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自宅では絶対に出せないであろうカツの味に感動しつつ、その下に隠れた白米の旨さを堪能しながら店内にいる他のお客さんと何ら変わることなく食事に集中しているマリアさんの様子を伺う。
食を共にするのはこれで2度目なので、何となく不思議な感じがしてしまうけれど『同じくらいの年齢の異性』と過ごしているというよりかは、漫才で言うところの『相方』と次のライブに向けてのネタを考えているかのような状況だなと思っているかも知れない。実際、食べている間に「デリシャス!」とか「グッド!」という言葉が何度か不意に飛んでくると、
「…んと…」
何かそこでリアクションをしようとしてどうしたらいいか咄嗟に浮かばないという事態が訪れる。それに加えて、この後『山崎さん』というその肩書からすれば「怪しげな」人物と会合が控えているという事がやや困る。なるべく意識しないようにはしているけれど私の席に食事が運ばれてきてすぐ、同じように食事が運ばれていったその席に座っている夫妻の様子を伺いたい衝動がやってきて、振り向きたくなる気持ちを堪えていた。
「ヤマザキさんも美味しそうに食べてるね」
正面から自然に見える位置に座っているマリアさんからの報告に「へぇ~」と無難な相槌を打ちつつ、とにかくカツを喰らう事に集中することに決める。
「あの人に話して大丈夫かな?」
と思ったのに、やはりこれからの事について不安があるのかマリアさんにそう訊ねられたりして。
ご飯は絶品だったがちょっと微妙な心境で食べ終わって、とりあえず山崎さん夫妻が食べ終わるまで待つのがセオリーだろうなと判断する。ただ丁度混雑し始める時間だったので席でそのまま待機するのも何となく躊躇われ、頃合いを見て席を立とうという事になった。夫妻も空気を読んでくれたらしく、最後に奥さんの方が食べ終わったらしいのを確認して旦那さんの方にアイコンタクトをして、
『先に会計して外で待っています』
的な事を伝える。山崎さんを紹介してくれた店員さんが会計をしてくれたのでその時にもお礼をすると、
「はい!お役に立てて良かったです。もし何か分かったら今度わたしにも教えてくださいね!」
という会話があった。彼女の言うように「何か分かる」という事があるのかどうか、この段階では未知数と言えて自分もこの辺りからマリアさんの話をどの位真剣に扱うべきなのか迷い始めたかも知れない。
「とっても美味しかったです!また来ます!」
やはりこういう場面でも相変わらずマリアさんらしさが現れてくる言葉を発している。ちょっと尊敬(?)というか。
店の外はますます素晴らしい天気。もし自宅に居たら庭で日向ぼっこしていたかも知れない。ややしみじみとした気分で、
「なんか急展開ですね」
と『相方』に振ってみると、
「日頃の行いがいいからね。神さまは見てくれていますよ」
そのレスポンスに対して素朴な疑問。
「マリアさんがいう『神さま』ってどういう存在なんですか?」
「『GOD』です!」
「いえ…呼び方の問題ではなくてですね…そのどういう風な事をしてくれるのかなぁって」
「…ムズカシイ」
マリアさんにとって言葉通り本当に難問であったようで、その場で腕を組んで考え込んでしまいそうになっている。
「あ、いや…大丈夫ですよ…」
そんなやり取りをしていると店から山崎さん夫妻が優雅に現れ、再びマリアさんが畏まった様子になる。それを見た奥さんが、
「緊張なさらなくても大丈夫ですよ。この人の研究は趣味みたいなものですから」
とにこやかな表情でマリアさんに語り掛けると旦那さんが、
「いや、半分は仕事だぞ」
とこちらも漫才のような返しをする。自分の感覚だとこういうやり取りがあるのは常識人の証だと思うし、少なくとも悪い人ではなさそうだなという事は確信できる。
「この度はお時間を頂きありがとうございます。私、浅見卓馬と申します。会社員で職場は郡山です」
「これはどうも。私は山崎涼助と申します。こちらは妻の和子です」
紹介を受けた和子さんが「どうも」と一礼したのでこちらも。すると涼助さんが、
「じゃあ、これから拙宅にご案内いたします。お車はどちらに?」
という風に提案してくれる。
「山崎さんもお車でいらしたんですか?」
「はい。そこの駐車場に」
「ああ…ですよね…私たちはちょっとこの辺りを散策する予定で来ていたのであそこの駐車場に停めてました」
言いながら温泉の方を指さす。
「温泉の駐車場ですね。でしたら車に乗って下さい。駐車場まで移動して、そこから車で先導しますのでついてきてもらえば」
駐車場に停めてあるワゴンタイプの車に乗せてもらい、そのまま一旦駐車場へ。短い移動だった。
「後で詳しく説明しますが、私の専門は実はオカルト研究ではなくてオカルトを含めた様々な『現代文化』の研究という事を伝えておきます。数年前まで大学で教鞭を執っていました」
「なるほど、そうだったんですか」
短い移動だったので車内での会話はほとんどこれだけだったが、この情報はそこそこ安心できるものだったと思う。温泉の駐車場で私とマリアさんは車を乗り換えて、山崎さん宅に向けて移動し始めた車を追う。近くに住んでいるとの事だったが午前中に通った道を逆方向に走って、やはり同じところで左折して道なりに進んでゆく。あるところで山崎さんのワゴンのスピードが減速して左にウインカーを出している。
「あれ…ここって…」
マリアさんが不思議そうに呟いた。
「どうしたんですか?」
「タクマくん。わたし帰りにこの辺り…というかこの家を見てみたかったの…」
「え…?」
運転中だったのでここでは詳しく聞けなかったけれど、また一つの『偶然』があったようである。




