第七話 坂下佳奈
「というわけで今日からお前達の仲間に加わることになった、氷室龍夜だ。
ま、よろしく頼むぜ」
龍夜は総司令官室に綾姫と恭子と共にやってきて、さつきと貴志に仲間になった経緯を話した。
「なんでそんなに偉そうなの…?」
さつきは龍夜には聞こえない音量でボソッとつぶやいた。
「よ、よろしくお願いします」
貴志は素直にうなづいた。
「恭子姉さんを休ませてあげなきゃ」
綾姫は言いながら自分のベットに恭子を寝かせた。
「よろしくね、龍夜」
さつきはちょっと遅れて龍夜を歓迎した。
「馴れ馴れしいぞ、龍夜様と呼べ」
龍夜は冗談混じりにさつきに言い放った。
「一応あたしは龍夜の上司なのよ。
むしろ龍夜があたしのことをさつき様と呼ぶべきだわ」
さつきも冗談混じりに龍夜に言った。
「死んでもごめんだ」
龍夜は軽く笑った。
それにつられてさつきも笑った。
「あたし、散歩してくる!」
綾姫はなぜか機嫌を損ねて、部屋を出ていこうとするがさつきが引き留めた。
「あれ?もしかして嫉妬してる?」
「し、してないわよ!」
綾姫はそう言って部屋から出ていってしまった。
「あらら、嫉妬しちゃったみたいだね」
さつきはそうつぶやいた。
「つくづく面白いやつだな。
からかいがいがある」
龍夜は無邪気に微笑んだ。
「なんだかあたし達、気が合いそうね」
さつきは龍夜に微笑んだ。
「そうだな」
龍夜はそう言って綾姫の席に座った。
「綾姫は偉いやつだ、って言われてもなんかパッとしないのは俺だけか?」
「あたしもそれは思うわ。
なんか上司って感じしないのよね」
さつきは龍夜の意見に同意した。
「僕は綾姫さんは素晴らしい人だと思ってますよ」
「お前には聞いてない」
「貴志には聞いてない」
龍夜とさつきは声を揃えて貴志に言った。
貴志はうつむいていじけてしまった。
「ま、退屈はしなさそうだな」
龍夜は笑いながらそう言った。
「あ、そうだ。
あたしの名前は河上さつき、呼び方はさつきでいいわ」
「ぁあ、そう呼ばせてもらう」
「あ、僕の名前は岩瀬貴志です」
「聞いてねぇ」
龍夜は自己紹介をした貴志に言い捨てた。
「……(そんなに冷たくしなくても…)」
貴志はいじけた。
「ったく、なんなのよ!
さつきったらすっかり龍夜と仲良くなっちゃって!」
綾姫はズカズカと音をたてながら散歩をしていた。
「うわぁぁあ!」
綾姫の近くで誰かの叫び声が聞こえた。
「なに?事件かしら?」
綾姫は一目散に走り去っていく人の群れを見てつぶやいた。
「ははははは!
ひれ伏せ!」
どうやら能力者の仕業らしい。
犯人はかなり近くにいて、周りにはかなりの数の人達が倒れている。
犯人に近づけば近づくほど身体が重くなる。
「重力の能力者?」
綾姫は重くなった身体を必死に動かし犯人に近づいて話しかけた。
「あ?お前はなんで俺様にひれ伏さないんだ?
…まさか、お前も能力者か!」
「能力者犯罪捜査組織総司令官、白木綾姫よ。
あんたを逮捕してあげる」
綾姫は腰から剣を抜いて戦闘体制にはいった。
「面白い!俺様の力を思い知らせてやる」
綾姫にかかる重力がさらに多くなる。
「…くっ、身体が重い…!」
「太ったのか?」
不意に背後から声をかけられた。
「ち、違うわよ!
あいつの能力のせいよ!
って、龍夜!?」
綾姫は首だけを後ろを向け、背後の人物を見た。
「俺はなんともねぇし。
やっぱり太ったんだな?
ダイエットしろよ」
龍夜は綾姫を軽く笑い、からかった。
「あんたはマスターアビリターだから、能力の恩恵が多いだけよ!」
「そんなことはわかってる。
冗談を本気にするな」
「で、あんたは何しに来たの?
あたしを笑いに来たの?」
綾姫はおもいっきり龍夜をにらんだ。
「助けに来た」
「はぁ?
なんであんたがあたしを助けるの?
あ、お金なら払わないからね?」
「仲間を助けるのに理由なんているのか?」
「え…?」
綾姫は龍夜の口から仲間なんて言葉が聞けるなんて思ってなかったので、龍夜の言葉にすごく驚いた。
「お前は黙って見てろ」
龍夜はそう言って犯人の男に向かって地面を凍らせて、その地面を滑っていった。
「な、なんだお前!
なぜ俺の重力の影響を受けないんだ!?」
犯人の男は自分に向かってくる龍夜に驚き、さらに重力をあげるが龍夜には全く影響がない。
「俺が強いからだ」
龍夜は男の目の前までやってきてからそう言い放ち、男の顔面をぶん殴った。
「ふっ、お前ごときに能力を使うなんてもったいない」
男はそのまま気絶し、周りにかかっていた重力はもとに戻った。
「あとは綾姫の仕事だ。
俺はお前の部屋に戻る」
それだけ言い残して龍夜は自分が滑る分だけ地面を凍らして滑っていった。
「…カッコいいじゃない、龍夜」
綾姫は龍夜の姿が見えなくなってから一人でつぶやいた。
………
……
…
「あんた達〜!」
総司令官室へ戻ってきた綾姫を迎えたのは貴志、さつき、龍夜、恭子だった。
「ここはあたしの部屋なのよ?
さつきは自分の部屋があるでしょ?
恭子姉さんも怪我が治ったんだったら自分の部屋に戻りなさい。
貴志くんはここにいても良いわ。
龍夜は今から部屋へ案内するから!
あんた達のおかげであたしのくつろぐ場所がないじゃない!」
綾姫は自分の部屋でくつろいでいる仲間達を叱った。
「そんな冷たいこと言わないでよ、綾。
あたし達は親友でしょ?」
さつきは反抗した。
「親しき仲にも礼儀あり!」
綾姫はさつきを部屋から追い出した。
「あたしはまだ完治したわけじゃないから良いでしょ?」
恭子も反抗した。
「ある程度は動けるようになったんでしょ?
だったら自分の部屋で休みなさい」
綾姫は恭子も部屋から追い出した。
「早く俺の部屋とやらに案内しろ。
こんな、お前の匂いが染み付いた部屋に居たら俺の身体が腐っちまいそうだ」
龍夜は綾姫に喧嘩を売った。
「そこまで言わなくても良いでしょ!?
だったらなんで今までここにいたのよ!」
「楽しそうだったから」
龍夜は無邪気に笑った。
「……はぁ、じゃあ案内するからついてきて」
綾姫は龍夜を連れて部屋を出た。
「…(まったく、たまにカッコいい姿を見せたと思ったらこれなんだから)」
龍夜の部屋は総司令官室のすぐ近くだ。
「お前の部屋と随分近い所だな」
「ここと、向かいの部屋しかあいてないの。
近いからって寝込みとか襲わないでよ?」
「お前の身体などまったく興味ない。
余計な心配はするな」
龍夜はまた綾姫に喧嘩を売った。
「わかったわよ!
良いからここでゆっくりしてなさい!」
綾姫は龍夜を部屋にいれてドアを閉めた。
「ふぅ…
やっとくつろげるわ」
総司令官室に戻ってきた綾姫はベットに横になった。
「あ、そうだ。
いつまでもあたしの部屋にいるってのは困るわね。
貴志くんにも部屋を与えるわ、ついてきて」
「はい」
貴志の部屋は龍夜の向かい側。
「仕事がはいったときは連絡するから、それまではゆっくりしててちょうだい」
綾姫はそう言い残して総司令官室に戻った。
それぞれの部屋には料理を作る場所もあるし、トイレも風呂もある。
ベットがある部屋は少ないが、さっきのメンバーの部屋には全て置いてある。
内線電話は全ての部屋に置いてあり、総司令官室で仕事の連絡がはいったときに各部屋へ連絡できるようになっている。
「部屋を増やさないとダメね。
相部屋にすればまだまだはいるわね」
綾姫はこれから人が入社したときのために部屋割りをちょっと考えていた。
「……うちの支部は人が少ないのよね」
能力者犯罪捜査組織は都道府県ごとにわかれていて、総計47社ある。
そのなかでも、千葉県の能力者犯罪捜査組織は人手不足に悩まされている。
原因は多分、綾姫のおじいちゃんである。
仕事に厳しく、訓練に厳しくがおじいちゃんの教えだったからだ。
あまりの厳しさで辞めていく人間が増えてしまったのだ。
「募集しなきゃね」
綾姫はポスターを書いて、人を募集しようと考えた。
綾姫がポスターを書きはじめた時、プルルルルルと音をたてて電話が鳴り響いた。
「はい、こちら能力者犯罪捜査組織です。
はい、はい、わかりました」
「…(今は仕事よりポスター仕上げなくちゃいけないから他の人にやってもらおう)」
綾姫は内線電話を使ってさつきに連絡した。
「なに、綾?」
「仕事の連絡がはいったの。
行ってきてもらえる?」
「あいてて!急にお腹が痛くなった!」
「演技は良いから、頼むわ。
あたし、ポスター書かなきゃいけないの」
「ポスター?」
「うん、人を募集しようと思って」
「そっか、人手不足だもんね。
わかったわ、どこで事件?」
さつきは素直に納得して事件の詳細を聞いた。
綾姫はさつきに事件の詳細を丁寧に話した。
「オッケー、じゃあ行ってくるわ」
そう言って電話はきれた。
「さて、あたしはポスター書かなきゃね」
綾姫はまたポスター作りに励んだ。
………
……
…
「よし、完成!
あとはこれを印刷していたるところに貼るだけだわ」
綾姫は完成したポスターを印刷機にのせ、大量に印刷した。
印刷された大量のポスターを持って綾姫は建物から出ていった。
綾姫が留守の時に電話が来たら困るので、恭子の部屋の電話に転送されるようにセットすることも忘れずにやった。
「お出掛けですか、綾姫さん」
見張り役の女性に声をかけられた。
「あ、あんたも手伝ってちょうだい。
これを町中に貼るのよ、わかった?」
綾姫はポスターを半分にわけて、特殊な加工がされたセロハンテープと一緒に見張り役の女性に渡した。
特殊な加工がされたセロハンテープとは、貼った者が剥がさない限り絶対に剥がれることのないセロハンテープだ。
能力者犯罪捜査組織の本部にいる能力者が作って全国の能力者犯罪捜査組織の人達に配布したものである。
二人は別々の方向へ歩き出し、町中にポスターを貼って回った。
「ふぅ…
終わった〜
ご苦労様、ありがとね」
綾姫は建物の入り口で同じタイミングで帰ってきた見張り役の女性に礼を言った。
「久しぶりに町を歩き回ったので楽しかったですよ。
こちらこそありがとうございました」
見張り役の女性は軽くお辞儀をした。
「ところで、あんた名前何て言うの?」
綾姫は唐突に名前を聞いた。
「私の名前は坂下佳奈と言います」
「佳奈か〜、良い名前じゃない。
これからもよろしくね、佳奈」
綾姫は改めて挨拶をした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
佳奈も挨拶をした。
二人はしばらくの間、他愛ない世間話をした。