てに素晴らしいセンスを感じさせる広々とした造りの家だった。



「OH!ワンダフォー!」



マリアさんは玄関で靴を脱いですぐ向かって正面に掛けてある大きめの絵画に目を奪われたらしく、声のボリュームから言ってもこの驚き方は真正のもののようである。



「わあ、確かに凄い絵ですね…」



悲しいほどに絵を知らない私からはとにかく迫力のある絵という意味で『凄み』を感じたのだが、どこかの山の頂上から下界を見下ろしたような構図で秋の紅葉で山並みが様々な色に色づいている様子が緻密に描かれている。



「それ、この山ですよ」



と旦那さん。



「安達太良山ですか。こんな風に見えるんですね」



「この人が知り合いに無理を言って描いてもらったんです。相当苦労したみたいですけど」



またしてもちょっと困った表情で奥さんが言うものだから会ったばかりの涼助さんの性格が自ずと了解されてくる。



「わたしも見に行きたいです。こんな景色」



目を輝かせてそう言ったマリアさんだが、やはり外国人の女性だから日本的とも言えるその光景に何らかの憧れを持っていてもおかしくはない。



<見せてあげたい…けど…>



実際にその景色を見るには山登りをせねばならない事は明らかで、山登りといえば中学時代に遠足のような名目で登って地獄をみた記憶しかないので非常に躊躇われる。それに、これは地元民としてはあまり褒められたものではないけれど、安達太良山でも遭難した人がいるとか、怖いニュースを時々見ていると「山は舐めちゃいけない」という意識だけが強くなってしまっている。



「見に行くとしたら大変でしょうね…」



恐らくはこれを描いた(描かされた)画家さんも、実際にこの景色を見て、もしかすると写真などを撮ってから描いたかも知れず、『無理を言って』の意味の可能性を考えてゆくと『ヒエー』という声が出てきそうになる。マリアさんは私の方を伺って、何となく難しさが伝わったようで、「オーケー」とだけ呟いた。



「こちらの部屋にどうぞ」



山崎さん夫妻に案内された客間を一度見回す。特徴的とも言える暖炉の存在だったり、ソファーや諸々の家具が完全に外見と合致していてここだけ別の世界のようでもあった。具体的にはヨーロッパとかそういう。



「ワァオ!素晴らしいですね!」



もはや『素晴らしい』としか言いようがない様子なので驚くマリアさんとは対照的に私の方は「こういうのが『普通』という事もあるんだな」と感覚を切り替えてしまって、なるべく違和感のない位置に着席する。窓からの光の関係で部屋はとても明るくスッキリしている感じ。すぐマリアさんが私の隣に腰掛けたが、彼女は何となくまだソワソワしている雰囲気に見える。



「今お茶をお持ちしますので」



そう言って奥に消えていった奥さん。



「私はちょっとした資料を持ってきますのでお待ちください」



旦那さんの方もそう言って消えてゆくが、すぐに階段を上るような音がしたかも知れない。二人きりになったので、ここでとりあえず『作戦会議』をすべきだなと思った。



「マリアさん、俺も説明手伝いますよ。たぶん、マリアさんの話ってSFなんかでよくある『パラレルワールド』の…いや最近だと『世界線』とかそういう話になるんじゃないかな?」



「『世界線』…例のアニメですね。言われてみればその可能性もあるかもですね」



ネット文化と相性の良かった事もあるが世代的に琴線に触れた少し前(『少し前』の感覚すら麻痺しているが)のアニメの展開に擬えると、マリアさんの経験は別の世界線の経験をマリアさんは夢として体験しているという事になるのだろうか。アニメではやや大掛かりで奇妙な『デバイス』によって別の世界線へ意識を『移動』できるという事ではあるが、今回はそんなデバイスは存在しない。そうなるとマリアさんの『特殊能力』という事になるが…そんな話をしていると、



「なんか『チュウニビョウ』っぽいですね。ふふふ」



と大真面目な推論を笑われてしまう。



「いや、だってマリアさんの話を大真面目に解釈するとそうなるんですって!!」



「そう!タクマくんは『チュウニビョウ』なの!」



何故か『チュウニビョウ』という言葉が気に入ったらしく、唐突に『中二認定』されてしまう浅見卓馬。無意識に本当に中学二年生だった頃の記憶が想起されているが、中二っぽさがあるとすれば当時音楽の話題で周囲がトレンドに流されてゆく中で、硬派なロックバンドを推してあまつさえ仲の良い友人に布教しようとしていた事くらいではないだろうか。ちょっとアレな部分がある記憶なので、



「少なくとも『今』はそうじゃないですよ。俺はリアリストですから」



「わたしは『チュウニビョウ』でもいいと思いますよ」



「いやいや…」



段々と話が脱線してゆくので「一旦それは置いておきましょう」と言ってから、



「とにかくマリアさんが不思議な経験をしたという事を詳しく話しましょう。あとはそういう人が他にも居るのかどうか、という事も訊いてみるのが良いんじゃないでしょうか」



「グッドアイディアですね。わたし以外にもそういう人がいるかもですね」



とそこで一束の資料を抱えた涼助さんが入室する。



「どうもどうも。お待たせしました。取材用の一式を持ってきました。会話を録音させてもらってもいいですか?」



涼助さんが右手に持った小さなボイスレコーダーを見せる。本格的な『取材』になりそう。



「お願いします」



マリアさんはもしかするとこういった『取材』をされた経験があるのかも知れない。段取りを説明されてから録音が始まる。



「まずマリアさんの言う『不思議な経験』とは?」



「見た事のない場所で生活する不思議な夢を何回も続けて見て、色々調べてその夢に出てくる場所が二本松じゃないのか、と思って来てみたら本当に夢の中に出てきた場所が存在するという事が分かったんです」



「ほほう。つまり、それ以前には二本松の事は知らなかった…まあ外国人の方ですしね。それである時同じような夢を続けて見たと。ちなみにマリアさんがその夢を見始めたのはいつ頃ですか?」



「二年前です。冬ですね」



「その当時は違う場所に住んでいらしたんですよね」



「はい。関東の方に」



「今でもその夢は見るんですか?」



「時々ですね。前よりは少なくなったと思います」



「その世界はどんな世界なんですか?やっぱりこの世界と同じ?」



「いえ…それが…」



マリアさんがちょっと困った様子なのを見てフォロー。



「『怪獣』がいる世界だったらしいです」



「『怪獣』ですか…我々世代だとテレビで特撮を見ていましたけど、そういった世界ですか?」



自信無さげではあるがマリアさんは首肯した。



「夢の話なのであんまり固定観念で説明しない方がいいとは思いますが、その世界でやっぱり二本松にある場所を見ていたという事なんですね?」



「はい。インターチェンジの辺りの様子とか、完全に同じではないですけど駅の様子もそのままでした」



「なるほど…」



涼助さんは感心した様子。少なくともマリアさんの答弁から彼女が嘘を付いているようには思えないだろうし、その後も私が知らなかった細かい部分の説明がどんどん出てくる。と、そこで奥さんが入室して飲み物と食べ物を運んできた。録音の事を気遣ってか、音を立てないようにしている。和子さんに頭を下げて小さく「どうも」と伝える。『仕事』という感覚があるのか奥さんの方は再び退室したのが印象的だった。取材が一段落したところで録音を一旦止め、涼助さんが気付いたことを持ってきた用紙に記入している。



「ちなみにお二人はこれをどういう事だと解釈していますか?」



「僕は…パラレルワールドとかそう言った話なのかなって思ってました」



「わたしは…神さまがもしかしたら二本松に導いているのかなって」



「なるほど…」



マリアさんの口から『神さま』という言葉が出てきた時、先ほど「ムズカシイ」と言った事を思い出していた。



「涼助さんはどう思いましたか?」



私のその問いに、



「うーん…オカルトとか都市伝説でね、異世界を経験したという話は結構あるんですけど、大体のは『意識』に関係している事だとは思うんですよ」



「意識ですか?」



「そうそう。無意識とか意識とか詳しくは分かっていないこともあるんです。或いは物理学の理論とかでも現象を観測しないうちは決定していない、どちらの可能性もあるというような解釈もあるんですよ。それにしたって人間の『意識』が関わっていて、見たものについてあんまり非現実的な解釈になるとオカルトとかそういう方向になるとしか言いようがないですよね。今回のはその境界にある話に思えたなぁ…」



途中からは何だか独り言のような口調になったけれど、解釈について『悩ましい』という事は伝わった。



「今回の話もやっぱり『オカルト』なんですか?」



マリアさんは不安そうに訊ねる。



「『秘されたもの』とか『隠されたもの』という意味で言えば、そう言えるのかも知れないけれど。『オカルトとは何か?』って話もあるからね。少なくとも現在の科学では解き明かせないから超科学とかね。まあ呼び方は色々かな…」



「まあそうですよね」



「ただ」



とここで涼助さんが語調を変える。



「一つ言えるのは、マリアさんが夢の内容で気になるところがあるなら確かめておいて損はないという事です」



「それは何故ですか?」



意外な言葉に私は訊ねた。



「『可能性』の話です。もしマリアさんの言うように『神さま』が存在したり、或いは浅見さんがおっしゃるように『パラレルワールド』が存在するとしたら、その世界の事を通じてこの世界でどういう風に生きたらいいのか、という事の知になるかも知れないからです」



「この世界でどう生きるか?」



戸惑い気味の我々に涼助さんはこんな風にも言う。



「そもそもこの現実だって解釈は色々あるんです。分かったようなつもりで世界を見ているけれど、実は分からないことだらけに思える事もありますし、捉えようによっては非常にシンプルなのかも知れない。おそらく生きている間に正しい解釈を得られる事ばかりではない。だったら自分なりに『そうだ』と思って進んでみて、違ったら『違ったな』と、そういう営みを続けてゆくしかないんじゃないでしょうか。こう考えるのは私が学問を志したからなのかも知れませんが」




今思うと、涼助さんは物事に先入観を持たないタイプの人なんだなと思う。今度は私が涼助さんに感心していると、



「リョウスケさんはどのように解釈しているんですか?」



このマリアさんの問いにこう答える。



「私は個人的に『別な世界線』という説も加えたいですな!最近の流行で!」



そこで私とマリアさんは思わず顔を見合わせてしまった。

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