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「気持ちいいですね」
「映えるかしら?」
まったく違った事を考えながら足湯に浸かっている様子。案内所から出てとりあえず自分の有していた知識で少し坂を下った所にある足湯に向かい、これまたとりあえずそこに腰掛けて素足になるという流れがあり、微妙に温泉気分を味わっているのだが、マリアさんの足の色が真っ白なのには分かっていても驚かされる。そもそも自分がイメージする外国人女性のテンプレートのような容貌なので青みがかった瞳に見据えられるだけも何かこう、神々しいというか、ちょっとした感動のようなものを感じる時もあるのだがこれまでの言動もあり、すぐに何も感じなくなるという不思議な現象がこれまでも起こっている。今度も温泉情緒を味わう間もなく何やらウケがいい写真を撮ろうとし始めたせいなのか、色々残念に思われてきたり。
「ここの坂は『桜坂』って言うんですよ」
「桜が咲いてるんですか?」
「ちょっと前までは綺麗だったと思いますよ」
「…」
私の発言に何かを感じたらしく一旦動作を止めたマリアさん。何か興を削がれたような表情で肩をすくめて屋根の方に向けていたカメラを下げてしまう。
「どうしたんですか?」
「そしたら桜が咲いている時の方が『映える』と思います」
「あ…そうですね…確かに」
一瞬余計な事を言ってしまったかなと反省しかけたが、すぐにマリアさんは気を取り直して周囲の景色の方にカメラを向け始めたので少し呆気に取られている自分がいた。
<なんだろうか、全体的に振り回される感じ?>
振り回されているというのは主観的にそうなのだろうし、客観的には私が不慣れ外国人女性を案内している事には変わりがないのだが、いささか自分が頼りない気がしてしまう。
「そういえば『桜坂』って言ったらマリアさんは曲知ってますか?」
沈黙よりはマシかなと思い話を振ってみると、
「知ってますよ。イケメンですからね」
と満面のスマイルが返ってきた。
「ちなみにマリアさんが一番イケメンだと思う人聞いていいですか?」
再び動きを止めて考え込む様子のマリアさん。その時涼しげな風がどこからともなくやってきて、足湯で温まってきた身体にとっては得も言われぬ心地よさがあったので思わず顔の筋肉が緩む。そしてマリアさん、
「ナンバーワンは一杯います」
とのたまう。
「え?」
その予想外の返答に彼女はこんな説明を加えた。
「イケメンにはヴァリエーションがあります。ジャ〇ーズ系からアクター系から、戦隊もののイケメンもいます。それぞれの種類のナンバーワンがいるという事でもありますし、ユニークなイケメンはそれぞれナンバーワンです」
「『ユニーク』ですか」
マリアさんと会話していて『ユニーク』という言葉にもともと『おかしい』というような意味はないという事が意識される。この時も、その日本語の『ユニーク』と英語の『Unique』の違いを考えるべきなんだなと感じた。
「そうですよね。確かにみんなそれぞれ一人しかいませんもんね…」
「ですが、わたしにも『好み』はあります」
「へ?」
「イケメンの中での好みはですね…」
「好みは…?」
唐突にやってきたこの展開に戸惑いながらも話になんとかついてゆく。
「『ルルーシュ』ですね」
「ルルーシュ…って…アニメの?」
「イエス」
その時あの『コー〇ギアス』の劇場版がここ最近公開されたというようなニュースを読んだ記憶が、何故だか上手い具合に出てきた。というか世代的に自分もバリバリハマったアニメだから、突然出てきたこのアニメキャラに何の違和感も持たないくらい『ルルーシュはイケメン』という事に納得していた。
「確かにイケメンでしたね。声もカッコよかったからかな…」
「タクマ君も見ましたか?」
と、ここからマリアさんとしばしアニメトークが始まる。最近では次第に新作を見る事も減り、たぶん自分はオタクではないと思いたい部分があるからなのだろうか同僚にもあまりそういう話題を振らないけれど、実はネットから入ってくる情報を自分は無意識に吸収してきていてトークが始まれば始まったで難なくついて行ける教養を身に着けているという事を実感した。むしろそういう事に否定がないこの東屋風の足湯という『空間』においては、何処で切り上げたらいいのか分からないようなところまで話が進みそうで焦っている次第である。
「映画見なかったんですか?モッタイナイ」
「いや…俺の中ではあそこで綺麗に完結してるんです。あれ以上はないですよ」
「そんなことはありません!今度円盤が出たら一緒に観ましょう!タクマ君に命じます」
「え…」
<おそらくそういう事に限って実現する『流れ』なんだよなぁ…>
と他の事はいざ知らず、その未来は確定していると思われた瞬間である。ギアスだけに。




