第五話 恭子姉さん
「やるしかないわね…!」
綾姫は腰から剣を抜いて覚悟を決めた。
「まぁ、頑張るんだな。
百万払うならいつでも協力してやるよ」
後ろにいる氷室龍夜は無償で助ける気など全くないようだ。
「あんたの力は借りないわ!
おとなしくそこで見てなさい!」
綾姫は後ろを振り返らず貴志に向かって叫んだ。
「貴志君!あんたの相手はあたしよっ!」
その声により、今まで殴り続けていた犯罪者から離れて綾姫を視界にとらえた。
「ガァアアアア!」
「ははははは、もはや人間じゃねぇな。
あんな化け物を助けるのか?」
氷室龍夜は貴志をみて軽く笑った。
「黙ってなさい!
久しぶりの同志なの!
実力もまだまだあがるし、戦力になるから助けたいの」
「なら戦力にならないような雑魚だったら見捨てた、ということだな?」
氷室龍夜は綾姫をからかう。
「いちいちうるさい男ね。
弱いやつでも助けるわよ!
いいからあんたは黙ってなさい」
「はいはい」
氷室龍夜はふざけて返事をする。
のそのそと歩み寄ってくる貴志を前に剣を構えるが、綾姫はそこで一つ疑問に思った。
「あ、この剣で切ったら貴志君はどうなっちゃうのかしら?」
「俺は黙ってなきゃいけないんだろ?」
「良いのよっ!
それより、教えてよ!」
「五万」
氷室龍夜は手のひらを差し出して綾姫にお金をせがむ。
「わかったわよ!
払うから教えて!」
綾姫はしぶしぶながら交渉をのんだ。
「先払い」
氷室龍夜は不気味な笑みを見せながら綾姫に言った。
「…あんたムカつくわね。
まぁいいわ、はい約束の五万円」
綾姫はズボンのポケットから財布を取りだし、そこから五万円を氷室龍夜に手渡した。
「よし、なら教えてやろう。
その剣であいつを切ったらあいつの膨れ上がった筋肉が消え失せる。
最悪の場合、二度と能力が使えなくなる可能性がある。
つまり、お前は剣を使わずにあいつを気絶させなければならない、ということだ」
「…聞いといて良かったわ」
綾姫は心の底からそう思った。
「やってやろうじゃないの!」
綾姫は剣を鞘に戻し、貴志をみた。
「ガァアアアア!」
貴志はのそのそと歩み寄ってくる。
二人の距離は五メートル程。
「でりゃあああ!」
綾姫は握りこぶしをつくって貴志に向かって走り出した。
そして殴りかかろうとしたが、綾姫の腕の距離より遥かに長い貴志の腕が先に綾姫の右肩をとらえた。
「きゃああっ!」
綾姫は右肩を押さえながら立ち上がる。
「リーチが長いわね。
なんとか腕の間を潜り抜けなくちゃ」
二度目の挑戦。
綾姫は貴志に向かって走りだした。
貴志は綾姫に殴りかかるが、ギリギリの所でかわされる。
綾姫は貴志の懐へ入り込んでみぞおちに全力のパンチを放った。
「グガッ!」
「どうやらダメージは与えられたみたいね」
綾姫は安心して額の汗を拭った。
そして油断していた綾姫に貴志のカウンターが決められた。
「バーカ。
油断してんじゃねぇよ」
氷室龍夜は冷たく言い放った。
「うるさいわね。
黙ってみてるか、手助けしてちょうだい」
「わかったよ。
黙ってみててやる」
綾姫はさっきより強く拳を握りしめ、貴志に殴りかかった。
しかし、貴志の攻撃速度はさっきより格段に早くなっていて綾姫の身体を強いパンチが与えられた。
「うああっ」
綾姫は後ろへ飛ばされる。
「強い…さっきよりスピードがあがってる」
「相手も本気になったってことだろうな。
どうやらお前の一撃であいつを怒らせちまったみたいだぜ」
氷室龍夜は冷静に分析する。
「やはり体術では相手の方が有利ね。
でも、場数だったらあたしの方が有利!
キャリアの違いってものを見せてあげるわ!」
綾姫は俊敏な動きで貴志の高速のパンチをギリギリでかわし、隙を狙って的確に攻撃を繰り返した。
一発の攻撃はそれほど強くは同じ箇所へ何度も攻撃することによって痛みを倍増させる。
「トドメだぁぁああ」
綾姫は叫び声と共にジャンプして貴志の顔面にパンチをお見舞いした。
ズシーンと音をたてて倒れた貴志。
「…はぁ、はぁ…どうよ」
綾姫は後ろを振り返り黙って見物している氷室龍夜を見た。
「…後ろ」
氷室龍夜は綾姫の指をさした。
「え…?
嘘でしょ…?」
綾姫が振り返った先にはほとんど無傷の貴志がたっていた。
「ガァアアアア!」
綾姫は絶望し、その場に膝を落とした。
「ったく、しょうがねぇ小娘だ。
一度だけお前を助けてやる。
今から言う条件を守るならな」
氷室龍夜は崩れ落ちた綾姫に語りかける。
「俺のことを追いかけないと約束しろ。
俺は追われるのは嫌いなんでな。
どうする?」
「…わかったわ、その条件…のんであげる」
綾姫は少し考えたが結論をだした。
「商談成立」
氷室龍夜はゆっくりと貴志に歩み寄る。
「ガァアアアア!」
「黙れ」
氷室龍夜は手のひらの上で氷の球体を作り出し、右から左へと手を動かしてそれを貴志の顔面に投げつけた。
「ギャ…」
貴志は一撃で気絶した。
「あとはベットに横にさせとけば治るだろ。
お前はこいつに能力の制御をちゃんと教えとけ」
氷室龍夜はそれだけを言い残し歩き去ろうとしたが綾姫が呼び止めた。
「待って!」
「なんだ?」
氷室龍夜は振り向かず、足だけを止めた。
「あ、ありがとう」
綾姫は照れくさそうに言う。
「俺はお前達みたいなやつらに追われたくないから助けてやっただけだ」
「それでも!
あたしを…貴志くんを助けてくれたのは事実だから!
だから、ありがとう」
「…調子狂うぜ」
氷室龍夜は一枚の紙を取りだし、綾姫に向かって投げた。
「なに…これ?」
氷室龍夜からもらった紙には十一桁の数字が書かれていた。
「俺の携帯の番号だ。
どうしても俺の力が必要になったときに連絡しろ。
一回1万円で手助けしてやるよ」
「あ、ありがとう」
「無駄に連絡してくんじゃねぇぞ?
どうしても俺の力が必要になったときだけにしろ。
じゃあな」
氷室龍夜は地面に細い氷の道をつくって滑っていった。
「…優しいとこあるじゃない、龍夜。
べ、別に惚れたわけじゃないんだから…!」
綾姫は一人で顔を真っ赤にしながらしゃべっていた。
………
……
…
「うっ、ここ…は……?」
総司令室のベットに横になっていた貴志はそんな声をあげながら身体をゆっくりとおこした。
「総司令室よ。
なにが起きたのか覚えてる?」
綾姫は目をさました貴志に優しく訊ねた。
「事件があって…
犯人と格闘をして…
………あ!
ももももも、申し訳ありませんでした!
理性がきかなくなってしまい…」
どうやら覚えているようだ。
「良いのよ、別に」
「で、でも…」
貴志は申し訳なさそうに謝ろうとするが綾姫がそれを制止させる。
「あたしも初めて見た症状だったからね。
でも、結果的に別にたいした傷があるわけでもないし。
そんなに気を使わなくて大丈夫よ」
「…わかりました、綾姫さんがそう言うなら。
あ、それと…僕を助けてくれた男の人は誰ですか?」
「ん?
ぁあ、龍夜のことね。
あいつは…」
綾姫は龍夜との関係を説明するのに適切な表現を探した。
「彼氏…とか?」
貴志は訊ねた。
「な、なに言ってんのよっ!
そそそ、そんなことあるわけないじゃないっ!
あ、あたしとあいつは…て、敵同士というかなんというか」
綾姫は貴志の一言で明らかに動揺した。
「その人の事、好きなんですね?」
貴志は確信にせまった。
「い、いや…別に好きってわけじゃ…
まだ、会ったばかりだし」
「ははは、冷静でカッコいい綾姫さんのそういう表情…かわいいと思いますよ」
「ふふ、ありがとう」
二人はお互いの顔を見ながら笑いあった。
そこへノックもなしに部屋に入ってきた女性。
「…なになに?
二人ってもうそんなに仲良くなってたの?
もしかして恋人同士とか?」
さつきだった。
「違うわよ!」
「違います!」
綾姫と貴志は声を揃えて否定した。
「冗談よ〜、そんなにムキにならなくても良いじゃん」
さつきはそう言って微笑んだ。
「さつきは今、仕事終わったの?」
「そうよ。
あ、それから…
恭子姉さんが今日帰ってくるらしいわ。
さっき連絡が来てね」
「え!?
恭子姉さんが?」
「……あの、恭子姉さんって?」
貴志は聞き覚えのない名前で盛り上がる二人に訊ねた。
「あ、恭子姉さんっていうのは…あたし達の先輩でね。
とっても強いのよ。
それに超がつくほどの美人だし。
血は繋がってないけど、あたし達のお姉さんみたいな人だからそう呼んでるだけ。
ある事件を捜査してて世界中を飛び回ってるって聞いたけど…」
「そんな方なんですか…
なんか楽しみですね」
「あ、もしかして美人ってとこに反応したでしょ?」
「いや、そうじゃなくて…
あの…」
貴志はもじもじしてしまった。
「さつき、あんまりからかわないの。
で、いつ頃着くとかは聞いてないの?」
綾姫は貴志をからかうさつきに注意をした。
「いや、今日来るとしか言ってなかったよ。
詳しい話はあたしも聞いてないし。
すぐに電話切られちゃったからね」
「そっか〜。
でも、恭子姉さんに会うのってホントに久しぶりよね〜。
何年ぶりくらいかな?」
「あたしも詳しくは覚えてないけど、だいたい五年ぶりくらいかな?」
綾姫とさつきは二人で記憶を振り返るが、思い出せなかった。
その話についていけず、取り残された貴志はひたすら黙り込んで二人を見ていた。
そんな時、不意にドアが開かれた。
「総司令官、久しぶり…って!
綾?それにさつきも」
黒い髪を肩までたらし、露出度高めの洋服を着こなしている絶世の美女がそこに現れた。
「恭子姉さん!?」
綾姫とさつきは声を揃えて言った。
「久しぶり〜
で、総司令官は?
散歩にでも行ったの?」
恭子姉さんと呼ばれた女性はそこにいるはずの人間がいないことに気付き、綾姫とさつきに訊ねた。
「あ〜、実はですね」
綾姫は自分が総司令官になったことを丁寧に説明した。
「あはははは、そうだったの〜
まぁあの人らしいね。
それと、しばらくはここにいることになると思うから、よろしくね♪」
恭子は悩殺スマイルを綾姫とさつきに放った。
「ヤバい、女のあたしでも虜になっちゃいそうだったわ…」
綾姫は小声でつぶやいた。
「久しぶりに見た恭子姉さんの悩殺スマイルはかなりヤバいね」
さつきも小声でつぶやいた。
「………」
貴志は恭子に視線が釘付けになり、ポカーンとしていた。
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのだろうか…?
「あ、そうそう。
あたしね、人を探してるんだけど知らない?」
恭子はあることを思い出して綾姫とさつきに訊ねた。
「氷室龍夜っていうんだけど、知らない?」
ポケットから取り出した氷室龍夜の写真を見せながら恭子は二人に訊ねた。
「氷室龍夜!?
一応知っていますが、なぜ龍夜を探してるんですか?」
綾姫は恭子に質問を投げ掛けた。
「彼を殺すために、ね」
恭子は即答した。
「え…?」
綾姫もさつきも貴志も、恭子が言った言葉をすぐには理解できなかった。