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ただ気持ち。それだけなのだと思うほどに見えたらいいものを探している。自分に出来る事は残念な事に多くはない。それなのにどういう訳か諦めきれない気持ちが行き場もなく身体にしがみついていて。
少しばかり感傷的な流れになってしまいそうになる意識をあるところで打ち切るかのごとく、平常心で周りを見渡してみる。取り立てて何もいう事のない静かな商店街の通り。強いて言えば銀行に用事を済ませに来たこの時間が何となく「フリー」な時間のような気がしている事だろうか。落ち着いた色合いのコートを着た女性が多く、作業服の男性も一人いるが平日休みの自分はその中でなるべく普通にしていようと心掛けていたような気がする。
それにしてもこの「フリー」感は何なのだろうか。古い、ふりー、という洒落ではなくて、出掛けた内にも入らない場所での所用だからなのだろうか。
<いや、もしかするとそれがこの商店街の雰囲気なのかも知れないな…>
などと思ったあたりで番号を呼ばれ、「はい」と言って立ち上がる。いつの頃からか当たり前だと思うようになった各種手続きに対してのテンプレートには、さして感情も引き起こされないけれど時々何も思わないのは何か勿体ないような気がしてならない。そんな事を脳裏に浮かびそうになりながらも割と手際よく用事を済ませて、
「ありがとうございました」
を背に受けて銀行を出る。そして、<ここからが本題だ>と言わんばかりにそこに取り残されてしまったかのように感じるこの感覚。そのまま商店街を歩いてみたりするのも本当は自分の自由である。いやいや普通に用事が済んだら帰宅するのが自然だろう…その両者のゆるい感情が上手く均衡してしまっているというのが後で分析したところだ。
考えてみればふらっと出歩くなんて事は案外少なくなってきている。周りがみんなそんなものだから自分もそれに倣うかのように出不精になり、そもそも何かをその行為に期待しているのかと言われると甚だ疑問である。
期待しない事は美徳であるかのような捉え方すらあるような昨今で、望み薄な何かを求めるというのも不自然なんだろうなと感じる。だが、今日は身体にしがみついている何かが、ささやかな抵抗を見せる。
自分でもわかる頼りない足取りで向かったのは近くの神社。地元のお祭りの記憶と深く関わっているこの光景も、平日に見るとなんとなく神社という本業をしっかり守っている場所なんだなという実感がやってくる。歳を取ってそれなりになった体力にはややシビアな階段を一歩一歩登って『頂上』を目指す。やはりはっきりとした目的もなくやってきているだけあって途中で引き返そうか、とか血迷った考え方も浮かんでくる。それらを懸命に追い払い、何とか辿り着いた地平で一度大きく息を着いた。
「はあー。マジきつい」
「何言ってんの若者が!」
予想もしなかった声に思わず後ろを振り返ると、見事なまでに『外国人』のフェイスの妙齢の女性がそこでニコニコしながら話しかけてきたのが分かった。しかも全く違和感のない流暢な日本語で、それが妙に気になった。
「え…?俺そんなに若くないんですけど…」
「オー、ソーリー。わたしよりも若く見えたから」
自分が若く見えるかどうかは保留しておくが、その女性の顔立ちは整っていてそれほど厚化粧というわけではなくおそらくは『ブロンド』と呼ばれる色のショートカットは確かに溌溂とした印象を与えている。
「お姉さん、何さ…あ…いや、なんでもないです」
咄嗟に何歳ですかと訊きそうになっていた自分に驚いて必死で誤魔化した。まるでその心境を見透かしていたかのように「ふふふ」と笑った女性は、
「お姉さんは、マリアさん17歳です」
「え?17歳ですか?」
おそらくは日本のサブカルチャーのネタを少なからず知っているからだと思うが、自分もそれとなく知っている事を活かすように悪くない対応をしたらしく、その「マリアさん17歳は」、
「イエス!わたしは永遠の17歳です」
と嬉しそうに言い放った。堪え切れず自分も吹き出してしまった。
「お姉さん本当に色々凄いですね。ところで本当の名前は?」
と確かめるように訊くと、
「だからマリアって言ったじゃないですか!」
と今度はマジのテンションで言った。どうやら本当に「マリア」という名前の人らしい。たが私は階段を上って直ぐの所に二人で立ったまま話している不自然さに気付いてしまって、
「ちょっと場所変えましょうか?」
と提案した。すると、
「あら、お姉さんをどこかに誘ってくれるの?」
とウキウキした表情で言う。何か噛み合っていない。
「えっと、マリアさんも神社に来たんですよね。だからとりあえず奥の方でお参りしてきませんか?」
この常識的な提案にマリアさんは「あ…そっちか」と素の反応になる。この辺りで分かった事だが、このマリアさんという人は自分でテンションを上げて行けるタイプの人のようである。気を取り直すように、成り行き上二人で神社の奥でお参りを済ませる。私が二礼二拍の後にお祈りを済ませて、最後の一礼をしようと思った時、隣で神妙に何やら深く深く祈っているような姿が見受けられたので、おそらくは願掛けなのだと察した。
「これでよし…マリアさん、何だか今日は貴女に出会えて良かったです。今日俺もともとここに来るつもりじゃなかったんですけど、色々新鮮でした」
「え…っと…お兄さん、お兄さんのお名前を伺ってよろしいですか?」
「浅見卓馬です」
私が名乗るとマリアさんは「こほん」とわざとらしく咳をしてから、
「タクマさん。わたしはこの町に来てから日が浅く、色々不慣れです。そんなレディーを置き去りにするのがあの勇ましい『ショウネンタイ』のしきたりなのですか?」
『ショウネンタイ』の発音を外国語っぽくしたせいで混乱してしまったが、どうやらマリアさんはこの町の歴史をある程度知っているようである。地元の語られることがあまり多くない『少年隊の悲劇』を彼女の口から聞いてしまうと地元民として、何かしなくてはと思わなくもないのでほとんどはずみで、
「じゃ…じゃあどこかでお茶しますか。マリアさんのお話も聞きたいですし…」
と誘ってしまっていた。それに対してマリアさんはテンションを上げるように、
「オー、サンキュー!!じゃあレッツゴー!!」
とまるで少年少女のようなノリを私に強要しそのまま二人で神社を後することになった。




