第六話 氷室龍夜の実力
「恭子姉さん?
龍夜を殺すって…どういうことなんですか……?」
綾姫はなぜ龍夜が殺されなくちゃいけないのか、訊ねた。
「あら?
ずいぶん親しい感じ?
氷室龍夜とどんな関係なの?」
恭子は綾姫に訊ねた。
「龍夜には、危ないところを助けてもらったりしました」
綾姫は龍夜の良いところを述べた。
「氷室龍夜が…人を助けた…?
誰かと勘違いしてない?」
恭子はかなり驚いて綾姫に人違いじゃないか、と訊ねた。
「確かに、氷室龍夜って名乗りましたよ。
マスターアビリターということも聞きましたし」
「信じられないわ…!
絶対零度の風を身に纏い、人を殺すことに一瞬の躊躇いも見せない冷徹な悪魔。
触れることは愚か、近づくことさえ叶わない。
それが、あたしの知ってる氷室龍夜っていう男よ」
「………」
三人は言葉をなくした。
「彼はあたしの両親を平気で殺したのよ。
誰かを助けるなんて考えられないけど…」
「…そんな……!」
綾姫は絶句するしかなかった。
「とにかく、あたしの知ってる氷室龍夜とあなた達の知ってる氷室龍夜は全くの別人みたい、ってことね。
まぁ、会えば全ての疑問が解決するわね」
恭子は話をまとめて、微笑んだ。
「綾、氷室龍夜の連絡先知らない?」
「え、知ってますけど…」
「知ってるけど、教えたくない?
あたしと氷室龍夜が戦うことが嫌なの?」
「…う、うん」
恭子は綾姫の心情を的確に言い当てた。
「なら……綾はあたしについてきてちょうだい。
氷室龍夜が敵意を向けてあたしに攻撃を仕掛けたらこちらも反撃する。
綾はただ見てるだけでいいわ。
これならどう?」
「それなら、良いですよ。
龍夜が攻撃を仕掛けてくるまで恭子姉さんが攻撃しないで…くれるなら」
「よし、決まりね。
じゃあさっそく連絡してもらえるかしら?」
「は、はい」
綾姫は龍夜からもらった携帯の番号が書いてある紙をポケットから取り出し、自分の携帯のアドレスに登録してから電話をかけた。
「龍夜だ」
電話をかけて数秒、そんな言葉が電話の向こうから聞こえた。
「あたし、白木綾姫だけど。
あんたに会いたいっていう人がいるんだけど…」
「俺に…?
なんのようだ?
くだらん用事なら遠慮させてもらう」
「あんたを…殺すために。
って言われたんだけど」
「俺を殺す?
そいつの名前は?
強いのか?弱いのか?」
龍夜は疑問を一気に投げ掛けた。
「名前は、霧島恭子さん。
あたしより遥かに強い人よ。
ちなみに、あたしの先輩」
「霧島恭子?
……わかった。
何時にどこに行けばいいんだ?」
「ちょっとまって、今聞くから」
綾姫は受話器を軽く押さえ、恭子を見た。
「恭子姉さん、何時にどこに行けばいい?って聞かれたんですが…」
「そうね〜…
なら、今すぐこの建物の裏にある大きな広場に来るように伝えて」
綾姫は恭子から場所を聞くと受話器の向こうにいる龍夜にしゃべりかけた。
「あのね、この建物の場所はわかるわよね?」
「もちろん」
「なら、今すぐにこの建物の裏にある大きな広場に来て」
「ぁあ、あそこか。
わかった、すぐに向かう」
そう言って電話をきられた。
「彼、来るって?」
恭子は受話器を置いた綾姫に聞いた。
「はい、すぐに来るらしいです」
「よし、じゃあ行きましょうか」
恭子と綾姫は建物を出ていった。
「なんか、すごいことになりそうだわ」
取り残されたさつきは貴志を見ながらそうつぶやいた。
「恭子さんは強いって綾姫さんが言っていましたが、龍夜さんも強いんですよね?」
貴志はさつきに訊ねた。
「まぁいくら恭子姉さんでも、マスターアビリターを相手にするとなると…
恭子姉さんが本気で戦ってるとこ見たことないけど、氷室龍夜には多分勝てないわ」
さつきは冷静に分析する。
「マスターアビリター?」
貴志は知らない単語を聞き返す。
「マスターアビリターっていうのは…」
さつきは貴志に丁寧に説明した。
「……あの人、そんなに強い人だったんですか」
「まぁ、あたし達は二人の帰りを待つしかないわね。
事件が発生したら貴志くんはあたしと一緒に現場に行ってもらうことになるけどね」
「なんであなたの方が早いのよ」
待ち合わせ場所についた恭子は自分より早く到着していた龍夜に少し驚いた。
「たまたま近くにいたんでな」
「あらそう。
で、あたしのことはわかる?
なぜあなたを殺そうとするのか」
「ぁあ、わかってる。
四年前の事件の被害者の親族、霧島恭子だな」
「調べたのね?
あの事件のこと、少しは悪かったって思っているのかしら?」
「思ってるさ。
決して許されることじゃないってこともな。
俺を憎んでるなら俺をボコボコにすればいい。
それで気が済むなら、俺は無抵抗のままお前に殴られてやるさ」
「殴っただけであたしの気が済むわけないでしょ!?
あなたはいったいどれほどの人間を殺したと思ってるの!?
あたしの両親以外にも、何万人という無関係の人たちを殺したのよ?
そんな簡単に済まされないことはあなたもわかってるんでしょ!?」
恭子は怒りと悲しみと恨みをいり混ぜた表情で龍夜を怒鳴りつけた。
「ならどうすればいい?
俺が死んだって被害者の家族は気休めにしかならない。
俺は被害者の親族につぐないをするために謝りに行ったさ。
何度も何度も頭を下げ、殴られ、お金を払ったり。
それで許してもらえたなんて思っちゃいないが、せめてものつぐないとしてもう二度と誰も殺さないと決めた。
俺はお前にどんなつぐないをすればいい…?」
氷室龍夜は今までに見たこともないくらい真剣な表情で恭子を見つめた。
「…あなた、大変だったのね。
なら、あたしと手加減なしの勝負をして!
あたしもストレス発散したいし、久しぶりにとんでもなく強いやつに出会えたから、手合わせ願いたいわ」
「…わかった。
だが、本気でやったらあんた死ぬかもしれないぞ?
ちょっとは加減した方がいいんじゃないか?」
「あたしをあまく見ないでちょうだい。
これでも、あなた相手になかなかいい勝負が出来ると思うわ。
それに、あなたの決意が本物ならあたしを殺すことはないだろうからね」
「ふっ…
なら始めるか。
かかってこい、手加減抜きで相手してやる」
氷室龍夜は恭子に言い放った。
「あたしとの勝負であなたはいつまで余裕でいられるかしら」
恭子は目にも止まらぬ速さで移動し、氷室龍夜の腹をぶん殴った。
「……(速い!かなりの間合いがあったはずだが、刹那の間に俺の目の前にいやがった…!
だが、反応できない速さじゃない)」
「……(恭子姉さん、あたしとの約束忘れてるし)」
綾姫はため息をはいて、二人の勝負を見届けることにした。
「さすがはマスターアビリター。
あたしの速度に反応して水の壁をはって威力をさげるとはね」
「……(何が起きたのかさっぱりわからないわ)」
綾姫には二人の一瞬の出来事を理解することは出来なかった。
「お前、雷の能力者だな?」
龍夜はさっきの一瞬の出来事から、恭子の能力を言い当てた。
「ご名答。
でも、話しているほど余裕はないと思うけど?」
恭子が言葉を言い終える前に四方八方から雷が龍夜目掛けてとんできた。
「ぐあああああああああ」
龍夜は無数の雷に打たれ、叫び声をあげた。
「もっと本気で戦いなさい!
それとも、マスターアビリターとも呼ばれた男はこの程度の実力なの?」
「お前の力がどれくらいなのか、様子を見ていただけだ。
あんまり弱すぎて、俺の一撃で死んでもらうわけにはいかないからな」
「その減らず口がいつまで続くかしらね!」
恭子は目にも止まらぬ速さで龍夜を翻弄する。
「次は俺の番だ」
龍夜はそうつぶやき、水しぶきを辺り一面に振り撒いた。
「……(ただ水を振り撒いただけ…?
彼はなにをたくらんでるの?)」
「……(水よ…冷気をまとい固体へ変われ)」
龍夜の言葉で振り撒かれた水は一瞬で凍りついた。
恭子の身体についた水滴も一滴残らず氷へと変化し、恭子の体温を奪う。
「……(くっ!身体に完全にくっついていて、はがせない。
寒さのせいで動きが鈍る…!」
「……(我が水の能力よ…大いなる波にてやつを飲み込め)」
氷室龍夜の前方から巨大な水の波が発生し、恭子の身体と共に地面を水浸しにした。
「……(ヤバい!これを氷に変えられてしまったら……!)」
恭子が龍夜に突撃するが、わずかに早く龍夜の詠唱が終わる。
「……(大地よ…我が水の能力にてその身を氷へと変えろ)」
辺り一面が氷に包まれた。
恭子の身体は首からしたが完全に凍りついていた。
「……(大いなる水よ…天空から降り注げ)」
突如、恭子の頭上に巨大な水の球が出現した。
「こんなのまともにくらったらひとたまりもないわね」
恭子は凍りついて動けない身体に絶望して、避けることをあきらめてそうつぶやいた。
頭上の巨大な水の球は高速で、容赦なく恭子の身体を飲み込んだ。
「あぁぁ!」
恭子の叫び声は水にかき消された。
水の球体が地面に衝突すると、地面にへこみを作った。
そのへこみの中心に恭子は倒れていた。
恭子を包んでいた氷はさっきの衝撃で砕け散っていた。
龍夜はへこんでいない地面から恭子の姿を見下ろした。
「……あなた、強すぎよ。
レベルが…違いすぎた……わ」
恭子はゆっくりと立ち上がった。
「あれをくらってまだ立てるほどの体力があるとはな。
普通のやつなら死んでいたか、一ヶ月は目をさまさないほどの威力なんだぞ?」
龍夜は恭子の驚異的なまでの耐久力に驚きを隠せない。
「ふふ…それは…お褒めの言葉…として……受け取って…おくわ」
恭子はそれだけ言ってその場にしゃがみこんだ。
龍夜は恭子のもとへ歩み寄っていく。
「これで俺はお前につぐないをすることが出来たのか?」
「充分よ、あたし…久しぶりに…楽しめたし…
これからは…もっと多くの…人に…つぐないを…しなきゃね」
「どういう意味だ?」
龍夜は恭子が放った言葉の意味を理解できなかった。
「あなたは…あたし達の仲間に…加わってもらうわ…
あたし達の…仲間になって…人を救うことで…たくさんの…遺族達に…つぐないが…出来るでしょ?
せっかく…そんな強大な…力を…手に入れたんだから…誰かのために…使っても…いいんじゃ…ない?」
「そういうことか」
龍夜は恭子のさっきの言葉の意味を完全に理解した。
「もちろん…給料は…払うわ」
「了解だ。
丁度、俺も暇だったしな」
「ちょっとちょっと!
なんで勝手に決めちゃうの?
そういうのは総司令官であるあたしに言ってもらわなきゃ」
いつの間にか二人のもとへ歩み寄っていた綾姫が話に割り込んできた。
「さっき気が付いたんだけど、恭子姉さんよりあたしの方が立場は上なんだからね?
すっかり敬語とか使っちゃってたけど」
「龍夜君が…あたし達の…仲間になるのが…いやなの?
綾、龍夜君のこと…好きなんでしょ?」
恭子の言葉のあとに、ボンッと音がして綾姫の顔は真っ赤になる。
「ん?そうなのか?」
龍夜はなんの躊躇いもなく綾姫に訊ねた。
「な、な、な、なに言ってんのよぉぉお!
そ、そ、そんなわけないじゃない!」
綾姫の顔はますます赤くなる。
「ははははは、リンゴみたいだぞ、綾姫?」
龍夜は初めて綾姫の事を名前で呼んだ。
「この、バカやろぉぉおおお!!!」
綾姫の叫び声は遥か彼方まで響き渡った。